第24話 次の街へ
――器の一人は東の街に現れる。
――仰ぎ見た空に雨雲在り。
――見下ろした大地は泥に溢れ。
――その者の眼前に導なし。
――握るは槍。見やるは霹靂。
――泥の中に立ち、雨雲すらも貫かんと器は槍を磨く。
――いつかその矛先が、星すらも貫かんことを願って。
――しかし、星は昇らない。
――運命が、まだその時ではないと語っているのだから。
◇
結局、パルフェットたちがメレチエレの街を発ったのは、予定通りメレチエレの街に訪れてから三週間後のことだった。
「世話になったな」
旅立ちの前に、パルフェットは街の墓地に寄った。
そこに眠るガンドラに、挨拶をするためだ。
思えば、冒険者として素人もいい所の自分たちにコルトをあてがったのは、ガンドラの采配だった。それがコルトのためだったのか、或いはアネッサたちのためだったのかはわからないけれど、彼のおかげでアネッサは冒険者として成長できたのだ。
だからそのお礼にと、パルフェットはその墓に向かって手を合わせた。
「何やってんだよパルフェット」
「コルトか」
そうしていると、コルトが背後から声をかけてきた。
どうやらパルフェットと共に旅立つ彼も、最後にガンドラに挨拶をしに来たらしい。彼は片手に酒瓶を握っており、栓を開けた後、徐にそれを墓に掛けた。
「お前こそ何やってんだよコルト」
「昔の約束だよ」
そう言って、コルトは中身が空になるまで酒を注いだ。
「俺が成人になったら、兄貴と一緒に呑もうって言ってガンドラが取っておいてくれた酒だ。開けるにゃ一年早いが……もう、そんな日は来ないからな」
ほんの少し、寂しそうにコルトはその酒の由来を語っていた。
それを聞いたパルフェットは、何とも返答に困った顔をする。こういう時に言うべき言葉がわからないのだ。つくづく自分は斬ることしかできないな、と大きなため息をつきつつ、結局パルフェットは、話を変えるようなことを言うしかなかった。
「そう言えばコルト。お前、槍はどうするんだよ。前に折られてなかったか?」
「修理したに決まってんだろ。穂先は無事だったからな」
そう言うと、コルトは墓場の入り口の方に視線を動かした。そこに置かれたリックサックの横には、見覚えのある槍が地面に突き刺さっていた。
「今度は折れねぇ」
「そうか」
それは強い覚悟を伴った言葉だった。
槍だけではない。彼自身の意思すらも、強固な鋼にするような、そんな言葉だった。
「それはそうとパルフェット。アネッサの奴はどうしたんだよ」
「師匠に別れの挨拶をしに行ったぜ」
そう言って、パルフェットはガーデン・エルマのある方角を見た。
◇
「あぁ!? 街を出るだって!?」
アネッサが師匠のバラクに出立のことを伝えた時に返って来た一番最初の言葉は、そんな怒声であった。
「まだ基礎もできてねぇくせによくもまァ生意気なことを言えたね!」
「ひぃぃ!! ごめんなさい師匠!」
とまあ、そうやって叱られたものだから、アネッサも子供らしく謝ってしまったけれど――バラクの次の言葉は、一転して穏やかなものになっていた。
「ふんっ。もう一人のガキが理由だろう?」
「……は、はい」
バラクは知っていた。
一週間前、レイが起こした事件を。
そのレイと戦った少女のことを。
どうしてアネッサが、その少女と行動を共にしているのかを。
「ったく、子供ってのはどうしてこうも無茶なことをしたがるのかねぇ……」
そう語るバラクは、目の前のアネッサにではなく、どこか遠い時間の向こうへと話しかけている様だった。
「きっとあたしにゃあんたを止めることはできないんだろう」
「それは……はい。止められても、これだけは譲れません。だって――」
「――大切な妹、なんだろう?」
言葉を奪うようにして、バラクはアネッサの覚悟を口にした。
「似てないが、孤児院の出かね。まあそんなことは関係ないか。家族は家族。大切なモノに変わりはないんだから」
「はい。だから、その……今まで師匠として教えてくれて、ありがとう、ございました!」
勢い任せにお礼を言うアネッサの不器用さに、バラクはフンと気に入らなさそうな鼻息を返す。機嫌を損ねてしまったかと、アネッサの顔は慌てた風になってしまうけれど、その頭の上にバラクの手が重ねられたことで、そうではないことにアネッサは気が付いた。
「全部が終わったら、帰ってきな。お礼はその時に聞いてやる。まだあたしが教えたことは、あんたの役に立ってないみたいだからな」
「……はい!」
バラクの言葉には優しさがあった。
シスターコナによく似た優しさが。
だからアネッサは、元気よく別れの挨拶をした。
「お世話になりました!」
そう言って、待ち合わせの時間に遅れないように彼女はガーデン・エルマを出ようとする。けれど、最後にバラクは一言だけ、彼女に伝えた。
「あんたはあんたの道を行くんだよ!」
その言葉の意味を、アネッサはすぐに理解できなかった。
加えて、なぜ今そんなことをバラクが言ったのかも、彼女は遠い未来まで理解することはできないだろう。
その真意がわかるのは、果たして何年先になるのか。
ともあれ、この旅が終わったら――魔王を倒し、王国の混乱を収めることができたのなら、またここに戻ってお礼を言おうと、彼女は強く決心した。
◇
「ごめん! 遅れちゃった~!」
「冒険者疾くあれだ、ド素人。遅刻するだなんて、依頼をこなす以前の問題だ」
「はぁ? この期に及んで小言ばかりとかわけわかんないんですけど!」
さて、待ち合わせの時間になったメレチエレの街の入り口に、アネッサが少し遅刻すれば、すぐさま憎まれ口を叩いたコルトとの舌戦が始まってしまった。
この三週間の間、何度となく見た光景だ。
きっとこの光景は、これから先も何度となく続けられることだろう。
うるさいぐらいに。
にぎやかなぐらいに。
「こういう旅も悪くねぇな」
たった一人で放浪していた時の記憶を思い出しながら、パルフェットは静かに呟いた。
「おい、二人とも、口論はその辺にしてそろそろ出るぞ」
「ふっ、仕方ねぇなぁ」
「パフィ! 次、なんか変なことがあったらこいつ前に出しちゃおうよ! ふんぞり返ってる分働かせてやるんだから!」
「ははっ! そん時は見てろよド素人。俺の働きを見て悔し涙を流すお前を見るのが楽しみだぜ!」
「言ってなさい!」
目指すは王都。
魔王の首。
運命の歯車は、まだ回り始めたばかりだ。
☆――
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第一幕完! というわけですこし更新を休憩したいと思います。
次回更新は一週間後の1月31日です!
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