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一話

 自転車に跨ったと同時に、後ろから声をかけられた。それが、川瀬かわせおばあちゃんの声だと、千歳ちとせはすぐに気が付いた。

「ちいちゃん、ちょっと待って」

 川瀬おばあちゃんの、柔らかい声が聞こえる。

 千歳は振り返り、同じように、ゆったりとした声で言った。

「なあに?」

「ちょっとこっち来て。渡したいものがあるから」

 おいでおいで、と手を振りながら、川瀬おばあちゃんは七福神のような顔で笑った。

 川瀬おばあちゃんは、必ず何かを渡してくれる。

 特に千歳には、たくさん渡してくれる。

 孫のように、可愛がってくれるのだ。

 千歳は、川瀬おばあちゃんのことが大好きだ。

 川瀬おばあちゃんは、家の中に入り、すぐに戻ってきた。何かケースのようなものを持っている。

「しじみの佃煮作ったの。おじいちゃん、好きでしょ」

 そう言って、千歳に佃煮の入ったタッパーを見せた。

 川瀬おばあちゃんは、佃煮や、お漬物を作るのが上手だ。そして、それをいろいろな人にあげるのが好きだった。

 千歳も、川瀬おばあちゃんの作ったものだったら、佃煮もお漬物も食べられる。

「うん。ありがとう」

 千歳はタッパーをもらい、にっこりと笑った。いいの?なんていちいち聞いたりしない。

 だって、ここにいる人は千歳にとって、家族のようだからだ。


 千歳が住んでいるのは、小さな田舎だ。お年寄りしかいない、平和な田舎だ。

 そして、そこで旅館を経営している祖父母のお手伝いをしている。

 旅館の名前は、「桜の舞」といった。

 ただ単に近くの公園の桜が毎年綺麗に咲くから、というだけで、そんな名前を祖 父が付けたのだ。

 旅館に、魅力なんて一つもない。それでも、何とか宿泊に来てくれる人はいた。

 しかしその公園は、いまはただの空き地になってしまった。桜なんか、舞ったりしない。

 旅館の仕事は続けている。

 客なんて、もう何年も来ていない。

 周りにも、お土産屋がたくさん開いているが、客が来ないことは、みんなわかっていた。

 気が付けば、お年寄りが住む、小さな田舎になってしまった。

 若いのは、もう千歳だけかもしれない。

 昔一緒に遊んだりした友だちは、都会に行ってしまった。それでも、千歳は都会に行く気は全くなかった。


「じゃあ、川瀬おばあちゃん、家に帰るね」

 千歳が言うと、少し川瀬おばあちゃんは寂しそうな顔をした。

 川瀬おばあちゃんは、いま、一人で大きな屋敷に住んでいる。ずっとご主人と二人で住んでいたが、ご主人が病気で亡くなってしまった。千歳が、まだ小学生の時のことだ。

 川瀬おばあちゃんは、号泣していた。

 近所のみんなも、泣いていた。

 千歳も、泣いた。

 もう川瀬おじいちゃんと会えないんだ、と思うと、涙が溢れて止まらなかった。

 そして、一人ぼっちになってしまった川瀬おばあちゃんに毎日会いに行った。

早く元気になれるように、話しかけた。

 そうしているうちに、川瀬おばあちゃんは、少しずつ明るくなっていった。

「ちいちゃんが、おばあちゃんのことを助けてくれたんだよ」

 川瀬おばあちゃんは、いつもそう言ってくれる。


「また会いに来るね」

 そう言って、千歳は自転車のかごにタッパーを入れて、またサドルに跨った。






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