第33話 かかし
「何とか入ったはいいが……クソッ! なんつー場所だよ!」
ところ変わって王城内の庭園にて。そこには、息を潜めて王城に潜入したコルトの姿があった。
パルフェットの後を追いかけて、彼もまた何とか王城入りを果たしたわけだけれど――その目は驚きに染まった色で、王城の景色を見回していた。
「なんだ……あの化け物共は……」
彼の視線の先に居るのは、王城の中を平然と闊歩する異形たち。人とは思えないような形をしていながら、まるで人のようにふるまう――魔王の軍勢である。
「なぁ、俺らいつまでこんな城の中に居るんだろうな。退屈で仕方ねぇぜ」
「隊長の話じゃもうすぐ魔王様の傷が癒えるらしいからな。そうしたら今度は、本格的な王国征服が始まるらしいぜ」
「マジかよ! か、考えただけでよだれが止まらねぇ!」
コルトが隠れる庭園の花壇のすぐそばを、異形の三人組が話しながら歩いていた。岩のような異形、トカゲのような異形、虫のような異形――人間を一度ばらばらにし、それから粘土のように違う形に捏ね上げたような不格好なその姿は、吐き気すら催す醜悪な見た目をしている。
彼らの会話はおよそ平穏とは程遠い内容であり、口の端から略奪や破壊を愉しむような言葉があふれている。まるで中身の品性を言葉で語るように。
「なるほど、噂に聞いちゃいたがこれが魔王の軍勢か……姿が見えないと思っていたが、広い王城に押し込められてたとはな」
異形たちに見つからないように隠れながら移動するコルトは、そう呟いた。
「しかし、こいつらだけで精強な国軍兵士たちが負けるとは思えねぇな……」
今しがた見てきた異形たちは、そのどれもが近くのコルトの存在に気づかないような低レベルの存在だった。あの程度の烏合の衆、コルトの知る星騎士の実力を考えれば塵芥も同然のはず。
となれば――
「十三冠位か」
魔王側の最高戦力。
それらが恐ろしく強いのだろう。
そしてレイも、その一人。
「なんで兄貴はこんな奴らの味方を……――なんだあれ?」
考察と共に王城を探索していると、広い場所に出た。見たところ宴会か何かの催しをする際に使う大広間だ。無論、ここも王都同様に荒れており、そこかしこに破壊された机や椅子が散らばっている。
何より目を引くのは、大広間の真ん中に落下したシャンデリアの残骸と――その先に見える四つの案山子。
案山子?
「……まさか!」
コルトは急ぎ、大広間にある案山子に近づいた。もちろん、周囲にはちらほらと異形の姿もあり、机や椅子の影に隠れながら慎重に移動する。
そしてついに、コルトはその案山子の正体を見た。
死体だった。
椅子と机の残骸によって作られた十字架に、四つの死体が磔にされていたのだ。無残な死体だ。剣や槍、或いは魔法と思しき傷で全身を貫かれ、人の形を保っているのが奇跡と思えるほどに残忍に殺されている。
虫が群がる様子を見れば、その惨劇が一カ月ほど前のことだということがわかった。そして、僅かに残った衣服が、その四つの死体の正体を教えてくれる。
「星騎士……なのか……?」
コルトは昔、星騎士の証である五芒星の勲章を一度だけ目にしたことがあった。そして四つの死体のどれにも、わざとらしくその勲章が胸に付けられていたのだ。
まるでそれが、星騎士であることを示すように。
「最高戦力が四人も死んでるか……状況は最悪だな」
笑うしかない。
けれどどこかワクワクしている自分もいた。
強い相手に挑む。自分の強さを証明することこそが、彼の渇望なのだから。
「しかし、本当にあいつはどこに行ったんだ……!」
とはいえ、今はパルフェットだ。
彼女こそが、星騎士すらも下した十三冠位に、唯一立ち向かえる希望なのだから――
「もう死んでるだなんてことだけは勘弁してく――」
と、その時、大広間の天井が割れた。
轟音が静かだった大広間を埋め尽くし、一瞬にして更なる破壊がコルトの視界いっぱいに覆い尽くした。
「なっ……!?」
驚くコルト。けれどその驚愕の中に、確かに彼は見つけた。そのがれきの中に舞うパルフェットの姿を。
パルフェットと――六体の異形たちを。
「パルフェット!」
「コルトか! いいところに来た!」
天井から落ちてきたパルフェットは、華麗な着地を決めるとともにコルトのすぐ横に並び立つ。
対し、崩落と共に六人の異形たちは静かに大広間の真ん中に降り立った。
浮遊する壺。
人面怪鳥。
六本腕の歯車頭。
枯れ木のような道化師。
鱗に覆われた怪人。
虹色の貴婦人。
コルトは直感的に理解した。
彼らこそが十三冠位。今まで見てきた塵芥の雑魚たちとは違う、この王城を破壊し尽くした張本人たちだと。
「状況を教えろパルフェット!」
「しくじった! 手勢は一人削ったが、多勢に無勢! 逃走してる最中だ!」
「ハッ、ちょうどいいってのはそう言うことかよ!」
コルトは槍を手に握りしめた。
「どいつから始末する?」
意気揚々と戦う意思を見せるコルトだ。彼は槍の穂先を六体の異形に向け、臨戦態勢を整えるけれど――
「ダメだ」
パルフェットが、槍の穂先を掴みそれを制した。
「どういうことだよパルフェット!」
「多勢に無勢と言っただろう。ここは逃げるぞ」
「ッ……!!」
戦い、勝利し、自らの強さを証明したい。
そんな欲求がふつふつとコルトの内側から湧いて出てくる。
敵が強大であるほど、絶望ではなく好奇心を彼は抱くのだ。
あの強さに打ち勝ったとき、自分はどれだけ強いと証明できるのだろうか、と。
けれど、それはかつてのコルトの話だ。
今は違う。
あの日、あの時、あの雨の中、尊敬した兄貴に殺されそうになったあの瞬間の無力さを知った今のコルトは、違う。
「……わかった」
何もできないまま死にたくはない。
コルトはまだ、確かめなくてはいけないことがあるのだから。
「聞き分けのいい奴は好きだぞ」
「ッ俺より年下の分際で子ども扱いしてんじゃねぇよ!」
「ははっ、そうだったな……とりあえず今は逃げるぞ!」
そうして、二人の逃走劇は始まった。




