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銀鱗の秋とライチの香り

第六章:銀鱗の秋とライチの香り


店内に漂うのは、どこか懐かしく、そして食欲を激しく揺さぶる脂の焼ける匂い。今夜の赤兎馬は、秋の訪れを告げる銀色の使者、秋刀魚が主役だ。


「今夜は、これ以上ないほどに秋を詰め込んだぞ」


武がカウンターに置いたのは、芋焼酎『だいやめ』。ボトルの蓋を開けた瞬間、驚くほど鮮烈なライチの香りが立ち上り、店内の空気感を一変させた。


最初の一皿は、『秋刀魚の刺身』。

青く輝く皮目を残した身の横には、小さな小鉢に溶かれた濃い茶色の液体――秋刀魚の肝を丁寧に醤油に溶かした、特製の「肝醤油」が添えられている。


「まずは肝をたっぷり絡めて食ってみてくれ」


客が一切れ、身をくぐらせて口へ運ぶ。とろけるような脂の甘みと、肝の持つ心地よい苦味。そこに『だいやめ』のソーダ割りを含めば、ライチのフルーティーな香りが肝のクセを優しく包み込み、後味を驚くほど清涼に仕立て上げる。


次に供されたのは、『秋刀魚のなめろう』だ。

鮮度の良い秋刀魚の身を、味噌、生姜、ネギと共に、包丁の重みで叩き上げた一品。武のそれは、隠し味に自家製の青唐辛子が効かせてある。


「なめろうを少し口に含んでから、この酒を流し込む。それが一番の贅沢だ」


叩かれたことで粘りが出た身から、噛むたびに旨味が弾ける。酒の香りと相まって、無限に繰り返したくなるような幸福な連鎖。


そして、今夜の締め括りは、やはりこれ。

『秋刀魚の塩焼き』。


「漁師仲間に頼んで、一番脂の乗ったところを分けてもらった。ワタまで全部食える。それが秋刀魚への礼儀だ」


皮はパリッと、身はふっくらと。立ち上る湯気と共に、箸を入れると溢れ出す透明な脂。苦味のあるワタを、あえてそのまま頬張る。その苦さこそが、酒飲みに与えられた最高の肴だった。


「だいやめ(晩酌)」という名の通り、一日の終わりにふさわしい、穏やかでいて贅沢な時間。


「秋も深まれば、また違う顔を見せてくれる。旬を追うのは、つくづく飽きないもんだ」


武は、七輪の火を静かに見つめながら、満足げにだいやめのグラスを傾けた。

一組だけの客は、皿に残った秋刀魚の骨を眺めながら、去りゆく季節の味をいつまでも惜しんでいた。

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