第20話 雨が降る
昼前のメレチエレの街にて、ガンドラはギルドから外に出て空を見上げていた。
「今日は雨が降るな」
西の空にかかる雨雲はおどろおどろしい灰色を纏って近づいてきており、それが雨雲であることは街の子供でも分かることだった。
雨の日は客足が遠のく。だからガンドラはため息を吐きつつ、ギルドの前に張り出していた依頼書と看板を回収しはじめた。
「ガンドラ」
「ん? おお、レイじゃねぇか。もうすぐ雨が降るから気を付けろよ。ま、お前はいつも傘を持ってるから、その必要はねぇだろうけどな」
「うん、そうだな」
そうしていると、彼の前にレイが現れた。
その手には傘が握られている。
けれどそれはレイにとっては武器であり、彼はそれを使って普段は戦っていることをガンドラは知っている。
果たしてその傘に、本来の機能があるのかは知らないけれど、常に傘を携帯しているのなら、雨を気にする必要はないだろうと、ガンドラは冗談めかしくそう思った。
「何か用事ならちょっと待っててくれ。これ片さなきゃいけねぇからな」
そう言って、ガンドラは作業を続けるためにレイに背を向けた。特になんでもないやり取りだ。
ガンドラにとってレイはかつての村を救ってくれた恩人であるし、冒険者とギルドマスターという関係性の友人でもある。
二人は友人だった。
それも、親友と言ってもいいほどに。
「悪いな、ガンドラ」
「あん? 何言ってんだお前――」
不思議な言葉にガンドラの意識が疑問符を浮かべる。けれどそれは、ガンドラの胸を貫いた螺旋によってそれどころではなくなってしまった。
「なっ……おま……」
その螺旋は傘だった。
その持ち主はレイ。彼がガンドラの胸を貫いたのである。
背中からガンドラを貫いた傘はすぐに引き抜かれ、ガンドラの体が地面に崩れ落ちる。
ガンドラの目がレイの顔を見据えていた。
死に際の開かれた瞳が、多くの困惑をなぞりながら。
「魔王の勅令である」
空を見上げながら、ガンドラの血に濡れた傘を開きレイは呟く。
「魔王軍第十部隊がメレチエレの近辺で消息を絶った。反抗した罪人がいるのだろう。反目した隣人が居るのだろう。故に勅命である」
ギルドの前の通りを歩いていた人々は、突然のことに誰もが悲鳴を上げることもなく、ただ唖然と立ち尽くしていた。
レイという男にかつて救われたから。
或いはガンドラという男のことを知っていたから。
誰もが目の前に起きたことが、現実だとは思えなかった。
ぽつりと雨粒が落ちた。
「罪人を処刑せよ。そのためにどのような手を使っても構わない」
雨が降り出した。
頭を濡らす雨に、或いは背筋を凍らすしずくに、或いは全身を震わせる寒さに、メレチエレの住人たちの意識は現実に引き戻された。
目の前に起きていることは夢幻なんかではなく、血と死の伴った現実であると悟ったのだ。
「―――――!!」
誰かが悲鳴を上げようとした。
喉の奥底からあふれ出る恐怖と驚愕をその声から波濤のように吐き出そうとした。
「うぁ……?」
けれど、その言葉は音として空気を震わすことはなく、雨粒の中に消えていく。
おかしい。声が出ない。
それどころか体が動かない。
まるで鉛になってしまったかのように、全てが重い。
そして人々は雨粒が地面に落ちるように、重い体を地面へと倒れこませた。
動かない。
立ち上がることもできず、声を上げることもできず、ただただ地面の冷たさと雨粒の気持ち悪さだけが全身を酷く汚していく。
その中でただ一人、傘を持ったレイだけが立っていた。
「人を殺そう。街を犯そう。文明を消してしまおう。そうすれば、魔王に歯向かった愚か者がいつかはあぶり出せるはずだ」
傘を濡らした血は雨に溶けて消えてしまい、黒々とした羽を空に広げるばかりだ。その下でレイは、三日月のような笑みを浮かべていた。
「魔王を畏敬せよ」
雨が降る。
雨が降る。
雨が降る。
「な、に……やってんだよ……兄貴……!」
誰もが倒れ伏した通りに、一人だけ立ち上がった少年が現れた。




