表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5話 眠り姫を連れて

銀の森は、もう語りかけてこなかった。

ざわめきも、囁きもない。ただ、重い沈黙だけが続いている。


「……行こう」


 タイシは、眠ったままのリュミエルを背負った。

 彼女は驚くほど軽い。まるで、最初から“夢の側”の存在だったみたいに。


 一歩進むたび、足元の銀が鈍く軋む。

 森が、彼らを拒んでいるのが分かった。


 ――もう、用はない。


 言葉にならない圧が、背中を押す。

 それは命令ではなく、追放だった。


「……分かってる」


 タイシは低く呟く。


「でも、置いていかない」


 返事はない。

 森は、沈黙を貫いた。


 出口に近づくにつれ、景色が歪む。

 道だったはずの場所が行き止まりに変わり、記憶のない風景が割り込んでくる。


 ――夢は、ここに置いていけ。


 頭の奥で、シニガミの声が響いた。


「黙れ……」


 歯を食いしばる。

 リュミエルの手が、かすかに温かい。それだけが、現実だった。


 最後の一歩を踏み出した瞬間――

 視界が白く弾けた。



 冷たい石の感触で、タイシは現実に引き戻された。


「……外?」


 見上げると、見慣れた曇り空。

 銀の森の入口が、数歩先にある。


 そして――人だかり。


「出てきたぞ!」


「おい、あいつだろ、噂の……」


 ざわつく声。

 町の冒険者たちと、衛兵たちがこちらを見ていた。


「……その子は?」


 衛兵の一人が、警戒した声で問う。


「眠ってるだけだ」


「森の“呪い”か?」


「違う!」


 思わず声を荒げ、タイシは言葉を詰まらせた。


「……違う」


 繰り返す。今度は、静かに。


「俺が、負けた」


 空気が、凍った。


「負けたって……シニガミに?」


「ああ」


 誰かが舌打ちし、別の誰かが目を逸らす。


「だから言ったんだ」


「森に関わるなって」


 衛兵長が一歩前に出る。


「その娘を町に入れるわけにはいかない。

 銀の森の影響を受けた可能性がある」


「……そんな」


「決まりだ」


 淡々とした宣告。


「お前もだ、タイシ・クレスト。

 森の深部に干渉した以上、しばらく町への立ち入りは禁止する」


「追放、か」


 思ったより、言葉は軽く出た。


 怒りよりも、虚しさが勝っていた。


「せめて、この子を診てくれる人を……」


「無理だ」


 衛兵長は首を振る。


「夢から覚めない者は、治せない」


 タイシは、唇を噛んだ。


「……分かった」


 背中のリュミエルを、抱え直す。


「俺が、なんとかする」


 誰も、止めなかった。



 町外れの廃屋に、タイシは身を落ち着けた。

 埃っぽい部屋。割れた窓。

 それでも、雨風は凌げる。


 リュミエルを寝かせ、隣に座る。


「……なあ」


 独り言のように、話しかける。


「俺、負けたよ」


 返事はない。


「でもさ……」


 彼女の手を、そっと握る。


「言葉を、全部奪われたわけじゃない」


 胸の奥に、かすかな痛みが走る。

 それは、魔力とは違う――代償の前触れ。


「お前が戻るまで、

 俺は逃げない」


 誓いは、誰にも届かない。

 それでも、タイシは言い切った。


 廃屋の外で、銀の森が低く唸る。


 ――契約は、まだ続いている。


 眠り姫を連れた追放者の夜が、

 静かに、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ