第4章:悪意の雨
第4章では、悪意によって男の体が決定的に蝕まれていく様子を描きました。
少年の「咆哮」がもたらした小銭の山は、二人の命を繋いだが、同時に地獄の蓋を開けてしまった。
「……おい。いい身分だな、あぁ?」
路地裏の奥。男が少年に買ってきたばかりの温かいスープを飲ませようとした時、影が落ちた。そこにいたのは、酒の臭いをプンプンとさせた若者の集団と、眼を血走らせた他のホームレスたちだった。
自分たちが一生懸命頭を下げても得られない額の金を、その「化け物」のような子供が、たった数分叫んだだけで手に入れた。その事実が、彼らの歪んだ正義感を爆発させた。
「見世物小屋の出来損ないが、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
若者の一人が、笑いながら空き缶を蹴り飛ばした。それは少年の頭を掠め、壁に当たって鋭い音を立てた。
「やめてくれ……! この子は、ただ……!」
男がたった一本の腕で少年を覆い隠す。だが、それが火に油を注いだ。
「どけよ、汚ねえ足がうつるだろうが!」
激しい蹴りが、男の脇腹にめり込んだ。男は呻き声を上げながらも、決して少年を離さない。
雨のように石が降り注ぎ、空き瓶がコンクリートで砕け、その破片が男の背中や足を容赦なく切り刻んだ。
少年は、男の胸の中でそのすべてを聞いていた。
鈍い打撃音。男の肺から漏れる、苦悶の混じった喘ぎ。そして、自分を庇うために強張った男の筋肉が、悲鳴を上げている振動。
「……あ、あ、ああああ!!」
少年が喉を震わせようとした。だが、男は咄嗟に少年の口を掌で塞いだ。
「……だめだ……歌うな……。お前が……壊れちまう……」
男の声は震えていた。男は、歌うたびに少年の命が削られることを、本能で悟っていた。自分の体なんてどうなってもいい。この子の声を、金のために、憎しみのためにこれ以上使わせたくない。
暴力の嵐が去った後、路地裏には静寂と、生臭い血の匂いだけが残った。
男の傷は深かった。
病院に行く金などない。不衛生な雨水と泥にまみれた傷口は、数日もしないうちに熱を持ち、赤黒く腫れ上がった。
「……はあ、はあ、……大丈夫だ。……かすり傷だ、よ……」
男は笑おうとしたが、少年の耳には、男の体内で毒が回っていく不吉な音が聞こえていた。傷口の奥で、細胞が死に、腐敗が始まる湿った音。
男の足から、かつての「腐ったパン」と同じ、鼻を突くような死の臭いが漂い始める。
社会から見捨てられた二人は、さらに深い暗闇へと追い詰められていく。
世界は、彼らが手に入れたわずかな光さえも、力ずくで奪い取ろうとしていた。
第5章は「静寂の癒やし」です。
大寒波が迫る中、瀕死の男を救うため、少年が初めて「自分のため」ではなく「誰かのため」に、唇を震わせる章です。




