第32話 抜刀
(しくじったな!)
玉座の間のど真ん中で、パルフェットは心の奥底からそう叫んだ。
どうにかして魔王を見つけ、一人のところを暗殺する――そんな計画を立てていたパルフェットは、ひとまず天井裏に忍び込んだ。王城には思いのほか隠し通路が多く、パルフェットが潜んでいたのも偶然見つけたその一つだ。
それから彼女は玉座の間を上から観察していたわけだけれど、天井裏の覗き窓から会話を聞くために前のめりになっていたところで、落っこちてしまった。
そこはパルフェット、落ちた先で華麗な着地を決めることにより、落下の衝撃には無傷だったけれど――
「殺せ」
けれど、この先も無傷で居られるかは、定かではなかった。
魔王が示した殺戮の命令。それに答えるのは魔王軍最高戦力、十三冠位の異形たち。
教会をめちゃくちゃにしたあのライカンが末席であることを踏まえれば、自ずとその実力は計り知れよう。
「殺すって……まさかライカンの奴、こんなガキにやられたのか?」
誰よりも早くパルフェットに近づいてきたのは炎の男。ごわごわとした腰布のみを身に着けた上裸の男であり、全身から滾るような炎が立ち上っている。
近づくほどに、それが皮膚を焦がすほどの火力があることがわかるだろう。触れられただけで、命をもろとも消し飛ばされてしまう――
「こういう時は――逃げるに限るな!」
「あ、ちょっと待ちやがれ!」
炎の男から脅威を感じたパルフェットは、とにかくこの場から逃げようと走り出した。しかし、それは玉座の間の入り口のところで止まってしまう。
「通りたくば、我を倒してから通るべきだな」
見上げるほどの偉丈夫が、出入口を完全にふさいでいたからだ。その巨体、おそらくは三メートルを超えるだろう常識外れの大きさを誇り、ただでさえ背の小さいパルフェットと比べてしまえば、文字通り蟻と象を見比べているような気分になる。
「そもそも逃げるチャンスを与えるわけないJAN?」
更には背後から聞こえてきた声が、手のようにパルフェットの体を包み込んだ。
「なにっ!?」
急に地面に立っている感覚がなくなったかと思えば、彼女の体がシャボン玉のように宙に浮かんでしまった。
「ハローお嬢さん。死ぬならせめて俺っちの名前を憶えて欲しいJANね」
「貴様の仕業か!」
おそらくは何かの魔法の力だろうと予想したパルフェットのすぐ近くに、術者と思しき男が立っていた。彼は道化師のような仮面を被り、恐ろしいほどに細い胴体と、針金のように長い手足を持っていた。
彼の風船のように膨らんだ手が動くたびに、宙に浮いたパルフェットの体も連動して動き出す。
「ハーレクイン。それが俺っちの名前だZE! そこんとこよろしくJAN――」
次の瞬間、彼女の体は超高速で玉座の間の壁に叩きつけられた。壁にはクレーターが出来上がり、周囲にその威力を示すようなひび割れが刻み込まれる。
ただ、それでもパルフェットは生きていた。
「まだだ――」
彼女は木剣を握りしめる。
逃げることが敵わないなら、全力で抗うしかない。その意思を示すように、剣を持ち、目の前の敵にその切っ先を向ける。
「剣客気取りは早死にするぜ」
「ッ!?」
しかし敵の勢いは止まらない。
攻撃を耐え忍んだパルフェットが反撃に転じようと顔を上げたその瞬間、体に炎を滾らせた男が目と鼻の先に迫っていたのだから。
ちりちりとパルフェットの白い髪が燃える音がする。同時に、男の拳がメラメラと夕日のように燃え上がった。
「【劫火】」
激しく燃え盛る一撃は葬送の炎。ただそこにあるだけで玉座の間のあらゆる布地を燃やし、あらゆる金属を溶かし始めたその火力は、まともに食らおうものなら骨すら残らずに向けられたすべてを燃やし尽くしてしまうだろう。
そしてそれは、間違いなくパルフェットに向けて振り下ろされた。
轟音響く。パルフェットの背後にあった壁すらも灰と化す勢いの炎が炸裂したのだから。
それをとどめに、戦いは終わった――
――かのように見えた。
「ふんっ、斬ればいいんだろう」
炎は断たれた。
肌を焦がすような熱も、目を焼くような光も、全てを破壊するような火力も、その全てが一刀の下に切り伏せられてしまったのだ。
その一撃を見舞ったのは他でもないパルフェット。
彼女の周囲だけが、何ともなかったかのように残っていた。
「俺の……手が……」
そして彼女の前に立っていた男の手は、肘から先が無くなっていた。
斬られたのだ。炎ごと。
そして次の瞬間には、肘から上もすべてが切り刻まれていた。
「魔王、お前がかかってこい。俺が斬ってやるからよ」
魔王軍最高戦力、十三冠位が一角を命が微塵に斬り刻まれると同時に、パルフェットは玉座に向けてその切っ先を向けた。
ただ者ではない。
斬り刻まれた仲間の死を感じ取って初めて、十三冠位の間に緊張が走った。




