第38話 援軍
突如現れた救いの手を、パルフェットはすぐに掴んだ。
「お、おいこいつ生きてるんだよな!? 生きてるよな!?」
「死んではないはずだ……」
「クソッ、時間が惜しい……お嬢ちゃんたちも、馬にしがみつくことぐらいはできるだろ! 振り落とされるなよ!」
現れた二頭の馬の片方に傷だらけのコルトを乗せ、馬から振り落とされないように、鞍についていたロープでコルトの体を強く縛る。
「ところで、いったい誰なんだお前らは?」
そのついでに、パルフェットは馬の騎手へとそう訊ねる。ただ――
「悪いが質問は後にしてくれ。この雨の中じゃ、俺たちも馬もそう長くは動けねぇんだ」
「……わかった」
レイの力については知っている様子の男たちに急がされて、アネッサを背負ったパルフェットは、もう一匹の馬の上に乗った。
「こっちの女の子は俺に縛り付けておけば落ちないはずだ、それでお前は――」
「これでも馬には乗り慣れてんだ。鞍がなくとも落ちやしねぇよ」
「……こんな状況で、見栄を張るなよ」
雨の影響でぐったりとしたアネッサを騎手に縛り付け、更にその後ろにパルフェットが後ろ向きに座る。かなり窮屈な馬上であるけれど、パルフェットの体が小さくギリギリ三人が乗れていた。
「おし、それじゃあ行くぞ!」
そうして馬は走り出す。
目指すは森。そちらの方へ、逃げ込むように雨の中を駆ける――
「チッ、間に合わなかったか」
しかし、走る馬の上に乗りながら、後方に見える王都大門を見つめていたパルフェットは、自分たちを追いかけて来たその存在に気づいてしまった。それは王都大門の前に姿を現した次の瞬間、強烈な砂煙を上げてその場から居なくなり――数瞬後、馬の進行方向に隕石のように落ちてきた。
「逃がすか!」
それは巨大すぎる長刀を構えたガーゴイルであった。ここから王都大門まで実に数百メートルもの距離があると言うのに、それを一度跳躍しただけで追いついてきたのである。
規格外。そう表現するほかあるまい。
「こ、こいつは……!」
「第二冠の……!!」
怯えた馬が嘶き、男たちが狼狽えた声を上げる。そんな中、馬上から飛び降りたパルフェットが、ガーゴイルへと斬りかかった!
「むぅ!」
「流石に簡単にゃ斬らせてもらえねぇか!」
ガーゴイルがそうしたように、彼女もガーゴイルへと跳躍しながら、その頭上を通り過ぎるように斬撃を放つが――巧みな長刀の操作により、柄でガードされてしまった。
「おい、お嬢ちゃん! 死ぬ気か!」
「時間稼ぎだ! あんたらは早く逃げとけ!」
この状況、十歳の女の子が殿を買って出るなんて前代未聞。男たちもまた、ガーゴイルを前に立つ少女の絶望的なまでの戦力差を見て、悲鳴のような声を上げた。
「見捨てられるわけないだろ!」
それは当然の行動で、男たちもまた馬上から降りてガーゴイルに向き直ってしまった。
「おい、お前らじゃかなわねぇぞ!」
「んなことわかってる!」
「だがな、嬢ちゃん……俺たちにも俺たちの矜持があるんだよ!」
子供を見捨てて逃げることはできない。
それは人間として、当然の矜持と言えるだろう。
剣を取り、弓を構え、身の丈三メートルを超えるガーゴイルの巨体を前に、男たちは戦意を示した。
「フンッ、雑兵の命を折ることはたやすいぞ?」
「知るか!」
男の弓が跳ね、ガーゴイルに向けて矢が跳んだ。しかし、矢がガーゴイルに触れる前に、その手前で何かに弾かれたように地面に落ちてしまった。
「なっ……!」
「我は『堅牢』のガーゴイル。その程度の矢、我に触れることすらかなわんわ!」
同時に、ガーゴイルが長刀を振るった。それは空を泳ぐ空振りであったけれど、生み出した風は嵐のような衝撃を伴い、男たちへと襲い掛かった。
「うわぁああああ!!」
その嵐は地面をめくり、男たちを何メートルも後方へと吹き飛ばす。土や石が入り混じったことにより、それはまるでショットガンのような攻撃となったのだ。
体中に石片が刺さり、肉を抉っている。男たちは辛うじて息はあるものの、戦いを継続できるような状態ではなかった。
雑兵ごときでは、戦いにすらならない。
それが、『堅牢』のガーゴイルと言う男なのだ。
「さて、では問おうか」
男たちにとどめを刺すことはなく、ガーゴイルはパルフェットへと向き直る。
「お前は何者だ?」
そして静かに、龍の頭蓋骨の奥底から、赤く光る瞳でそう訊ねた。
パルフェットは――
「俺は……パルフェット! 魔王を斬る、者だ!」
パルフェットは、いつものように名乗りを上げる。けれどその声に力はない。当然だ、今しがた彼女は意気揚々と王城に乗り込みながらも、魔王討伐を失敗し逃走中。その上、自らの欠点であるスタミナ不足をこれでもかと感じているのだ。
平時であれば間違いなく勝てると断言できる相手であっても、今は違う。たった一合切り結んだだけで、全身の力を使い切ってしまいそうな疲労困憊では、勝てる戦いも勝てるわけがない。
しかし、勝たなければならない。
「そうか、魔王様を斬る、か……ならば見せてみろ、貴様の力を!」
魂が抜けていくような過呼吸の中でも、地面と融合してしまったような重い足取りでも、木剣を握ることすらままならない疲労の中でも、目の前の敵を倒さなければ、明日はない。
「行くぞ!」
ガーゴイルの巨体が、パルフェットへと迫る――
「おいおいとんだ有り様じゃんかっ」
しかしそれは、割って入って来た女の右ストレートによって阻止された。
「やっぱ十三冠位ってのはとんでもないねぇ。どうだい、ここはひとつあたしの相手になってくれないか?」
「……貴様は」
完全に不意を突く形でガーゴイルの右頬に渾身のストレートをぶちかましたその女性は、ひょうひょうとした態度でパルフェットとガーゴイルの間に立った。
すらりとスレンダーな体躯をしながら、見上げるほどに巨大な体を持ち、赤い髪を揺らすその女のことを、パルフェットは知っている。
それは王都に向かう直前で見た姿――
「盗賊か!?」
「はは! いいね、あんた! 蛮勇ってのもあたしは大好きだ!」
じゃらじゃらと腕に鎖を巻き付けた彼女は、あの時、橋を封鎖していた盗賊のかしらだった。
しかし、ガーゴイルが口にした彼女の肩書は、彼女がただの盗賊ではないことを教えてくれる。
ガーゴイルは言った。
「見つけたぞ、《《最後の星騎士》》。王を守るために戦った四人は、全て始末したが……今更何の用だ?」
赤髪の盗賊――フラムこそが、王国最高戦力と呼ばれし星の名を授かった五人の騎士の一人だと、ガーゴイルは言ったのだ。
「さてね、もしかしたらあんたたちをボコしに来ただけかもよ」
「痴れ者が。戦いもせず逃げた愚者が、今更我らに勝てる道理などあるわけがないだろう」
両手を広げ、悠々と構えるフラム。
対してガーゴイルは、どこか軽蔑したような声をフラムへと向けていた。
二人の間に何があったのかを、パルフェットは知らない。けれど、パルフェットは、前世の直感から感じ取った。
この女もまた、大将級であると――
「盗賊……」
「フラムって呼びな」
「わかったぜフラム。俺はちょっと戦えねぇ。お前がもし俺たちの味方だってんなら……ここは任せたぜ」
「いいね、良い感じにクソ生意気なクソガキで愛おしい」
手に巻き付けられた鎖を垂らしながら、フラムは言った。
「あたしが時間を稼いでやるよ。そこにたおれてる二人も、まだ馬を走らせられるぐらいの力は残ってるはずだ」
「恩に着るぜ」
そう言って、パルフェットは倒れる二人の方へと走って行った。近づいてみれば、既に二人の男はふらふらと立ち上がり、近くに愛馬を呼び出していた。
「フラムの姉さんが来たなら……もう俺たちの出番はねぇな」
それは、朦朧とした意識の中で、赤い髪を見た男の言葉だ。
「だったらさっさと逃げるぞ! あれの戦いに巻き込まれないうちにな!」
「いわれなくてもわかってる!」
そうして、パルフェットたち三人と男二人を乗せた二頭の馬が、森の方へと駆けだしていく。けれど、ガーゴイルはそれを見送るばかりで、何をするでもなく立っていた。
それもそうだ。
「んで、戦ってくれるんだよね?」
「そうだな。ここで貴様を殺すことができれば、この国を守る騎士は居なくなる」
同格の敵手を相手に、背中を見せることなどできはしないのだから。
そうして怪物二人の戦いは始まった。
その結果は、後に謳われる王都外郭にできた直径で二百メートルはあろうかというクレーターが、教えてくれることだろう――




