第34話 追手
「ドウ捕エマスカ?」
王城の中を脱兎のごとく逃げる二人の子供の背を見送って、十三冠位の一人が仲間たちへとそう尋ねる。
奇妙な声だ。歯車が互いにこすれ合うような擦過音が、不協和音の中で奇跡的な音階を成立させたような、聞くだけで耳を塞ぎたくなるような、そんな声をしている。
それもそのはずだ。その人物の頭部は複雑怪奇な歯車によって構成されているのだから。そんな歯車人間は、三対の腕を忙しなく動かしながら、返答を待った。
「殺してしまえばよろしいのでは?」
そう答えるのは虹色の貴婦人。
全身を覆えるほどの巨大な日傘に、地球儀を半分にしたようなドレスを纏い、それぞれがプリズムの中に居るような奇妙な虹色を放っている。
けれどその色鮮やかな外見とは裏腹に、彼女の言葉は恐ろしく冷徹で、感情という感情が抜け落ちたような声をしていた。
日傘の奥にある瞳は、子供だろうと何だろうと、視線一つで射殺してしまいそうな闇を持っていた。
「■■□〇罰罰〇死◇――」
宙に浮かぶ壺が放った音は、声とは呼べないような雑音であった。けれど話しかけられた相手だけが、この壺が話す言葉の意味をどういうわけか理解できる。
「確かにそうだわねん。あっちの白いのはカルマを殺した。油断してかかれば、あの松明と同じ運命だわ」
全身を鱗でおおわれた巨大な半魚人が、壺の言葉に肯定したようだ。
千本のような歯が見え隠れする口元を動かしながら、彼(或いは彼女?)が仲間の一人を殺した相手を警戒するように促す。
「イヒヒヒ……陛下の命は殺せだったよ。ならさっさと殺した方がいいんじゃないかなぁ?」
けれどその言葉を否定するように、人面怪鳥が泣くような笑い声と共に魔王の命令を口にした。
そのシルエットは、一言で表せば緑色の体色のガチョウ。しかしその頭には、満開の花のようなエリと涙と笑顔が同居した顔が存在した、奇妙な鳥だった。
「こういうのは軽薄だけどSA、命令順死が部下の義務JAN?」
彼らの言葉をまとめるようにして、枯れ木のような道化師――ハーレクインがそう言うと、残る五人が首肯した。
魔王の命令は絶対順守。例え死したとしても、命令を果たすべきだ、と――
歯車が回る。
プリズムが輝く。
壺が開き、鱗が躍動する。
泣き笑いは高らかに、喝采は宙へ向けられ――
「やめとけ」
そのすべてが、雨粒のように降り注いできた言葉によって地面に伏せられた。
「れ、レイ……」
誰かがその男の名前を呟けば、屋内だと言うのにどこからか雨が降ってきていることに気づいた。そしてその雨脚と共に、その男は彼らの前に姿を現す。
十三冠位が第四冠、雨泥のレイが登場と同時に、六人の異形たちを制圧したのだ。
地面に伏した六人の異形たちは、困惑と敵意をもってしてレイを見る。この土壇場で裏切るか、そんな言葉が聞こえてきそうなほどに、その視線は強烈なものだった。
けれど、レイは呆れたため息を吐きながら言った。
「お前らが本気出すと王城がぶっ壊れるだろう? 仮にも魔王様の侵略拠点だぞ、ここは」
もっともな言葉であった。
それぞれが大量破壊兵器に匹敵する力を持つ魔王軍十三冠位が六人も暴れたとしたら、それはここら一帯を火の海にすると同じ意味を持つ。
「魔王様は今ピリピリしてるんだ、短絡的な命令が出ても仕方がない。だからって過剰戦力を投入するのはバカのすることだ」
レイの言葉に、地面に張り付けにされたように動けない六人の異形は渋々と言った様子で納得する。それを見て、降りしきる雨の勢いが弱まった。
「ここは俺と――」
「我が担当する」
レイの言葉と共に、その背後に見上げるほどの巨体が音もなく現れた。
彼の名はガーゴイル。
十三冠位という序列における二番目――第二冠に位置する男である。
「チッ、あんたらこそ、王城を壊しかねないんじゃNAI?」
「お前らよりはましだ」
そう言って、レイは大広間の天井を見た。
激しい戦闘によって崩れたそれは、もう天井としての機能を失った吹き抜けとなってしまっている。それを見て、ため息をつきながら彼は言った。
「ここまでのことはしない」
◇
「出口はこっちだパルフェット!」
「助かるぞ!」
「侵入するなら逃げ道ぐらい覚えておけ!」
王城の出口を覚えていたコルトの道案内に従って、パルフェットたちは王城の中を走り回っていた。
「なっ……人間!?」
時折、王城内を徘徊している異形に出会うこともあったけれど、パルフェットの木剣が通りすがりに斬り刻み、コルトの槍が出合い頭に串刺しにすることで、戦闘になることもなく処理されている。
「やるなコルト」
「ハッ! 舐めてもらっちゃ困るぜパルフェット!」
コルトの槍は以前よりもさらに磨きを増して上達している。しかし、この旅路に現れる相手は格上ばかり――果たして彼がその実力を存分に発揮することができる日が来るのだろうか。
「――ッ止まれコルト!」
パルフェットの制止の言葉に、コルトも急いで足を止める。
「あと少しだってのになんだよ!」
二人が停止した場所は王城の玄関ホール。豪華絢爛な王城へと、外からの客人を出迎える場所だ。
けれど、本来であれば客を出迎える王の肖像画はズタズタに切り裂かれてしまっており、二階へと登れるはずの階段もすべてががれきと化した後。
そんな部屋のど真ん中で立ち止まったパルフェットは、睨むように出口の方を見た。
「姿を見せろ!」
彼女のその言葉に合わせて、玄関ホールの門が両断される。
そして現れたのは、ハルバードを持った巨大な戦士。
「言っただろう、通りたくば我を倒すべきだと」
ガーゴイルが、再びパルフェットの前に立ちはだかった。
「避けては通れねぇみたいだな」
「加勢するぜパルフェット」
戦闘は避けられないと、木剣を構えるパルフェット。その横に、コルトが並び立つけれど――
「久しぶりだなコルト」
けれど、ガーゴイルとは反対の方向から聞こえてきた声に、彼の意識は持っていかれてしまった。
「あに……き?」
「まだ、“僕”のことを兄貴と呼ぶんだな」
傘を差したレイは、どこか憂うような顔をして玄関ホールに現れたのだ。
「コルト!」
「な、なんだよパルフェット!」
「そっちは任せたぞ!」
「ッ……ああ!」
パルフェットとコルトが背中を合わせる。
パルフェットがガーゴイルへ。
コルトがレイへ。
「訊くことがあるならさっさと訊けよ、長く戦うことはできねぇからな!」
「ああ、ありがとう、パルフェット」




