【1】ひこうき雲-ⅰ
――ある日、唐突に世界は変貌した。
前触れも何もなく、ただ理不尽に。
今までの日常はあっけなく壊れてしまった。
この壊れた世界で、これからどう生きていけばいいのだろうか。
ほんの少し未来の物語。
それでも地球は廻っている。
【ひこうき雲】
《ⅰ》
『もしもし』
声が最初に聞こえたのは駅のホームだった。
まぶしい朝日の差し込む構内で、はっきりと澄んだ女性の声が。
「ん?」
俊哉は不思議に思って、辺りを見回す。黄色い線の内側で電車を待つ人の数は少ない。ベンチで読書をしている女性。じれったそうに貧乏ゆすりをしている中年のおっちゃん。同じ学校の生徒と違う学校の生徒がそれぞれ一名。待つ様は異なれどみんな電車が来るのを待っている。しかし、その声を聞いたのはどうも俊哉だけだったようだ。
俊哉はすぐさまカナル式のイヤフォンをすっぽ抜く。今の今まで音楽を聞いていたのだ。それもやかましいパンクロックを。ガンガン響くギターノイズとせかしくビートを刻むドラム、まくしたてるボーカルを大音量で耳に鳴らせていた。だからあんな優しく澄んだ、柔らかな声が聞けるはずもない。気のせいか、はたまた幻聴か。
『もしもーし、聞こえてるんだろーっ。返事しろー!』
また聞こえた。いきなり砕けた口調になったので、肩を落としそうになる。また随分と明るい元気な声だ。この能天気さはやかましくなると頭に響きそうなので、俊哉は仕方なく反応することにした。
『誰だ、お前は』
『あ、やた、繋がった。で、君だれ?』
『それはおれが聞きたい』
『私も知りたい。だから君から話して』
『はあ? てか、お前から話しかけてきたんだろが。この野良超能力者』
超能力者。またはエスパーと呼ぶ。ここまでのやりとりはすべて声に出していない。テレパシーでの会話。恐らく声の主の能力。とはいえ、俊哉はエスパーの類でもなんでもない。昔よりは数が多くなって、人々も大して気にしなくなった。つまり慣れてしまったのだ。もちろん俊哉も驚きはしなかった。
エスパーパンデミック(Espar Pandemic:超能力汎発流行)という現象がかつて起こったらしい。それは同時多発的に世界中へ広がった。今まで普通に暮らしていた人が突如、超能力に目覚めるというあり得ない光景が現れたのだ。現実は小説よりも奇なりとは言ったものだが事実、発生した出来事である。
『野良とは失礼だなー。私には南雲紗江ってちゃんとした名前があるし。それより君の名前、教えてよ』
『……森園俊哉』
『としや、か。じゃあ、トッシーだね!』
『勝手に決めてんな。てか、いきなりなんだよお前は。突然話しかけてきやがって』
俊哉は迷惑そうに不満を漏らす。彼は紗江という名の声にイラついていた。
電車はもうまもなく来るらしい。今日は10分遅れか。朝のうすぼんやりとした時間帯。そりゃあくびも出てくる。誰だって、登校前の自由な時間を邪魔されたくはない。立ちんぼだったにせよ、好きな音楽を聴いているのにわざわざ知らない声に応答する理由はないのだから。
『なんでオレに呼びかけたんだ』
『別に。君しか答えなかったから』
あっけらかんと女の声は言った。つまり意訳すると、誰でも良かった、らしい。
『(くっそ、反応しなきゃ良かった)あのなあ、こちとら眠たいのを我慢して……』
『まあ、いいじゃん。どうせ寝てるんでしょ、学校でも。大して変わらないって』
紗江はころころ笑いながら、俊哉をからかった。
『うるせえ、黙れ! 思考が通じてるってことは近くにいるんだな? 出てこい、ゲンコツで殴ってやる』
『暴力はんたーい。おまわりさーん、この人、婦女暴行しようと企んでますよー?』
『おいこら!』
『きゃー、うら若き乙女の貞操がうばわれるー』
「いーかげんにしろっ!」
気付くと、俊哉は駅構内の視線を一身に浴びていた。無理もない。誰だっていきなり怒号が響けば、声がした方向を振り向く。女性もおっちゃんも同校の生徒も他校の生徒も。みんな、誰にも見えない相手をしている男子高校生を訝しんでいた。もう遅い。絶対、変な奴だと思われてる。
『やーい、白い目で見られてやんの』
『……お前、ホント黙れ』
俊哉が顔を真っ赤にした所で、電車がホームにやってくる。
『あー来ちゃったか。じゃ、またね♪』
その言葉を最後に交信はぷっつりと途絶えた。すぐさまこちらから呼びかけてみたが、無駄だった。携帯電話のスイッチをOFFにした時と同様、彼女が能力を遮断したのでこちらの『電波』が届く状態ではなくなっていた。
「くそ、なんだってんだ……」
《大ノ宮、大ノ宮ー。ご乗車の際は駅のホームとの段差に注意して、お乗りくださいー》
電車はホームに停車し、下車する人たちがまばらに駅の階段を上っていく。その数もまた少ない。目の前にはいつもの光景が広がっている。ただ一点、頭の中で女の子の『声』に呼びかけられた事を除けば。
電車のベルが鳴る。さっさとしないと、ドアが閉まって乗り遅れてしまう。俊哉は先程までの自分の身に起こった出来事を深く考える間もなく、慌てて車両に乗り込んだ。
天気は快晴。
今日も暑くなりそうな部活日和。
入道雲がもくもくと高く浮かぶ、ある夏の一日だった。
初投稿です。
どうぞよろしくお願いします。
この作品は1エピソード区切りのオムニバス小説スタイルとなります。
同じ設定の中で時代や登場人物が入れ替わり立ち代わりするお話ですので、どうぞご了承ください。
今回はその第一話のプロローグです。
短くてすみません。
更新自体は不定期になると思いますので、
読んで気に入っていただいた方はどうか気長にお待ちいただければと思います。
最初のエピソードは全体の紹介編でもあります。
どのように世界が、地球が変わってしまったのか。
そういう点にも注目してみるのもいいかもしれません。
はてさてどうなることやらですが。
続きは早く書けるようにしますので。
では。