第25話 魔王を目指して
日にちを一日間違えていた人間です。
いつもの時間よりかなり遅くなってしまってすいません。
パルフェットたちがメレチエレの街を発ってから一カ月の時が過ぎた。
もちろん、その道中に語るべきことがなかったと言えば嘘になるけれど、魔王を斬るという目的を前にしては些事にも等しいがゆえに、その全ては流れ星のように過ぎて行った。
「パルフェット! だから魔力強化はこうやるんだよ!」
「悪いが、もうちっと理論立てて教えちゃくれねぇか? 見るだけじゃ覚えるのは難しいぜ」
「チッ……俺の時は兄貴のやってるの見て覚えたってのに……」
ただし一カ月という時間を使っても、パルフェットは魔力操作を習得できていなかった。
なので今日も、旅路の途中の森の中、小休止の合間にコルトから魔力操作について教わっていた。
まあ、教わると言っても、コルトは魔力操作をやってみせるだけで、理論的なことは本人もあまり理解していない様子。なのでパルフェットが魔力操作を習得できていない主な理由は、コルトの教え下手な性質が原因なのかもしれない。
しかし、原因はそれだけではないようで。
「というか、そもそもお前、戦う時にたまに魔力使ってるよな?」
「それがよくわからねぇんだよな。使ってるって言われても、特別なことしてるわけじゃねぇし」
「無意識にやってるから、魔力を使う感覚と平時の感覚がごっちゃになって操作の勘を掴めてねぇのか……? いや、それにしてもやっぱおかしいぞお前」
「おかしいって言われてもなぁ」
魔力操作の特訓では、まず初めに魔力を使って筋力を強化するところから始まった。単純に、体に流れている魔力を手に集めて、それをパワーに変えるだけの簡単(コルト曰く)な特訓のはずなのに、どうにもパルフェットは意識的に使うことができない。
かといって戦闘になると、軽やかに戦場を舞う彼女はどう見ても魔力の恩恵を受けているようにしか見えない。
その差がわからず、パルフェットもコルトも何がどうだめで魔力が扱えないのか混乱しているところであった。
「まあ戦えてるんだしいいんじゃない? それよりパフィ、髪梳いてあげる」
「む、悪いな」
パルフェットの魔力操作習得に苦戦する二人の苦労を傍目に見つつ、アネッサはパルフェットの真っ白な髪の毛をヘアブラシで梳き始める。
「伸ばしたよねーパフィ。戦いのとき邪魔じゃないの?」
「縛ってるから問題ねぇよ」
昔から前髪しか切っていなかったパルフェットの髪は、十年の歳月を経て腰辺りまで伸びてしまっている。一応、戦闘時には邪魔なので根元で縛っているが、見る人が見れば切った方がいいんじゃないかと言いたくなるぐらいだ。
とはいえ、なによりもパルフェット自身が長い髪を気に入っているので、下手に切らずに伸ばしたままでいる。
「これだけ伸ばしたんだ、切るのはもったいねぇだろ」
その言葉には、髪を梳いているアネッサも納得できた。
パルフェットの白い髪は、陽光に当てればガラスのように煌めき、月の下では宝石のように怪しく輝く、滅多に見られない美しい髪だ。
長く伸ばされたそれは、踊るようにパルフェットを飾り立てる。
確かに、短くしてしまうのはもったいない。
「それに俺はこっちの方が可愛いと思うんだよな。どうだ、コルト。俺は可愛いだろ?」
「なんでそこで俺に話を振るんだよ」
「こういうのは異性の意見が参考になるらしいからな!」
「やめときなよパフィ。ふふっ、アレに気の利いたことが言えるわけないじゃん……ぷふっ」
「おい何笑ってんだおめぇ!」
とまあ、パルフェットは女の子であることを存分に楽しんでいた。
なので戦いに明け暮れるだけではなく、多少の身だしなみも整えている。とはいえ、身に着けるアイテムまでには気が回らないようで、実用性に振り切った皮の鎧に動きやすい地味な麻の服を着ている。
これはセンス以前に、前世の戦いに明け暮れていた記憶が原因なのだろう。どれだけ着飾ろうとも、戦いに備えなければ全て無意味。だから可愛く着飾ると言っても、いつでも戦えるよう最低限の身だしなみで済ませている。
「ハイ終わり! ついでに髪も結んであげちゃう」
そう言って、鼻歌と共にパルフェットの白い髪はみつあみに結われてしまった。まあこれはこれで趣深いものだと、パルフェットは道中で買った鏡で満足げに笑顔を作った。
「さ、そろそろ移動するぞ」
「おう」
「あ、水飲むからちょっと待ってて」
小休止を終えた三人は、旅路に戻る。
彼らが辿るのは、王都に続く街道だ。
魔王は王都にいる。
魔王の名は、メレチエレでこそ聞くことはなかったけれど、ここまでの道のりでその存在は確かなものになった。
この街道を進めば、確かにその先に魔王はいるのだ。
「剣の一本ぐらい、用意しておきたかったんだけどなぁ」
ただ、魔王に挑むにあたって準備が十全とは言えなかった。
何しろこの一カ月の間、路銀を稼ぐにあたって高価な剣を買う余裕がなかったのだ。そもそも、木の棒を刀同様の武器として扱えるパルフェットに剣が必要なのかという疑問が付きまとい、最後の最後まで買うに至る決断ができなかった。
一応、木の棒から木剣には変わっているものの、一見すれば冒険者に憧れて背伸びをする少女にしか見えないパルフェットである。
魔王の前に立つにあたって果たしてこんな体たらくでいいのか。
そんな風に考えるモノの、まあ斬れるなら同じかという結論に至るのであった。
はてさてそうして、魔王を目指した旅路だけれど――ここで問題が発生する。
「ありゃなんだ?」
「人が集まってるね。どうしたんだろ」
森に囲まれた街道を歩く三人の進行方向を塞ぐように、街道のど真ん中に人だかりができていた。それらは放浪の旅人さながらに襤褸布を纏った人間もいれば、異国情緒あふれる衣装を身に着けた商人然とした人間もいる。
人の他にも馬車があり、馬車を引いていたであろう馬、或いは荷物持ちとして働いていたであろう奴隷など、とにかく様々なものが街道を塞いでいたのだ。
これでは道を通れないと思った一行は、とりあえずどうしてこんなところに立っているのかを、一番近くにいた身なりからして商人らしい男に訊ねてみれば、
「なにかあったんですか?」
「ああ、この先の橋を盗賊が占拠してて、渡れないみたいなんだよ。迂回するにも他の橋は遠くて、みんなここで立ち往生さ」
ということらしい。
「ここは街道だってのに、よくもまあそんなことをするなその盗賊共は」
話を聞いたコルトはそう言うけれど、立ち往生している集団を見て訝しげに眉を顰める。
「……見たところしばらくここにいるみたいだな」
「私は昨日来たばかりだけどね。聞いたところによれば、もう一週間もこのままらしい」
コルトの見立て通り、どうやら騒ぎは随分と長い間続いているようで、ここに居座ることを決めた人間の中にはテントを張ってまで立ち往生している人間もいた。
しかし、だからこそ解せないとコルトは言う。
「おかしいな。街道の封鎖なんてしたら、国軍が来てとんでもないことになるぞ」
街道は経済の要である。当然、盗賊が封鎖なんてしようものなら、その話が喧伝されるよりも早く国軍が招集され、塵も残さずに捕まってしまうはずなのだが――
「魔王のせいだよ」
商人の言葉で、三人の間に緊張が走った。
「今の国軍は魔王との戦争で疲弊していて、こういう細かいことに回せるほどの人手がないって噂だ。だから盗賊たちも、こんな風に大手を振って事件を起こせるんだ」
てっきり盗賊に魔王の息が掛かってるのかと思った三人だけれど、盗賊に特別なことは何もないと知りほっと一息。とはいえ、こうして治安の悪化を目の当たりにしたことで、より一層魔王が王都を占領したという話が真実味を帯びてきた。
「無理やり突破しようとした人はいなかったのか?」
「それがどうにも、かなり強い奴がいるらしくてね。噂によれば星騎士といい勝負をするんじゃないかとか。実際、腕自慢の冒険者が何人も返り討ちにあってるしね」
「そりゃ随分な大物が出てきたな」
コルトと商人が話す中、その後ろでパルフェットがはてなを浮かべた。
「星騎士?」
「国軍で一番偉い五人の騎士様の子だよ」
「強いのか?」
「国軍の最高戦力って言われてる」
そこは何かと詳しいアネッサが補足してくれた。
しかし、この国の最高戦力と肩を並べる実力者、か。
「少し興味があるな」
「……パフィ? まさかじゃないけどさ……会いに行かないよね?」
「いやぁなに。魔王を倒すにゃ、人手は必要だろう」
そう言って、パルフェットは可愛らしく笑った。




