幸福な王子は今日もきらきらしている
エリオットは王子だ。だけど、十番目の王子には王位継承権なんてあってないようなもの。彼が父親である国王陛下と会えるのは年に一回。国王の誕生パーティーで顔合わせの挨拶だけ。上の兄達からは王位を争う政敵とも見られておらず、たぶん顔すら覚えられていない。
それでもエリオットは幸せだった。人格に優れ、容姿に恵まれ、才能にも恵まれた。彼は神から愛されているかのようだった。いつもキラキラと輝いていた。それに、王族として貧しい想いだけはさせまいと、父王からお金だけはたくさんもらっていた。
「ただいま、ドナ」
「……はぁ、またですかエリオット様」
メイドのドナは顔を押さえながら帰ってきた主を見て溜め息を吐いた。
エリオットが頬を赤く染めてくるのは何度目だろう。
氷を包んだタオルを顔に当ててあげる。
頬を染めて――というのは恋に落ちたとかそういう表現じゃなくて、いつものように女性からぶたれたせいだ。顔に赤い紅葉が貼りついている。
エリオットは誰からも愛される優しい王子だけど、最近になって女性関係のトラブルがやたらと増えていた。原因は、エリオットが女性と付き合ってはすぐに婚約を破棄してくるからだ。まさに女の敵。幼い頃から仕えているドナも女である。下半身のだらしない主に、そろそろ我慢の限界だった。
「まったくもおっ、どうせ振るなら婚約なんてしないでくださいっ」
「でもこれは必要な儀式だから」
エリオットはキリッと引き締めた表情で意味不明な言葉を返してくる。
真実の愛を探しているとか、運命の出会いを待っているとか、なんかそういう感じの浅い話だろうか。ドナがさらに問い詰めるとエリオットは首を振った。
「そもそも最初から彼女たちと結婚するつもりなんてないし」
「とんでもないこと言い出しましたよ、この王子」
「でも、みんな最後にはわかってくれたよ?」
「どんな手管ですかソレ。女慣れしすぎてて怖いんですけど」
いよいよドナが王子の去勢を考えはじめると、エリオットは慌てて弁明しだした。
これまでエリオットが付き合った女性は、みな子爵家や男爵家といった階級の低い貴族の娘たちだった。それも辺境に領地を持つ特に貧しい貴族だ。ついでに、彼女たちとは婚約をしていたけれど、肌を重ねるほど親しくはなっていなかった。
「はい? 一度も抱いてないって、その程度の仲でなんで婚約しちゃうんですか」
「慰謝料を払うためだよ。高貴なる者の務めってやつ」
エリオットは、領地経営が限界を迎えているほど貧しいながらも懸命に頑張っている貴族に、慰謝料という形で施しを与えていた。
貴族には面子というものがある。一部の貴族を優遇するかのように、王族が勝手にお金を与えるわけにもいかない。かと言って、彼は十番目の王子だ。政治に口を出す権利なんて持っていなかった。王位を争う兄達の目につかないように、遊び人を装いながらできる方法がこれだけだったのだ。
確かに、最近のエリオットは恰好がみすぼらしくなっていた。普段身に着けている宝石も減っていた。他の王子のパーティーにも呼ばれないし、政治工作もしないからお金だけは有り余っていたのに、流石のエリオットからもキラキラが失われていた。
「これでみんな幸せだよね?」
「いいえ、エリオット様、あなたは女性の尊厳を傷つけています。最近、真面目に評判悪いです」
「え、でもお金があればみんな幸せでしょ。僕が幸せな生活を送れているのは、父上がたくさんお金をくれるからだし、お金は何より大切、お金は愛の証だよ」
「何が幸せで何を望むかを決めるのは相手の女性です!エリオット様じゃありません!」
ドナは頭を抱えた。
「陛下、陛下の教育は間違っています。おかげで王子は愛を知らない子に育ってしまいました」
よよよ、とハンカチで涙を拭うふりをするドナ。
「そうか、お金は幸せや愛と必ず結びつくものじゃないのか……」
「わかってくれましたか!」
「じゃあ、ドナのお給料を上げようと思ってたのも無駄なんだね。中止にしよう」
「もらえるものはもらうに決まってるでしょ、バカなんですか」
女心はむずかしいな、とエリオットは顎に手を当てた。
しかしそもそも労働の対価と女心は関係ない。
「ねぇドナ、ドナの言う愛とはなんだい? 人を愛するとはどういうことなのかな」
「ん~? 一番大切な人に幸せになってもらいたいと思う気持ちですかね」
「つまり、僕が一番幸せになってもらいたいと思っている人が、僕の愛している人ってことか。……ねえドナ、僕は君を愛しているみたいだ。結婚してくれる?」
突然、ポケットから取り出されたエンゲージリングにドナは目を丸くした。
しかし、愛を理解していない王子がドナのために用意したものではない。
元々、施しを与えるための小道具として買っていたものだろう。
ドナにも女のプライドがある。
こんなものをこんな形で受け取るわけにはない。
「お断りします」
「どうしたら指輪を受け取ってくれる?」
「とりあえず、それとは違うものを用意してください。あと、エリオット様は他人を思い遣れる人です。ですが、誰を本気で想っているのか私には確信が持てません。ですから、エリオット様がこの国のみんなを幸せにして、その上で尚、私を一番に想ってくださるのなら、その時は喜んで受けさせていただきます」
「言ったね、約束だよ」
エリオットの瞳は初めて宝物を見つけた子供のように輝いていた。
この後、エリオットはすごく頑張って王様になった。
彼の隣の椅子には、元メイドの女性がいつも幸せそうに座っていた。
おしまい




