夢女子おさななじみが三次元に恋をした!?
春という季節は、どうにも苦手だ。
新しいクラス、新しい担任、新しい人間関係。
何もかもが新しくなるくせに、ボク自身は去年から一ミリも成長していない気がする。
高校二年になって二週間。そんなボクの日常にも、少しだけ変化があった。
「やあやあ、フウタくん。ごきげんよう」
朝のホームルーム前。ボクの机に両手をつき、芝居がかった挨拶をする女子。
タンポポ。それが彼女の名前だ。
もさもさのくせ毛、小柄な身体、大きな丸眼鏡。そして、何かを企んでいるような目つき。
小学生のころからの腐れ縁で、いわゆる幼なじみというやつだ。
中学ではクラスが離れ、高校一年でも別々だったが、今年になって久しぶりに同じクラスになった。
筋金入りのオタクで、アニメ、漫画、乙女ゲーと守備範囲は広いが、
特に好きなのは、推しキャラとの恋愛を妄想する……そう、『夢女子』だ。
「ときにフウタくん。昨日の『その日ぐらしで泣く五郎に』は視聴したかね?」
「ああ、見たよ。まさかあそこで家賃の督促状が来るとは」
「はぁ、これだから素人は」
タンポポはわざとらしいあきれ顔を見せる。
「注目すべきはラストシーン、五郎のセリフ!『あぁ、早く帰ってビール飲みてぇ』だ!」
タンポポは目を細めて続ける。
「ああ、生まれ変わったら五郎の飲むビールになりたい……ドゥフフフ」
「画期的な転生モノだな」
いつもこんな調子だった。
小学生から変わらない。
お馴染みの光景だ。
そんなボクたちの会話に、割り込む声がする。
「おーい、フウタ」
教室の入口から、ひょいと顔を出した男子。
「悪い、ホチキス貸してくれない?」
「ああ、ダイチか。ちょっと待って」
彼の名前はダイチ。隣のクラスの男子で、去年同じクラスだったヤツだ。
背はボクより少し高い。短く刈った髪に、やや垂れ気味の目。
妙に落ち着いた雰囲気で、同級生というより、休日に公園で競馬新聞を読むオジサンに近い。
「あ、タンポポさん、だよね?」
「ごめんね、話割り込んじゃって。もしかして大切な話だった?」
「へ、あ、ひ、あ、その、えっと、べつに……」
タンポポの動きが止まった。
さっきまでビール転生願望を熱弁していた人間とは思えない没落ぶりだ。
「ほらよ、ダイチ、ホチキス」
「お、サンキュー! 次の休み時間に返すよ。じゃあね、タンポポさん」
それだけ言うと、ダイチは教室を出ていった。
「タンポポ。まったくおまえは、相変わらずボク以外のやつとまともに話せないのな……」
動かない。机に両手をついたまま、うつむいている。
「……タンポポ?」
「ひっ、ひっ、ふぅ……ひっ、ひっ、ふぅ……」
「なにその呼吸。何かを生み出そうとしてる?」
「危なかった……あと5秒、いや3秒、あの御尊顔を直視していたら……アタシの網膜は焼き切れていた……」
タンポポは顔を上げ、目を輝かせる。
「フウタッ!誰なの!? さっきの顔面偏差値九十超えの爆イケ男子は!?」
「去年同じクラスだったダイチだけど……って、爆イケ男子!?あのくたびれたオジサンみたいな高校生が?」
「はぁ?貴様の目は節穴か!?……ああ、思い出しただけで尊い……危うく想像妊娠するところだった」
「それでラマーズ法の練習か」
「今すぐ国宝に指定すべきだろうが!」
「文化庁に相談してくれ」
ボクはため息をついた。
そうだ、こいつは昔から妙な趣味をしていた。
乙女ゲームをプレイすれば、きらびやかな王子様より渋い執事。
少年漫画を読めば、主人公より歴戦の中年師匠。
イケメンだらけのソシャゲですら、なぜか四十代の苦労人キャラを推していた。
本人いわく、『人生の苦味を知る男にしか出せないフェロモンがエロい』らしい。
そういえば、その日暮らしの五郎も……
――――――
翌日。
昼休み。
ボクはタンポポに呼び出され、校舎の屋上へ続く階段を上っていた。
「よく来たな、フウタくん」
扉を開けるとそこには腕を組んで仁王立ちしたタンポポがいた。
「何の用?」
「ふっ……まあ、そう急ぐな」
「というか、おまえ……目の下のクマ、すごいぞ。昨日寝てないのか?」
「ああ、これか」
タンポポは満足そうにうなずいた。
「昨夜は執筆活動をしていてね……」
「まさか……」
「もちろん、ダイチくんの夢小説さ」
「相変わらず行動力が異次元だな」
「いやあ、昨夜は筆が止まらなくなってしまってね」
「筆って、また大げさな。スマホかパソコンだろ?」
「いや、原稿用紙に万年筆だが?」
「昭和の文豪?」
「すでに第二部の第三話まで書き上げた」
「アニメ化する気?」
「うーむ……地上波だと、深夜枠でもギリギリかもしれんな」
「いったい何を書いてるんだよ……」
「ドゥフフフ……読んでみる?」
「遠慮しとく」
「遠慮するな」
「それより、何の用なんだよ。昼飯まだ食べてないんだけど」
「うむ。では本題に入ろう」
タンポポは眼鏡を押し上げ、深呼吸した。
「今回、君たちに集まってもらったのは、ほかでもない」
「集まってるのボク一人だけどな」
「アタシは昨日、重大な宇宙の真理に気づいてしまったのだ」
「それはまた壮大だな」
「これまでのアタシは、二次元こそ至高、三次元は劣化版であると信じていた」
「すごい偏見だ」
「リア恋勢など、推しと現実を混同した哀れな存在だと思っていた」
「おまえも大概だろ」
「だが、しかし!」
タンポポは拳を握った。
「ダイチくんに関しては、リア恋不可避!」
「へえ」
「このアタシが、まさか三次元を推す日が来るとはね……」
「ふうん」
「他のファンには申し訳ないが、ダイチくんはアタシがいただきます!」
「そう」
「もっと興味を持てよ!」
「いや、持てって言われても」
「幼なじみの恋愛革命だぞ!? 歴史的特異点だぞ!?」
「ボク以外の男子とまともに話せないおまえが?」
「うぐっ」
「名前呼ばれただけで変な声出すおまえが?」
「うぐぐっ」
「そもそも、どうやって付き合うんだ?」
「…………」
タンポポが膝をついた。
「そこでだ! 君に頼みがある!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない!」
「嫌だ」
「アタシの恋愛攻略に協力してくれ!」
「嫌だ」
当たり前だ。こいつの頼みごとを安易に引き受けると、大抵ろくなことにならない。
小学生のころ、秘密基地を作ると言い出して、ボクの家の物置を勝手に占領したことがある。
中学では、文化祭で魔法少女のコスプレをするからと、なぜかボクに敵幹部役を押しつけてきた。
しかも女子たちに好評だったのが、今でも納得いかない。
「…………」
タンポポはしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言った。
「魔法幼女まじかデマカ」
「……!?」
「初回限定版ディスク」
「!?!?」
「全巻収納ボックス付き」
「…………!」
ボクはタンポポを見つめた。
タンポポもボクを見つめ返した。
風が吹いた。
数秒の沈黙。
「……進呈すると言ったら?」
「乗った」
「そうかそうか、そちも悪よの~」
「失敬な、友達の恋を応援するのは男として当然じゃないか!」
ボクはタンポポに右手を差し出した。
「契約成立だ」
「うむ! よろしく頼むぞ、我が参謀よ!」
握手を交わす。
……ふと、不安になった。
「なあ、タンポポ」
「なんだね?」
「ボク、この契約で魔法少女になったりしないよな?」
「そのときはフリフリでかわいいコスチュームを用意しよう」
「契約解除でお願いします」
二人分の笑い声が屋上に響く。
「……それにしてもさ」
タンポポがふと、声の調子を変えた。
「フウタって、相変わらずいいやつだよね」
「あ! でも安心して!」
「アタシがあんたを好きになることは、絶対にないから!」
「はいはい。安心したよ」
こんな保証まで付くなんて、なんて良心的な契約なのだろう……
……
……屋上をざわざわと風が駆け抜けた。
――――――
タンポポの恋愛攻略作戦が始まって、三日が経った。
ボクは、早くも契約のクーリングオフを検討することになる。
「……なにやってんだ、タンポポ」
朝、校舎の階段を上っていると、途中でしゃがみ込んでいるタンポポを発見した。
床に顔を近づけ、何やら神妙な表情をしている。
「おお、フウタではないか」
「いや、何してるの?」
「聖地巡礼」
「ここ学校だけど」
「昨日の午後一時二十三分。ダイチくんが、この階段を右足から上ったのだ」
「……だから?」
「その尊い歴史に想いを馳せているところだ」
「歴史って、まだ二十四時間も経ってないぞ」
タンポポはゆっくりと目を閉じた。
「ここに……確かに彼がいたのだな……」
「邪魔だからどいてくれる?」
「おのれ不届き者! 神聖なる領域<サンクチュアリ>に土足で踏み入る気か!」
「いや、上履きだけど」
「ならば問題ない」
「いいんだ」
ボクはタンポポの横を通り過ぎた。
「あっ、待ってよ! アタシも行く!」
小走りでパタパタとした足音が追いかけてきた。
隣に並んだタンポポが、得意げにポケットから何かを取り出す。
「見たまえ、フウタくん」
「今度は何?」
「ダイチくんの概念カラーである、アースカラーのハンカチだ!」
ひらりと目の前に広げられたのは、ごく普通のベージュ色のハンカチだった。
「……地味なハンカチだな」
「違う! これこそ彼の持つ大地のような包容力を象徴する色!」
「ベージュだろ?」
「アースカラーだ!」
タンポポはそのハンカチを両手で包み、うっとりと頬を染めた。
「これで手を拭うとき、アタシはダイチくんに優しく手を握られていると同義なのだよ」
「その思想はサイコホラーと同義なのだよ」
ハンカチに頬を摺り寄せながらタンポポは続ける。
「ああ……もっと貢ぎたい……」
「誰に?」
「ダイチくんに決まっているだろう!」
タンポポは天井を仰いだ。
「公式からのファングッズ発売はまだか?」
「公式って何だよ?」
「はっ!」
突然、足を止める。
「どうした?」
「いっそのこと……アタシがグッズを作ってしまえばいいのでは?」
「勝手に肖像権を侵害するなよ」
「それを販売して……」
「誰が買うんだよ」
「アタシが全部買い占める」
「だろうね」
「そして売上金で、また新しいグッズを開発する……」
「うん?」
「それをアタシが買い占め、売上金でさらにグッズを開発する……!」
タンポポの目が輝いた。
「無限に推しへ貢げる……!?」
「いや、ぜんぶおまえの金が循環してるだけだぞ」
「献金永久機関……! これはノーベル経済学賞、あるな……!」
「授賞式にはぜひ呼んでくれ」
かくして、タンポポの三次元推し活は順調に暴走していた。
もっとも、肝心のダイチ本人との距離は、まったく縮まっていなかったが。
――――――
翌週。
何かを学んだのか、タンポポは次なる行動に出ていた。
「どうだね、フウタくん」
タンポポはくるりと一回転した。
「ストレートパーマなるものを施してみました。これでアタシも清楚系美少女です。ボンジュール」
「……へえ、清楚系美少女はフランス人なのか」
「感想は?」
「うん。なんというか……」
「えーっ! タンポポちゃん!?」
クラスの女子たちが駆け寄ってきた。
「髪型変えたの!?」
「すごーい! かわいいー!」
「めっちゃサラサラじゃん!」
「日本人形みたい!」
「呪って呪って!」
やめてやってくれ。コミュ障タンポポのライフはゼロだ。
……全く世話の焼けるやつだ。仕方ない、止めに入ってやるか……
「きゃー、すべすべ!」
「ドゥフ……ドゥフフフ……」
「ねえ、私にも髪触らせて!」
「よ、よきにはからえ!」
なんだよ、大丈夫じゃないか。なんだよ……
*
「いいなぁ~」
「アタシもストパーかけてみようかな」
いつの間にか女子の人だかりができていた。
……そうだ。ふとタンポポとの契約を思い出し、スマホを取り出す。
ダイチを呼び出して見せてやろう。
そう思い、メッセージを打ち終わったころ、弱った小動物のような声がした。
「ぐすん、フウタ~」
そこには度重なる女子たちの愛撫と湿気によって、すっかりいつものくせ毛に戻ったタンポポの姿があった。
「あらら。まあ、なんだ……呪いが解けてよかったな!」
「二度と軽口が叩けないように呪ってやろうか?」
「くわばらくわばら」
「よう、フウタ!タンポポさんも、こんにちは!」
最悪のタイミングであの男が現れた。
髪を気にしながらタンポポがうつむく。
「あはは。今日も相変わらずのくせ毛だね!」
うつむいたままのタンポポ。
たのむから、それ以上はやめてくれ。
ダイチを止めようとしたその時……
「ふわふわの綿毛みたいで、すごく似合ってる!」
ダイチはそう続けた。当然のように。
うつむいたままのタンポポの耳が、みるみる赤く染まる。
――――――
「ねえ、タンポポちゃん」
ある日の休み時間。タンポポはクラスの女子から声を掛けられていた。
呪いの日本人形事件以来、タンポポと女子たちの距離が少しだけ縮んだようだ。
「タンポポちゃんって、乙女ゲームってやつ?詳しいんだよね?」
「え、あ、まぁ……」
「アタシたちも、ちょっと興味あるんだけどさ」
「おすすめとか、教えてくれない?」
「……え?」
タンポポは困ったように目を泳がせた。
「い、いいけど……」
「やったー! じゃあ、こっち来て!」
両腕を抱えられ、まるで秘密警察に連行される宇宙人のようだった。
大丈夫だろうか。ボクは少し心配になった。
*
「ええーっ!? こんなシーンあるの!?」
そんなボクの心配をよそに異常に盛り上がる女子たち。
「ちょっとエッチすぎない!?」
「ふっふっふ……」
女子たちの真ん中で、タンポポが眼鏡を光らせていた。
「この程度で驚くようでは……さては、おまえら処女だな?」
「きゃー!タンポポちゃんたら!」
「乙女ゲーとは、ただイケメンと恋愛するための装置にあらず」
「な、なんですか!?」
「己の欲望と向き合い、理想の物語を見つけ出すための……魂の旅<ソウルジャーニー>なのだよ!」
「タンポポ師匠!」
「ドゥフ、ドゥフフフ……!」
タンポポは楽しそうだった。
ボクはその光景を遠くから眺めるしかなかった。
「タンポポさん、最近笑顔が多いよね」
いつの間にか隣にダイチが立っていた。
「……あれが?笑顔というか、悪徳商人が密談してる顔だろ」
「あはは、そうかな」
ダイチは楽しそうに笑った。
「……なあ、ダイチ」
「ん?」
「おまえさ。タンポポのこと、どう思う?」
契約の件ももちろんあるが、なんとなく気になって聞いてみた。
「どうって?」
「いや、その……最近、よく話してるみたいだから」
「そうだね」
ダイチは少し考えてから言った。
「……友達って言っていいのかな?」
「友達?」
「うん。最初はあんまり話せなかったけど、最近少しずつ話してくれるようになったし」
「……ただの友達?」
「うん、友達」
「……ふうん」
ボクは何を知りたいんだろう?
「別に、いいんじゃない?」
「そう?」
「ああ」
そう答えると、ダイチは嬉しそうに笑った。
「タンポポさんってさ、普段は大人しいけど」
「うん」
「本当はすごく明るい子なんだね」
「まあ、うるさいくらいだけどな」
「それに、笑顔がすごくかわいいよね」
「……かわいい?あのタンポポが?かわいいというより、面白いだろ」
ボクは鼻で笑った。
「この前なんて、推し活アイテムを五個も自作してたんだぞ」
「五個?」
「実用、保存用、布教用、撮影用、それに奉納用」
「奉納用?」
「神棚に置くらしい」
「あはは! タンポポさんらしいね」
ダイチは笑ったあと、ぽつりと言った。
「……でも、いいよね」
「何が?」
「好きなことに、一生懸命になれるって。ちょっとうらやましい」
なんだそれ?
「でもさ」
ダイチは続ける。
「フウタって、タンポポさんのこと本当によく見てるよな」
「……え?」
なんだ?どういう意味だ?
そう思いながら、もう一度タンポポの様子を見る。
――――――
「フウタのダンナ~」
午後のタンポポのテンションはいつにもましておかしかった。
「なんだよ気持ち悪いな」
「いやですよダンナ!アタシとアンタの仲じゃないですか~」
「それで、何?」
「えっとですね、ダイチくんの写真が欲しいのです……生写真!持ってないか?」
「なんだよ生写真って?」
「いや、そもそも何に使う気だよ……まさか……」
ダイチグッズ化計画を聞いていたためか、缶バッジ、アクキー、アクスタ……嫌な想像がいくらでもできる。
……まさか、ダイチの抱き枕?自分で想像しておいて鳥肌が立った。
「神棚に祀って毎日拝みたい」
「なんだ意外と神聖だった……いや、神聖か?」
「とにかく、本人に黙っておまえに渡すわけないだろ?」
「いけずぅ~」
「そんなに欲しいなら、本人に頼めよ」
「それができれば苦労しない」
「なになに?写真がなんだって?」
ダイチは本当にいいタイミングで来やがる。
監視カメラでも仕込んでるんじゃないか?
「わっ!あ、いや……」
「もしかして……友達記念的な?」
「え!?」
「いいね! タンポポさんスマホ貸して!」
「えっえっ!?」
「フウタこっち来て!タンポポさんも!もっとこっち!」
「わわわわわっ!」
カシャリ
「はいどうぞ!あとで送ってね!じゃ、また!」
ぼんやりと写真を見つめるタンポポ。
「……なぁフウタ……アタシちょっと変かも……」
「推しの写真なんて、テンション爆アガりのはずなのに……」
「なんか……チクチクするような……フワフワするような……」
「なんだそれ?まあ、ボクも写ってるしな」
「あ、それは今、加工で消してる」
「おい!」
――――――
放課後。
昇降口まで来たボクは、外の景色を見て絶望した。
「……うわ。雨かよ」
アスファルトが黒く濡れている。
昼までは晴れていたはずなのに、いつの間にか本降りになっていた。
「傘、持ってくるべきだった……」
しばらく雨脚を眺める。
家まで走れば十五分。
まあ、濡れるのを我慢すればどうにかなるだろう。
そんなことを考えていたときだった。
「おやおや、そこにいるのはフウタくんではないか」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、タンポポが立っていた。手には小学生から使っている黄色い傘。
「どうしたのかね、そんなところで」
「見ればわかるだろ。傘忘れたんだよ」
「じゃあ、アタシの傘にいっしょに……」
「え?」
「……なーんてこと、するわけないだろ、バーカ!泣きながら濡れて帰れ!」
「……地獄に落ちろ!」
「ハハハハ!効かぬな!……いや、待てよ……」
タンポポは何かを思いついたように固まった。
「今度は何?」
「フウタ!アタシの傘を貸してやろう!」
突如として黄色い傘が押しつけられる。
「いや、おまえはどうするんだよ?」
「いいから、いいから!」
「いや、悪いって」
「いいから、いいから! ドゥフフフ……!」
その笑い方。絶対にろくなことを考えていない。
ボクが傘を返そうとしたとき。
「お、フウタ!」
再び、例の男が現れた。
ダイチだった。
「タンポポさんも、こんにちは」
「ダ、ダイチくん!……あの、えっと、その……」
「ん? どうしたの?」
「え、あ、えっと……」
ダイチが外の雨に目を向ける。
「あっ、もしかして傘忘れちゃった?」
「えっ!あ、う、うん……」
タンポポが小さくうなずく。
……なるほど、そういう作戦か。
ボクに傘を貸すことで、自分が傘を忘れた状態を作り出す。
そこへダイチが通りかかれば、相合傘イベント発生。
なかなか考えたじゃないか。珍しく、ちゃんとした作戦だ。
「そっか。それじゃあ……」
タンポポの目が輝く。
「はい!」
ダイチは、小さな折り畳み傘を取り出した。
「一本貸してあげるよ!」
「え?」
「オレ、折り畳みも持ってるんだ」
「え、え!」
「用意しといてよかった。じゃ、また明日ね!」
「え、あ、え、え……」
残されたボクとタンポポ。
「フウタ……」
「はい?」
「傘返せ」
「理不尽だ」
なんだかんだ言いつつも結局タンポポは傘を貸してくれた。
隣を見るとタンポポはダイチから借りた折り畳み傘を両手で握りしめていた。
ボクは小さな黄色の傘を見上げた。
そういえば、一緒に帰るなんて久しぶりだな。
――――――
「なあ、フウタよ」
翌週の昼休み。
タンポポはボクの机に突っ伏していた。
「なんだよ」
「一向に進展がないのだが?相合傘イベも不発だった」
「うん」
「こんなに努力しているのに……」
「まあ、努力は認めるよ」
方向性は、全部間違っているけど。
「乙女ゲーなら、そろそろ『おもしれー女』イベが発生してもいいころだろう!?」
「おまえは十分おもしれー女だよ」
「はっ!これは……もしかして……バグか?」
「現実の仕様だ」
「うぇぇぇん!」
タンポポが机を叩いた。
「所詮、アタシには叶わぬ恋なのか……!」
「大げさだな」
「だって! 話しかけようとしただけで頭真っ白になるんだもん!」
なるほど。
いろいろ妙な作戦を考えてはいるが、結局のところ、それが一番の問題なのだろう。
普段、ボクに対してはあんなに偉そうなのに。ダイチの前では、まともに名前すら呼べない。
ボクは少し考えた。そして、ため息をついた。
「しょうがないな。契約もあることだし……ダイチ、誘ってみるか」
タンポポの顔が上がる。
「……え?」
「今週末、暇だったらさ。どっか遊びに行かないかって」
「…………」
「もちろん、いきなり二人きりは無理だろうから、三人でな」
「…………!」
タンポポは椅子から立ち上がった。
「フウタ大明神様ぁぁぁ!」
「声でかい!」
「ありがたや! ありがたや!」
「拝むな!」
*
その日の昼休み。
隣のクラスへ出征するボクをタンポポが見送る。
*
ダイチは窓際で弁当を食べていた。
「よう、ダイチ」
「お、フウタ。どうした?」
「今週末さ、隣町のイオウタウンにでも買い物に行かないか?」
「いいね!」
ダイチはすぐにうなずいた。
「ちょうど買いたいものがあるんだ」
ボクは特に気にも留めず、続けた。
「タンポポも一緒にどうかな?」
「タンポポさん?もちろん、いいよ」
ボクの心配をよそに、あっさり決まった。
タンポポの狂喜乱舞する顔が浮かぶ。
「じゃあ、詳しいことはあとで――」
すぐにでもアイツに知らせてやろう。
「……あ、そうだ、フウタ」
ダイチが少し声を落とした。
「……ちょっと相談があるんだけど」
なぜだか心がざわざわする。
「あのさ……去年、オレたちと同じクラスだったコヒナタさん、覚えてる?」
やめてくれよダイチ。
「どう思う?」
たのむからやめてくれ。
「……なんというか……気になる……というか……」
やめろ。
なんでこのタイミングなんだよ?
頭が真っ白になる。
タンポポの笑顔がよぎる。
「……べつに、いいんじゃないか?」
ボクは、そう言うしかなかった……
*
ボクはすごすごと教室に戻る。
そこには期待と不安が入り混じった顔のタンポポ。
「えっと、その……どう、だった?」
「あ、ああ……今度の日曜、3人で買い物に行くことになった」
キョトンとするタンポポ。
「ほ、ほんとか!フウタ!」
言わなきゃ……
「すごい!すごいよ!革命が起きた!」
本当のことをタンポポに言わなきゃ……
「えへ、えへへへへ」
言えない……
言えるわけがない……
タンポポの悲しむ顔なんて見たくない……
「そうだ!」
タンポポは続ける。
「これは、ダイチくんを沼らせるための、勝負服が必要だな!ドゥフフフ!」
「あのさ、タンポポ…」
「ん?」
「ダイチがさ、そんなに外見で人を判断するようなやつだと思うか?」
タンポポはうつむく。
「……そんなこと、わかってるよ!」
「でも、やっぱり……新しい服が欲しい……」
「放課後、付き合ってくれない?」
「……わかったよ」
――――――
学校からの帰り道。
ボクたちは、商店街の一角にある衣料品店へ向かっていた。
店の名前は『おしゃれセンターしましま』。
地元では昔から親しまれている店で、安心価格が高校生には嬉しい。
「ふっふっふ……いよいよアタシの真の力を解放するときが来たようだな……」
「服買うだけだろ」
「甘いぞ、フウタ! 服装とは、乙女ゲームにおける初期ステータスの調整に相当する!」
「そりゃ大事だな」
楽しそうなタンポポの顔を見ていると、昼間のダイチの相談なんて無かったことのように思える。
店には、色とりどりの服が並んでいた。
「なあ、フウタ。ダイチくんって、どんな服が好きなんだ?」
「知るかよ」
「なんだよ~。つかえないな~」
「帰っていい?」
「すみませんでした」
タンポポは再び洋服を眺め始めた。
「……むむむ。こんなかんじか?……」
「いいんじゃない?」
「適当だな!」
「いや、本当に」
「……ふむ。では、試着してみるか」
タンポポは服を抱え、試着室へ入っていった。
カーテンが閉まる。
しばらくすると、カーテンの向こうから、衣擦れの音、ファスナーを下ろす音……
どうしても耳に入ってしまう……
「う、うわっ……!」
カーテンの向こうから、タンポポの声がした。
「どうした?着替え終わったのか?」
「いや、さすがにこれはないわ!」
「なんだよ、いいから見せてみろよ」
「う、うん……絶対に笑うなよ!」
カーテンが開く。
そこにはいつもの丸眼鏡、もさもさのくせ毛……
だが……
ふんわりと柔らかな黄色のトップス……
紺色で少し短めのスカートから延びる白くやわらかな脚……
「かわいい……」
「え?」
「あ、いや、『服』が!服がかわいい!」
「そ、そうか!男子はこういう『服』が好きなのだな!」
そう言ってタンポポは頬を赤らめ、スカートの裾を握りしめた。
「じゃ、じゃあ、これにするか……」
タンポポは再びカーテンを閉め元の制服に着替えた。
*
「……ない」
レジへ向かおうとしたところで、タンポポが固まった。
「ない……ない……ない……!」
鞄をごそごそと漁る。ポケットをひっくり返す。
青ざめた顔でボクを見た。
「……財布、忘れた……」
タンポポがみるみるしぼむ。
「せっかく付き合ってもらったのに、ごめん……今日は、帰ろう」
ボクはため息をついた。
「立て替えてやるよ」
タンポポの顔が上がる。
「ほ、本当!?」
「あとで返せよ」
「返す! 絶対返す! 帰りにうち寄って! すぐ返すから!」
「わかった、わかった」
「フウタ大明神様ぁ……!」
「店内で拝むな!」
ボクは服を受け取り、レジへ向かった。
会計を担当してくれたのは、年配の女性店員だった。
服を袋に詰めながら、にこにことボクの顔を見る。
「かわいい彼女さんねえ」
思わず、財布を落としかけた。
「い、いや!そんなんじゃ……」
ボクは逃げるようにレジを離れた。
タンポポが駆け寄ってくる。
そして、ボクの顔をじっと見た。
「顔、赤くない?風邪?」
*
店を出たボクたちは並んで歩く。
タンポポは買ったばかりの服が入った袋を嬉しそうに抱きしめていた。
突然雨が降り出した。
「服が濡れちゃう!」
走り出したタンポポをボクは追う。
タンポポの家までそれほど時間はかからなかった。
「ねぇウチによってってよ。雨もすぐ止むだろうし。お金も返さなきゃだし」
「そうするか……」
*
「ただいまー!」
タンポポの家に着いたころには、二人ともすっかり濡れていた。
「お邪魔します」
「お母さん買い物行ってるから、だれもいないよ」
タンポポはそう言いながら、タオルをボクに投げてよこした。
「ごめん、アタシ、シャワー浴びてくるわ。部屋で待ってて」
「わかった」
ボクは階段を上り、彼女の部屋へ入った。
小学生以来だった。あの頃よりも狭く感じる。
部屋の様子は、昔とはずいぶん変わっていた。
本棚には漫画と小説がぎっしり詰まっている。壁にはアニメのポスター。机の上には、乙女ゲームのキャラクターグッズ。
「……相変わらずだな」
思わず笑ってしまう。
いつもの定位置に腰を下ろす。ん?何やら柔らかい布の感触。
目の前で広げると、淡いピンクの下着。
「うっ!ちゃんとしまっとけよ!」
あわてて視界に入らない場所に遠ざけた。
「おまたせー!」
タンポポが戻ってきた。
ラフなTシャツに、短めの部屋着。髪はまだ少し湿っていて、いつものくせ毛がさらにもさもさになっていた。
手にはアイスを持っている。
「くぅぅーっ! やっぱ風呂上がりのゴリゴリくんは最高だわー!」
タンポポはアイスをかじった。がりっ、という景気のいい音がする。
「フウタも食うか?」
「いや、いいよ」
「一口だけだぞ!」
「だからいらないって」
「遠慮するなって!」
無理やりアイスを差し出してくる。
その拍子に、ふわりとシャンプーの香りがした。
「…………」
ボクは、一瞬動けなくなった。
大きめのTシャツの襟から、白い肩が少しだけ覗いていた。
ボクは慌てて視線を逸らした。
「おやおや~?フウタくん?」
「もしかして、アタシのことエロい目で見てんじゃないでしょうねぇ?」
「違う!!!!」
「……えっ!?びっくりした!冗談じゃん……なに怒ってんの?」
「いや、別に……」
「そうだよね、アタシたち兄弟みたいなもんだしね!」
「……兄弟?」
「フウタが弟で、アタシがお姉ちゃん!」
「いや、逆だろ!そもそもさ……」
「ん?」
「……なんでもない」
「何それ?」
*
「ねえ、フウタ!久しぶりにゲームしない?」
「ゲーム?」
「ほら、昔よくやったやつ」
タンポポがテレビ台の下から、古いゲーム機を取り出した。
「まだ持ってたのかよ!」
「当然! アタシの青春の一ページだからな!」
電源を入れると、懐かしい起動音が鳴った。
画面には、昔二人で夢中になった冒険ゲームのタイトル。
タンポポがコントローラーを渡してくる。
「さあ、勝負だ!」
「おまえ、また負けるぞ」
「ふっふっふ。あれからアタシがどれだけ鍛錬を積んだと思っている!」
「五年前も同じこと言ってたよな」
「うるさい! 早く始めろ!」
ボクたちはゲームを始めた。
くだらないことで言い合いになり……
ちょっとしたミスで大笑いし……
負けたタンポポが悔しがって、もう一回と騒ぎ出す。
何も変わってない……
ふと、タンポポが静かになった。
「フウタ……ありがとね……」
「なんだよ気持ち悪い……」
「日曜、楽しみにしてるね!」
ダイチからの相談が頭をよぎる。
――――――
日曜日。
待ち合わせ場所の駅前広場に着くと、すでにタンポポがいた。
「フウタ!」
振り返ったタンポポを見て、ボクは足を止めた。
一緒に買った服。髪には、黄色い花の形をしたヘアピン。
ボクは少し照れくさくなって、視線を逸らした。
「……あ!」
ボクの後ろを見てタンポポの表情が変わった。
「おはよう、二人とも!」
ダイチだった。
「ごめん、待たせた?」
「いや、今来たところ」
「そっか。よかった」
ダイチはタンポポに笑いかける。
「タンポポさん、今日も、かわいいね」
ほらな。やっぱりダイチは服装なんて気にしてない……いつもどおり……
……気にしてたのはボクのほう?
タンポポは恥ずかしそうにモジモジしている。
*
電車に乗ると、車内は思ったより混んでいた。休日だけあって、買い物客が多いらしい。
空いている席は、一つだけ。
「タンポポさん、座りなよ」
ダイチが自然な動作で席を示した。
「……あ、う、うん……」
タンポポはおずおずと腰を下ろした。
ダイチは笑いながら、つり革をつかむ。
……こいつ、こんなことできるやつだったっけ?
次の駅で、何人かの乗客が降りた。タンポポの両隣が空く。
ボクがタンポポの左隣に座ると、ダイチはタンポポの右隣に腰を下ろした。
「…………」
タンポポの肩がボクの腕に触れる。
反対側では、ダイチとも……
タンポポの速い呼吸が肩越しに伝わってくる。
ボクは窓の外を見た。
見慣れた住宅街が、ゆっくりと流れていく。
一駅が、やけに長い。
*
イオウタウンに着いてから、タンポポはずっと浮かれていた。
「ふむ。ここが三次元のデートスポットか」
「ただのショッピングモールだろ」
「愚か者。誰と来たかが重要なのだよ」
小声でそう言うと、タンポポはダイチの背中を見つめた。
「オレ、ちょっと買いたいものがあるんだ」
ダイチに連れられて入ったのは、アクセサリーショップだった。
おしゃれに無頓着なあいつがアクセサリー?
「タンポポさん。女の子って、こういうのもらったら嬉しいかな?」
ダイチが手に取ったのは、花飾りのついた髪留め。
「ぷ、プレゼント……?」
「うん。あんまり高くなくて、普段使えるものがいいんだけど」
タンポポがボクを見る。
目だけで大騒ぎしていた。
ボクは……あわてて目をそらした。
「お、贈る相手は……どんな方なのだ?」
「落ち着いた感じの子。派手なのはあんまり似合わないかな」
「な、なら、こっちのほうが……」
タンポポが選んだのは、シンプルな銀色の髪留めだった。
「毎日使えるほうが、嬉しいと思う……」
「そっか。ありがとう、タンポポさん!」
ダイチはそれを買い、嬉しそうに紙袋を受け取った。
タンポポも、嬉しそうだった。
「……悪い。ちょっとトイレ」
ボクは二人から離れた。タンポポの笑顔に耐えきれなかった。
*
洗面台の鏡に、情けない顔が映っている。
今ならまだ言える。ダイチの好きな相手は別の子だって。
でも、それなら最初から言うべきだった。
喜ぶタンポポを見て、黙っていたのはボクだ。
それでも……やっぱり言おう。
二人のところへ戻ると、楽しそうに話をしている。
何を話しているのだろう?
ふと、タンポポが立ち上がった。
「……アタシ、ちょっとトイレ」
タンポポが足早に去っていく。
すれ違いざま、目元が光った。
「ダイチ。何を話してた?」
「え? あ、ほら、前に相談したコヒナタさんのこと」
「やっぱ、タンポポさん、話しやすいよね。つい恋愛相談までしちゃったよ。おかげで、良さそうなプレゼントも買えたし……」
「……おまえ、なんてことしてくれたんだよ!」
あわててタンポポを追いかける。
すれ違いざまのタンポポのあんな表情、初めて見た。
当たり前だと思っていたタンポポの笑顔。失ってはじめて気づいた。
こんなはずじゃなかった。
ホントに、なんてことをしてしまったんだよ、ボクは。ちくしょう!
*
やっとのことでみつけた。
ひとけのないベンチ。小さな体がいつもよりも小さく見えた。
そっと隣に座る。
「……アタシ、バカみたい……一人で浮かれちゃって……」
「あんたも知ってたんでしょ?」
「……ごめん……」
「ひどいよ!アタシが一人で浮かれているのを笑ってたんでしょ!」
「……ごめん……」
「……いいよ。アタシのほうこそごめん。アタシが悲しむと思って黙っててくれてたんでしょ?昔からそうだよ、フウタは」
「……ごめん……」
「……」
「……ねぇ、フウタ」
「なんだ?」
「すまねぇ……今日だけ、胸を貸してくれ……」
いつものふざけた口調……声が震えていた。
ボクは恐る恐る、その頭を抱き寄せた。
「オッケー。好きなだけ泣きな」
「う……うわあああん!」
タンポポが胸にしがみつく。
「こんなに辛いなら、ダイチくんのこと、好きにならなければよかった!」
「……そんなこと言うなよ」
「うまく言えないけど……タンポポの想いを否定しないでくれ」
「うわあああん!」
こんなタンポポを初めて見た。
泣き声が胸に響く。
「ひっく、ひっく……ごめん。シャツ、濡らしちゃった」
「気にすんな。……うわっ、すげぇ鼻水!」
「ぐすん、失敬な! 聖水と呼びたまえ!」
タンポポが、ぐしゃぐしゃの泣き顔のまま少しだけ笑った。
それから、もう一度ボクにもたれかかる。
「……もうちょっと泣く」
「いいよ」
ボクは、もさもさのくせ毛にそっと手を置いた。
この時間がずっと続けばいいのにと、思ったボクは最低の男だった……
――――――
週が明けた。昼休みの屋上。
呼び出したタンポポは、いつもより小さく片手を上げた。
「やあ」
「……やあ。大丈夫、なのか?」
「え?あ、うん……大丈夫!」
「昨日は二次元の推しに五時間ほど慰めてもらったからな!」
そうやって無理やりな笑顔を見せつけ、紙袋を差し出す。
「それより、ほら。約束の報酬だ」
『魔法幼女まじかデマカ』初回限定版ディスク。
袋を覗くとパッケージの魔法少女たちが寂しげな笑顔で笑いあっていた。
「ありがとう。一週間くらいで返すよ」
「え? あげる約束だぞ?」
「大事にしてたやつだろ?貰えないよ」
タンポポは少し黙って、それから笑った。
「……相変わらず、いいやつだよね……」
「……うふふ……」
「でも安心して。アタシがあんたを好きになることは絶対にないから!」
よかった。いつものセリフだ。
「安心したよ」
あの日と同じ風が屋上を駆け抜けた。




