第40話 それは突然の出来事で
「何があったのかを、お話ししましょう――」
エルダのそんな言葉から、話は始まった。
「魔王の侵略は迅速でした。今日からおよそ一カ月ほど前、彼らは降りしきる雨の霧の中から現れました」
「雨……レイの力か」
「おそらくは」
魔王軍十三冠位が第四冠のレイ。雨を降らせ、その雨に打たれた人間を動けなくする力を持っている。コルトの師匠でもあった人物だ。
「多くの兵士が雨の力により身動きが取れなくなったところで、閉ざされた王都大門が一撃で両断されました」
「あの大きさのものを、一撃で……?」
「おそらくは魔王の力でしょう」
今でも思い出せる、見上げるほど巨大な王都大門。それを魔王は、その身一つで両断してしまったのだと言う。
「雨に触れていない王城内の兵士や、雨に降られても身を守れる星騎士に連なる親衛隊の皆様は、まだ動けましたが……それも、魔王が王城に立ち入るまでの話です」
沈痛な面持ちで、エルダは語った。
「目抜き通りに倒れる人々を足蹴にして迫る魔王の軍勢は、まるで地獄から蘇ったかのような異形の姿をしており、見ただけで正気を失うモノすら現れる始末です」
魔王が率いる異形たち。
それはパルフェットも、王城や教会で見た。
「並の兵士は次々に異形たちにもてあそばれるように殺されてしまいました。もちろん、星騎士たちも全力で抗いましたが――十三冠位と呼ばれる魔王軍の筆頭戦力を相手になす術もなく、やられてしまいました」
その惨状については、パルフェットはコルトから王城で聞いていた。四人の星騎士が、王城の中で無残な死体となっていた、と。
「そうして王城の中を歩く魔王は、ついにエルディア王――私のお父様の前に姿を現しました。そして魔王は、お父様に言いました。『降るか、死ぬか』と」
「それで、降ったと」
「賢明な判断です。例え後の歴史に愚かと蔑まれようと、その決断によって生き延びた命は多いのですから」
徹底抗戦を続けたことにより、民を含めて多くの被害が出た話を、パルフェットは前世の記憶で知っていた。だからこそ、まだ生きている命を優先して、降伏したのだということが分かった。
「しかし、だとしたらなんで姫様はここに居るんだよ」
「お父様が降伏する直前に、私を連れて逃げるようにと、最後の星騎士――フラムへと命令を下したからです。フラムは星騎士の中でも最も強い戦士で、侵攻の際にもお父様を守る使命を帯びていましたが……最後には、私を逃がすために、その役目を負ってくれました」
「フラムって言うと、あの赤髪の盗賊か」
「はい。逃げ延びた私たちは、盗賊に扮して王都の周辺の森に潜伏していました」
なるほど、だから盗賊か、とパルフェットは納得する。それと同時に、橋を占拠しているにもかかわらず、何かを奪ったり、それこそ誰かを殺したりしていなかったことも辻褄があった。
彼らは盗賊ではなく、言うなれば落ち延びた敗残兵だったのだ。
「だったら一つ疑問があるが、どうして橋なんかを占拠してたんだ? もしや、王都に誰も行かないように塞いでたってわけじゃないよな?」
「そうですね。一応、王都の危険を伝える目的もありましたが、本来の目的は違います」
エルダは焦らすように数拍の間を置いてから、その本来の目的を話した。
「私たちの目的は、魔王を討つ英雄の捜索です」
「英雄?」
あんまりにも予想外な答えに、パルフェットは眉間にしわを寄せた。なにしろ、英雄の出現を待つだなんて、それはとてもじゃないが、正気とは言えない作戦なのだから。
しかし、何か確信があるようにエルダは話した。
「怪訝な顔をされる理由もありますが、信じてください。私には予言を聞く力があり、その力によってヴェール神から神託を賜ったのです」
「それが……英雄なのか?」
「はい」
教会で育ったパルフェットは、そこまで信心深い人間ではない。けれど、神から神託を賜ったという話を真っ向から否定することはできなかった。
何しろ彼女は、異世界から転生した人間だから。
人知を超える現象を経験している以上、予言があっても不思議ではないと、理解の土台ができていたのだ。
「七つの器、七人の英雄。魔王を討つために必要な戦士たち――魔王に奪われた王国を取り戻すために、私は全力を尽くしています」
「あー……話が見えてきたな。つまりだ、その英雄ってのが――」
「あなた方の同行者、コルト様なのです」
この話には、流石のパルフェットも驚いた。
けれど、納得のできるところではある。
コルトは魔王軍と浅からぬ因縁があり、なによりもあの絶望的な逃走劇から生き延びた運命的な何かを持っているのだ。
運命によって守られていると言われても、納得できてしまう。
「今、コルト様は意識がありません。だからこそ、同行者であった貴方たちにお話を伝えに来たのです」
「ほぉ、なるほど。それで、その話を伝えて、俺たちに何を望むんだ、お姫様は」
パルフェットは、エルダの目を見た。
その瞳を見れば、彼女が目指すところが、自分たちと同じ場所であることが一目でわかった。
「魔王討伐に、協力してほしいのです」
「へぇ、奇遇だな。実を言えば俺たちも、魔王をぶった切るために旅をしてたんだ」




