第19話 雨粒は落ちる
メレチエレの森の奥深く。
普段であれば街の冒険者たちもあまり踏み入らない場所で、ウサギ狩りに勤しんでいた。
「あちょー!」
「アネッサ。掛け声はそれであってるのか?」
「こういうのはパッションだって師匠が言ってたんだから! って外したぁ!?」
「ばーか、ほれ見たことか。今日の昼食は俺のもんだな」
「ちょっと! まだ矢はたくさんあるもんね!」
レイの言う通り、動物たちは森の奥の方で何かに隠れるように息を潜めていた。
それを見つけて狩る。遠距離から静かに狩るのに弓矢は向いていて、しかも的が小さいものだからコルトのやり投げは向いていない(そもそもコルトの全力の投げ槍を受けてしまっては、皮も肉もただではすまないだろう)。
だからパルフェットとコルトにあれこれ言われながら、アネッサは弓の弦を力いっぱいに弾いた。
放たれた矢。
風を切って木々の間を抜けたそれは、ヒュウと音を立ててウサギのすぐ横を通り過ぎた。
「また当たらないー!!」
「いや、前よりも的に近づいてるぞ。めげるなアネッサ!」
しょげるアネッサと励ますパルフェット。それを傍目にのんびりとあくびをしていたコルトは、ぼんやりと空を見上げた。
「……今日は雨だな」
枝葉の間から見える空には、黒い雲が押し寄せている。
午後には雨が降るだろう。
雨の森は危ないことは、冒険者として当然の知識である。だから早々に町に帰ろうとコルトが提案しようとしたその時――
「当たった!」
「見事だアネッサ!」
同時に、アネッサが見事にウサギ狩りに成功していた。
喜びを全身で表すようにアネッサがパルフェットに抱き着き、同じように喜ぶパルフェットと一緒にぴょんぴょんと歓声を上げる。
「……もう少し待ってやるか」
その喜ぶ姿を見て、水を差すのは悪いかと思ったコルトは、二人が落ち着くまで雨雲が迫っていることを伝えるのを待った。
それから一分。ウサギの血抜きを始めたところで、コルトが空を指さして言う。
「近いうちに雨が降りそうだ。薬草はまだだが、流石に帰るぞ」
「えぇ……まあ仕方ないか」
詰まらなさそうな声を出すアネッサだけれど、彼女もいっぱしの冒険者。当然、雨の森の危険性は知っている。それはもちろんパルフェットも同じだ。だから少し文句を言いつつも、さっさと帰り支度を済ませて、太陽が空に昇り切るよりも早く街に帰ることにした。
「ウサギ仕留めたんだから私の勝ちね。お昼ご飯はコルトのおごりよ」
「あ? 一発目外したんだからノーカンだろ。矢筒の中身がかなり減ってるがいったい何本使ったんだよ」
「うるさいうるさいうるさーい! ウサギ仕留めたんだから私の勝ちでいいでしょ!」
「ノーカンだノーカン! 一発で仕留められなきゃまだまだだよド素人!」
帰り道、そんな風に話していれば、街に着くよりも早く雨雲が空を覆いつくしてしまった。それからさほど間を置かず、ぽつぽつと雨が三人の頭を濡らす。
「くっ、おい走るぞ!」
「ひぃーずぶ濡れになりたくない~」
「二人とも、足元には気を付けろよ」
逃げるように森を走る三人は、パルフェットが言うまでもなく足元に気を付けながら森を抜ける。
緩やかな丘と草原。その先にあるメレチエレの街は、森から出て目と鼻の先にある。だからすぐに三人はメレチエレの街の入り口にたどり着いたわけだけれど――
「……おい、止まれ!」
先頭を走っていたコルトが、大声で二人を制止した。
その声には僅かな焦りと困惑が潜んでいて、もし雨が降っていなければ、その頬には汗がにじみ出ていたことだろう。
「何があった?」
「人だ。人が倒れている」
「え!? ちょ、助けなくて大丈夫!?」
コルトが指さす方向にあるのは、街はずれの厩舎だ。その入り口に、確かに倒れた男が居た。
「待て、アネッサ」
見るや否や、助けに走り出そうとしたアネッサの肩を掴み、コルトがその動きを止めた。
「なんで!? 人が倒れてるんだよ!?」
「いや、コルトの言うことは正しい」
止められたことを非難するアネッサだったけれど、パルフェットはコルトの制止を肯定した。
「よく見てみろ。あの男、見えるところに傷がない。となると……毒か、或いはそれに類する何かが原因の可能性が高い。下手に近づいたら巻き込まれるかもしれねぇ」
前世に由来して危機察知に秀でたパルフェットは、そう言ってアネッサを窘める。けれどアネッサは、コルトの手を振りほどきながら言った。
「でも、倒れてる人を見捨てられるわけないでしょ!」
そして彼女は、厩舎の方へと走り出してしまった。
「っ……馬鹿が!」
「ハッ! アネッサが猪突猛進なのは今更だったか!」
アネッサの後を追いかけて、二人もまた厩舎に移動してみるが――三人が厩舎にたどり着いた頃には、その男の息が無くなっていることに気が付いた。
死因は不明。
男は歩いている途中で倒れこんだようにうつぶせになっていて、虚ろな目は今も降りしきる雨を見上げている様だった。
「……傷がない」
「おい、コルト。厩舎の馬は無事か?」
「自分で見に行けよ……生きてるな。どういうことだ?」
パルフェットが最初に疑ったのは毒だ。吸い込んだものが死ぬ毒。けれど、厩舎の入り口で人が死んでいるというのに、中の馬が被害に遭っていないとは考えられない。
「アネッサ。俺たちが街を出るときは――」
「人なんて倒れてなかったよ。誰も」
「……兄貴たちが心配だ」
そう言って、コルトは街の中心を見た。
冒険者ギルドがある方を。
最悪の可能性を考えながら。
「今、この街で何かが起きている」
二週間前の、あの燃え盛る丘のことを思い出しながら、パルフェットたちは冒険者ギルドへと向かった。




