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TS剣神の徒然奇譚  作者:
序幕『人斬りの唄』

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幕間 そよ風の思い出


 丘の上の教会の庭の花壇には、孤児院で暮らす子供たちが育てている花々が咲いている。


 花壇の近くには大きな木が生えていて、その木陰には、シスターコナがぎっくり腰になりながらも作り上げたベンチが設置されていて、一人で落ち着きたい子供が時折、利用している憩いの場所だ。


「今日の風は穏やかだ」


 さて、そんなベンチに今日も一人、落ち着きを求める子供が座っていた。


「こういう日もいいもんだな」


 穏やかに吹く風に白い髪を翻す彼女は、七歳になったばかりのパルフェットだ。


 パルフェットはベンチのある丘から森を見下ろし、高く青い空を仰ぎ見て、温和な時間を楽しんでいる。


 というのも、彼女は転生者であり、その前世である人斬りの記憶を持ってこの世界に生まれた少女である。その記憶は六十余年にもわたる血の記録であり、生涯に渡って万に近い人間を斬った剣鬼であった。


 殺し続けなければ、死んでいた。

 そんな世界を生きていた記憶があるからこそ、今の彼女は穏やかな時間を気に入っていた。


 自分に任せられていた掃除も終わり、何もすることがないこの時間。木漏れ日の暖かな光を感じながら、そよ風に揺れる花壇の花々を見つめるだけの、この時間が彼女のお気に入りなのだ。


「花……花か。そういえば、名前を気にしたことはなかったな」


 かつて彼女が人斬りであった頃、花を愛でるなんてことをする余裕なんてなかった。花の赤よりも血の赤の方が、見る機会は多かったぐらいだ。


 今はその鮮やかさに魅せられて、見ているだけで心穏やかに過ごすことができた。


 そんな風に寛いでいれば、ひょこんとベンチの後ろから顔を出して、パルフェットに話しかけてきた子供が一人。


「なにしてんのパルフェット」

「おう、ベティじゃねぇか。花見中だ。そっちはナオンとドーランドの奴らはどうした?」


 話しかけてきたのは、孤児院の子供のベティだった。

 パルフェットの一つ上で、同い年のナオン、ドーランドの二人といつもつるんで遊んでいる、くるくるとした栗色の髪の毛が特徴的な女の子。


 しかし、いつもと違ってベティは一人で居る。ナオンとドーランドはどうしたのだろうか?


「前の悪戯の罰でトイレ掃除中~。私は見てただけだからお咎めなしなのだ」

「きひっ、そりゃ上手くやったなベティ」


 一人上手く罪を逃れたらしいベティに、愉快げな顔でパルフェットは笑った。

 そんな笑い方を見て、ベティが一言。


「変な笑い方」

「んあー、そうか?」

「というか、昔から変な喋り方してる。男の子みたいだにゃぁ」

「おいおい俺は女の子だぜ、そこを間違えてもらっちゃ困るな」


 にやにやと笑いながら、胸を張って女の子と言い張るパルフェットだけれど、前世は男である。いや、例え前世が男であろうと、今となっては女の子。ただ男だった前世の記憶があるだけであり、精神が引き継がれているかどうかについては、未だわからないことの方が多い。


 ただひとつ確実なのは、魂の持つ記憶に引っ張られていたからか、喋るようになってからずっと、パルフェットはこの口調だったということか。


「まあいいや。それより~……花見?」

「そりゃ花壇で花見てりゃ花見だろう」


 そんなパルフェットの返答を聞いて、ベティは不思議そうに小首を傾げる。


「暇じゃないの?」

「この暇さがいいんじゃないか」


 まあ、遊び盛りなベティにとって、同じところでじっとしているだなんて信じられないのだろう。もしもベティが同じように花見なんてしようものなら、暇で暇でしょうがなくなり、見ていた花を千切って玩具にしてしまいそうだ。


「私もやる~」


 しかし、ベティは興味に生きる女の子。一つ下の妹が、楽しそうにぼんやりとしているのなら、それはきっと楽しいことなのだろうと自分も参加してみるのだ。


「暇だぁにゃぁ」

「雲でも見てると楽しいぞ」

「それ花見じゃない~」


 ただし、ベティは活発な女の子。やはりじっとしているのは性に合わず、居ても立っても居られない。ついには花壇の花をむしり取ってしまう。


 その始終を見ていたパルフェットは、特に止めることもせずに訊ねたけれど。


「いいのか?」

「バレなきゃへーきへーき」


 そう言って、摘んできた花をベンチにもってきて、膝の上に広げたハンカチの上に置いた彼女は、鼻歌交じりに花冠を作り始めた。

 

 「俺は知らないぞ」と言って、パルフェットは空を見上げて暇をつぶした。


 穏やかに流れる風に吹かれて、空を漂う雲もわずかにどこかへ移動している。パルフェットが、彼らの向かう先を夢想して、自分たちを見下ろす雲たちの壮大な旅路に思いを馳せていれば――


「できたー!」


 とまあ、出来上がった花冠を両手で掲げたベティが、達成感と喜びに満ち溢れた声をあげた。

 彼女が作った花冠は見事なもので、色彩鮮やかな花がバランスよく配色された、とても魅力あふれる仕上がりだ。


「これあげる~」

「む?」


 そしてベティは、出来上がった花冠をポンとパルフェットの頭に置いた。


「似合ってるぅ」

「ふむ、そうか」


 パチパチと手を鳴らすベティ。対してパルフェットは、自分の頭の上に乗せられたものを見て、少し不思議そうな顔をしている。


 ただ、しばらくしてから、自分が今は可愛らしい女の子であることを思い出す。

 とすれば、このような花草もそれ相応に似合うのだろうとも。


「ふふん、悪くはないな」


 そしてパルフェットは、得意げな顔をした。

 前世の彼女であれば、花草など食べれるか否か以上の興味など示さなかったけれど――今は悪くないと思う。


 連続した記憶は、ただの記憶。

 自分が人斬りであった自覚はある。けれども同時に、彼女には自分がパルフェットであるという認識も真実だ。


 果たして自分はどちらなのだろうかと、疑問に思わずにはいられないけれど――


(俺は俺だ。この世界に生まれたのなら、この世界で生きる。それだけだ)


 人斬りとしての自分は死んだ。そして生まれ変わったのならば、このパルフェットとしての人生を歩くだけだと、彼は思った。


「じゃじゃ~ん、私の分もかんせーい。見て見て~」


 見れば、ベティも花冠を付けていた。

 色とりどりの花々が、ベティの栗色の髪を可愛らしく飾っている。


「ベティも中々にあってるじゃねぇか」

「でしょでしょ? こうなったら孤児院の女の子全員分の花冠を作ろう!」

「おお、いいじゃねぇか。どうせなら俺にもやらせろよ。ちょっと気になってきた」

「いいねいいねそうこなくっちゃ」


 花冠を付けた二人は、そんな野望を掲げてみるけれど――と、そんな二人の背後に影が。


「それで、全員分となるとどれだけの花を抜き取るつもりだい?」

「そりゃもういっぱ――あ」


 気づいた時にはすでに遅し。

 二人が振り返ってみれば、そこにはにこやかに笑うシスターコナがいた。

 いや、笑っているけれど笑ってない。目とか声色とか額に浮いた血管とか。とにかくパルフェットたちの目には、シスターコナが起こっていることは明白だった。


 説教が始まるまであと一秒。


「いつも言っているだろう花壇の花は抜くんじゃないと! みんなの物でも勝手にとったら泥棒になっちまうよ!!」

「ひぃ~!! ごめんなさいシスターコナ!」

「……あ、この流れもしかして――」

「罰として二人とも、一週間トイレ掃除だよ!」


 そうして無事、二人には罰が課せられるのだった。


「ひぃーん……なんでこうなるのぉ」

「まあ、当然の帰結だな。大人しく仕事をして、さっさと終わらせよう」

「そうだけどにゃぁ……」


 花冠のおかげか、或いは一緒に罰を受けたおかげか、より一段とベティと仲良くなった気がしたパルフェットであった。


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