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第6話 禁書使いカイン

廃屋で迎えた三日目の朝。

リュミエルは、相変わらず眠ったままだった。


「……夢、長すぎだろ」


 タイシは、ため息混じりに呟く。

 魔力を探っても反応はない。呼吸は安定している。ただ――起きる気配がない。


 町に戻れない。

 治療も頼めない。

 残された選択肢は、ほとんどなかった。


「禁書使い……」


 噂話を思い出す。

 町の外れ、いや、町の外の外に住む存在。

 正規の魔法体系を無視し、夢・呪い・精神干渉を扱う異端。


「まともじゃない、って話だったな」


 だが今の自分に、まともな道は残っていない。



 荒れ地を越え、岩場を抜けた先。

 小さな祠のような建物の前で、タイシは足を止めた。


 ――生臭い。


 潮の匂い。

 川は近くにないはずなのに。


「……ここか?」


 戸を叩こうとした瞬間、内側から声がした。


「勝手に開けていいお。ノックは意味ないお」


「え?」


 言われるまま戸を開ける。


 次の瞬間――

 タイシの思考が、完全に停止した。


「……マグロ?」


 そこにいたのは、顔が完全にマグロの男だった。

 人型の体。ローブ姿。

 だが首から上は、どう見ても新鮮そうなマグロ。


「失礼だお。ボクは魚人族、カインだお」


 マグロが喋った。

 しかも、語尾が「だお」。


「……禁書使い?」


「そだお。禁じられた本しか読まない、健康に悪い職業だお」


 タイシは、無言でリュミエルを背負い直した。

 逃げるかどうか、真剣に悩む。


「帰らないでほしいお」


 カインは、じっとこちらを見た。


「その子、夢に囚われてるお。

 しかも相手は……最強の悪魔クラスだお」


「……分かるのか?」


「匂いで分かるお。

 夢と後悔は、似た匂いがするお」


 マグロのくせに、やけに核心を突く。


「助けられるのか?」


 カインは少し黙り、それから答えた。


「正確には、起こす方法を教えられるだお。

 でも、代償はあるお」


「代償……」


「夢に入る側が、削られるお」


 タイシの胸が、きしんだ。


「言葉、感情、記憶。

 どれか、あるいは複数だお」


「……それでも」


 即答だった。


「やる」


 カインは、目を細めた。

 ――マグロなのに、ちゃんと表情がある。


「即答は嫌いじゃないお」


 彼は棚から一冊の本を引き抜いた。

 表紙には、読めない文字。


「これは禁書《逆夢写本》だお」


「ぎゃくむ……?」


「夢の中に入るための本だお。

 ただし、読者は自分の弱さから逃げられないお」


 カインは、タイシをまっすぐ見た。


「シニガミは、君に興味を持ってるお。

 次は、もっと深く来るお」


「……ああ」


 分かっている。

 負けたままでは、終わらない。


「教えてくれ。全部」


 カインは、満足そうに頷いた。


「じゃあ、弟子入りみたいなもんだお」


「弟子?」


「一時的に、だお。

 君は禁書を読む資格があるお」


「理由は?」


「逃げ癖があるのに、戻ってくるからだお」


 その言葉に、タイシは苦笑した。


「褒めてるのか、それ」


「最高級の評価だお」


 カインは本を差し出す。


「覚悟して読むといいお。

 夢の中では、語尾に“だお”は付かないから安心してほしいお」


「そこ、心配してねえよ」


 リュミエルの寝顔を見下ろし、タイシは本を受け取った。


「……必ず、連れ戻す」


 銀の森の気配が、遠くで脈打つ。


 禁書使いと追放者。

 眠り姫を巡る戦いは、新しい段階へ踏み込んだ。

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