第36話 仲間
屋内に雨が降り出すという明らかな魔法が発動する中、コルトの背中側――つまり突破すべき玄関にて繰り広げられているパルフェットとガーゴイルの戦いは、膠着状態に陥っていた。
「ふむ」
木剣を構えるパルフェット。けれど彼女から動くことはない。今すぐにでもガーゴイルを突破したいのは事実だけれど――それを実行に移さないのには理由がある。
(体力が怪しいな)
パルフェットにはスタミナ切れのリミットがある。
具体的に言えば、戦闘に幼い彼女の肉体が付いて行けず、悲鳴を上げてしまうのだ。
以前、教会のある丘で魔王軍十三冠位の末席と戦った際には、激しい戦闘の末に意識を失い、一カ月もの間、後遺症に苦しまされた。
この際、後遺症はどうでもいいが――戦闘中に意識を失ってはどうしようもない。そして今、ガーゴイルを目の前にしてそのリミットがうっすらと目の前に浮かんできているのだ。
(既に《《全力で一人斬った》》後だ。それに逃げる際に壁を二枚……いや、三枚は刻んでいる。あと何回、俺は全力の斬撃を放つことができる?)
魔王との一騎打ちができれば理想だった。完璧なパフォーマンスが最も長く発揮できる初戦で最大出力を出し切る。それが唯一、スタミナ切れの欠点を無視できる戦いなのだから。
けれどこうなってしまった以上、一番の理想は逃げきること。スタミナ切れを起こさずに、なんとしてでも王都の外に出て、次の襲撃の準備をする。
その点で言えば、コルトの参戦は非常に頼もしいものだった。スタミナを保つうえでもそうだが、もしスタミナ切れを起こしてしまっても、パルフェットの体を背負って逃げられるからだ。
やはり仲間は居るべきだと強く思わされる。
ただ――
(今のコルトにレイの相手は厳しいだろうなぁ……あいつは才能があるがまだ若い。下手したら死ぬ。である以上、俺もスタミナ切れまで力を使えねぇ)
コルトの死を勘定に入れるのは心苦しいが、彼女の経験上、シビアな計算は冷酷に行わなくてはならない。
コルトが死ぬ可能性がある。理想はガーゴイルを撃破しつつ、コルトを助けられるだけのスタミナを残しておくことだが――それもできるかは怪しい。相手は十三冠位の序列二位。リミットが目に見えてきた疲労の中、もう一戦分の余力を残せるかは怪しいところだ。
(この感じ……大将クラスだな)
思い出すのは戦場を駆けていたころの記憶。稀に見る、数千数万の軍勢を率いるためだけに生まれてきたような格を感じる歴戦の猛将の姿。
直接剣を交えたことは少ないけれど、遠めでも並大抵ではないとわかる実力者たち。
目の前の男は、それらに並ぶ相手であると、パルフェットは認識した。
とはいえ負けるつもりはない。こうして相対した時点でわかっている――負ける気はしないと。とはいえその先の保証はできない。だからこそ、パルフェットは自分から動けない。
そして相手も動かない。動く必要がないから。
「雨が降ってきやがったな」
この雨がレイの力に由来していることは、流石に気づいている。ただ、目の前のガーゴイルから目を離すわけにはいかない以上、背後で戦うコルトの様子を知ることはできない。
(死ぬんじゃねぇぞコルト!!)
迫るスタミナの限界。
そして降りしきる雨。
状況は、絶望的と言えた。
誰かが死んでもおかしくない。そもそも、脱出できずに全滅しても何の不思議もない。
ただ――
「あっ」
パルフェットにはまだ、仲間がいるのだ。
「むっ」
パルフェットとガーゴイルの間に割って入るように現れたのは、手のひらサイズの球。それはガーゴイルの後ろの方から戦いに介入したかと思えば、次の瞬間には大きな音と共に炸裂した。
球が齎したのは爆音と閃光。
ありえないぐらいの音が耳を貫き、ありえないぐらいの光量が視界を覆い尽くす。それは完全なる不意打ちであり、少なくともガーゴイルの目と耳を奪うには十分な衝撃を持っていた。
続いて投げ込まれたのは煙を噴出する玉。玄関ホールいっぱいに広がる煙は視界を覆い尽くす白煙であり、先の閃光と合わせて長い時間、視界を奪うための道具だ。
そうして完全に真っ白と化した戦場どこかから、その声は聞こえてきた。
「パフィ!」
ただその声だけで、パルフェットはそれが誰によるものなのかを知る。
「助かったアネッサ! 逃げるぞ!」
メレチエレの街から、アネッサは師匠の教えによって薬学以外にもたくさんの調合を学んでいた。混ぜると煙を吹きだす調合、衝撃を与えると大きな音を出す植物、弾けんばかりの閃光を生み出す鉱石――それらを駆使し、彼女は真正面から戦う以外の、戦い方を覚えたのだ。
相手の五感を奪う。
戦場をかき乱す。
例え力が弱くとも、アネッサは知識を駆使して戦う――
「ごほっ……これは……ただの煙じゃないな……!」
果たして何が調合されているのか、パルフェットには皆目見当もつかないけれど、レイとコルトの戦場まで巻き込んで発揮されたアネッサの煙に乗じて、彼女はコルトの手を取った。
返事は聞かない。とにかく今は逃げるぞとばかりに、その手を引いて外を目指して走り去る。――途中、煙の中から無作為に振るわれたガーゴイルのなぎなたが、パルフェットたちのすぐ横を通り過ぎて行った。
それに冷汗を流しつつも、奇跡的な方向感覚によって、彼女はガーゴイルの背後へとたどり着き、王城の外へと出た。
煙の外は、そのまま王城の外になっていて、少し離れたところに弓を構えたアネッサが居た。
彼女はパルフェットの姿を見ると同時に、安心するように表情を緩めたけれど――その隣に居たコルトの姿を見た瞬間に、その顔を険しくゆがめてしまった。
「コルト……! だ、大丈夫なの!?」
パルフェットはコルトを見た。
コルトは――
「ハッ……この程度、なんともない……ぜ……」
コルトは、体に大きな穴を開け、血の雨に打たれたように全身を赤く濡らしながら死にかけていた。
急ぎアネッサがコルトに詰め寄るように肩に手を置いたが――どろりと彼女の手に着いた血を見て、悲鳴を上げるように言った。
「早く治療をしないと!」
「だめだアネッサ! 早くここから逃げないと、奴らに追いつかれる!」
「そうだ……俺は、問題ないから……逃げるぞ……」
「ッ……!」
アネッサは拳をぎゅっと握りしめた。そこにどんな言葉が隠されてしまったのかは、パルフェットにはわからない。ただ――
「問題ないって言葉、信じるから……でも、走りながら止血はさせてもらうわよ!」
「あ、ああ……助かる……」
アネッサはコルトに肩を貸しながら、三人は並んで王都の外を目指して走り出した。




