神の気まぐれと饅頭
そこは、いろんな世界の神々が集う場所。
この世でもあの世でもなく。
神様はのんびりまったり暮らしていた。
自由気ままに、人間たちの願いをきいたり無視したり(←おい)。
神々の下には精霊がいて、神様の仕事を手伝っていた。
時々、精霊使いと呼ばれる人間が精霊だけでなく、自分たちまでもを呼び出して願いを叶えろと催促するので、神様たちは少しご立腹していた。
さてさて、今日も人間に喚ばれた神様が……。
やっぱり、饅頭は最高だなあ。
地球の日本は素晴らしい。
ふむふむ。
明日、特別に雨をどんどこ降らそう。梅雨入りだし、ちょうどいいな。うん。
ジャペーン、アイラヴユー。
寝そべって、脚をバタバタ振る私。
にんまり笑って、目の前に積み上げられた饅頭を頬張った。
ああ、幸せ。
そんな時、横からにゅっと伸びてきた腕に私の饅頭が奪われた。
「そういえば、お前また喚ばれてたぞ」
赤い髪をかきあげて、豪火の神がニヤニヤと私に笑いかける。
「はあ?」
待て待て待て。私、さっき帰ってきたばっかりなんだが。
てか、私の|幸せ(饅頭)とってくな。
「聖水の神は大忙しだなあ。あっはっは!」
「黙れシャラ。なんで私ばっかりなんだよ。神ってのは、最上位だろ?何故しょっちゅう喚ばれてんだよ。精霊が行けよばかっ」
…って、おい。
変な浮遊感が私を包む。
「いや、待てっ!私はまだ…っ!!ま、ま、まま饅頭食わせろーお!!!!!」
「行ってらっしゃーいユイ」
『我がセルジオの名において…。我望むは、絶大なる力。目覚めよ応えよ…ユイユメテフェルス』
忌々しい召喚の呪文が聞こえて、地上に足が着いた感覚。私はゆっくり目を開けた。
目の前には、男。黒いローブを羽織りフードを被って、手には木の棒と分厚い本。
そいつは、丸い不細工なメガネの奥で、パチリとまばたきをした。
おい、ここはフォ●ワーツか?
なんだそのスーパー古典的魔法使いスタイルは。なめてんの?あ、なめてるんですね?
私は饅頭が食いたかっただけなのに、いきなり喚ばれてムカついているのだ。かっちんかっちんやで。
思いっきり目の前のチビを睨みつける。
間抜けは、手からバサリと本を落とした。
「や、」
や?
「やったぁぁぁあ!」
うわうぜー。
わめくなわめくな。
チビは興奮…いや、狂ったように叫び、私の手をひっつかんでぶんぶん振り回した。
「あのっ、あのあの!ユイユメテフェルスさんですよね、水の精霊さんですよね!?」
…………は?
時が止まった。
……精…霊だと……?
「この戯け―――――っっ!!!!!」
すごい声が出た。
頭に血が上った。
ガキの手を引き寄せ、よろめかせて、そこへ足をかけて床に押し倒した。力任せにのしかかる。抵抗はない。ガキの両手は片手にまとめて、床にくくりつけて。骨盤は、私の膝でがっちり固定。
ヤツの紫色の瞳が、パチリと瞬いた。
なめてんだな?
「くそガキが…」
水の精霊?
このユイユメテフェルス様を捕まえて……精霊呼ばわり?
はぁぁぁあ?
「ざけんじゃねえ」
ユイユメテフェルスと言う名前を知っておきながら……精霊?
精霊だと…?!
「私は聖水の神だっ!!!!!」
ぽつり、と水滴の音がしたと思ったら、そこからは豪雨。室内に雨が降り出した。
私の怒りに呼応しているのだ。
また、紫がパチリ。
下からも上からも水が染み出して、ゆらゆらと世界が揺れる。
ユイユメテフェルスはご立腹だ。
くそガキ。許さん。私から饅頭を奪っておいて!あんまりだ。饅頭。饅頭。饅頭…。私の饅頭…。つやつやして生意気そうなフォルムをしていながらも、中に甘いあんこを隠し持つ愛しいあの子……ああ…饅頭…。
ううっ…。
至福のひととき。私の饅頭。
「返せーっっ!!」
視界の隅で、噴水が起きた。
万死に値する!
溺死じゃこのクズ!
段々と、水の世界になってゆく。
ゴポ…っ
水。饅頭。アイラヴユー。
「なっ何事ですかセルジオ!?」
突如響いた怒声。
しかし、そんなのは無視し、溺れて喘ぐヤツを床に縫い止め続ける。
ゴポゴポ…っ
ヤツの口から空気が空気が気泡となって出て行く。
そうだ。水になってしまえ。さすれば、クズのお前も私のアイラヴユーの仲間入りだ。
「…ユイユメテフェルス!?」
「…私の化身たち…」
精霊を呼ぶ。
水の上に、ふわりと降り立つ淡い水色の3人。
「ユイさま、どうかなさいましたか?」
「ユイさま。お怒りですか?」
「ユイさまの平穏を妨害するのは人間どもですか?」
「精霊よ。こやつは神である私より、あなた達をご所望らしい」
「……ユイさま、なんですって?」
「……溺死ですわ、ユイさま」
「……そのような輩、ユイさまの手を煩わせなくとも我らで処理いたしましょう」
私は薄く笑い、手の下に意識を戻す。
抵抗が弱まり、アメジストの瞳は濁りだした。
「お、おやめ下さい!ユイユメテフェルス様!!」
水をかき分ける音がして、私は体を突き飛ばされた。
はぁぁぁあ?
今日って日はなんて厄日なんだ。
勝手に喚びだされるわ、精霊に間違われるわ、突き飛ばされるわ、最悪だ。
神への信仰心が薄いっっ!!
もっと崇拝すべきだ人間ども!
今回は駆け寄ってきた精霊たちに受け止められて、怪我をせずにすんだが、神だってなあ、痛いものは痛いんだ!怪我だって病気だってするんだぞ!
前聖水の神は、ヘルニアだったしな。私が突き飛ばされて、腰を打ちつけていたらどうする。まったくやめてほしい。これだから人間は嫌なんだ。
私を突き飛ばした張本人、黒いスーツを着た女は、水から顔を出させ必死でヤツの肩を揺さぶっている。
そんなことしたら、お前もびしょ濡れだぞ。
「大丈夫ですかセルジオ!?」
「ゴホ…ッ!」
私は脚を組み、膝まである碧い髪をかきあげて、その光景を見つめる。
「ああ…!よかった…!!」
「……せん…せ…」
あ、教師なんだ?
教師と生徒のいけない関係?
禁断っすか?
「私があなたには到底無理だとわかっていながら、あんな課題を出したのがいけなかったの。セルジオ、私を許して!」
何気にけなすなあ。この女。
「それに、あなたが死んだら…」
お、生きていけないとか言っちゃう系!?
「私の出世に関わるわ!」
あーあ。
それが本音ですか。
もうやだ人間。
はい、さようなら。
室内の水をすべて指先から吸収して、私は帰ろうとした。あの単語が聞こえてくるまでは。
「すみません、先生。僕、先生の出世のことまで考えが至らず…」
ばかあ―――――っっ!!!!!!
はい、ここにばかがいました。世紀の大発見です。驚愕を通り越して呆れます。ばかだっ!君はばかだよおっ!
私は思わずセマジオ?だっけ?に指を向け、くいっと引き寄せる動作をした。宙に浮き、私の元まできたセマジオのメガネを取る。
そっと指を頬に這わせば、紫が少し驚いたように見開いた。
ガキのくせに、近寄ればなかなかキレイな顔立ちをしている。
――――そっと。
唇をあわせる。
「なっ!?」
セマジオが、私の肩を押した。
どいつもこいつも どつきおって、神なめとんのか。
ちろりと唇を舐めれば、こちらを凝視していたセマジオウは、慌てたように服の袖で、自分の唇を拭い出した。
そんなセマジオウを冷たく見やり、私は言った。
「契約完了だ」
さあ、頼りなさすぎなガキを教育してやろう。
楽しませろよ、チビ。
「本日から、聖水の神ユイユメテフェルスは貴様に仕える。報酬は饅頭で手を打とう」
私はふんっと鼻を鳴らした。
「いいな、シマジロウ」
「勝手に虎にしないで下さい!セルジオです!」
……………。
………………。
「いいな、セルジオ」
「…まるで、何事もなかったかのように……!?」
私はセマジオの…いや、セルジオのケツを蹴飛ばした。
そのとき、呆然としていた女教師が突如、立ち上がり私の手をとった。
「ユイユメテフェルス様!!セルジオでなく、私と契約して下さいまし!」
「私は女と口付けなどしたくない」
「あ、問題そこなんだ」
「やかましいわセマジセルジオ」
「間違えましたよね!? 今絶対間違えましたよねっ!?」
「………さあ、素晴らしき水の世界へレッツゴーっ!!」
「話をそらさないで下さい!」