第17話 それぞれの一週間
◇
――パルフェットの場合。
「おい、少し話を聞いてもいいか?」
「あん? お前は確か……」
「ああ、最近コルトとよくケンカしてる女の子と一緒に居る子だ。なんかあったか?」
「ちょっとな。王都の方に居るって噂の魔王ってやつの情報を集めてるんだが、何か知らねぇか?」
「変な喋り方だなこの子……しかし、魔王か。お前、何か知ってるか?」
「いや、聞いたことはないな。王都の話だろ? 俺は詳しくねぇなぁ」
「そうか。何か聞いたら教えてくれると嬉しい」
冒険者ギルドに併設された酒場にて、パルフェットは暇な時間に魔王についての情報を集めていた。
しかし、メレチエレは王国でも辺境の地。王都から遠く離れたこの場所では、魔王の噂は愚か、名前を知っている人でも数えられる程度しかいなかった。
ただ、代わりに王都での異変についての情報は、そこそこ収穫があった。
(王都でクーデターが起きた、か)
無論、その収穫は魔王の話と比べてというだけで、王都で実際に何があったのかを知ることができるほど、鮮明な情報ではなかった。
それでも、何か穏やかではない、普通ではないことが起きていると知るには十分だ。
「これ以上の収穫はなさそうだな」
魔王、王都共にメレチエレでこれ以上の収穫は見込めないと、パルフェットは判断する。とはいえここで焦るつもりはない。なにせこれから王都に向かうのだ。近づくにつれ、より鮮明な情報が手に入るはずなのだ。
なのでひとまず魔王についての情報を集めるのを諦めたパルフェットは、次に魔力の師匠を探そうと思った。
とはいえ、そこら辺の冒険者に頼んだところで、子供の話とあまり相手にされなかった。
「悪いな嬢ちゃん。そう言うのは12歳になってからだ。子供が無理をするもんじゃないぜ」
というのは、酒場に居た冒険者の一人の言葉である。
前世を含めれば12歳なんてとっくに過ぎているパルフェットであるけれど、残念ながら彼女の体は10歳の少女。そもそも前世の記憶を引き継いでいるだけで、本当に彼女が60越えの浪人と同じ人間なのかも怪しいぐらいだ。
「むぅ」
とりあえず子ども扱いをされたことに不満を募らせながら、もどかしい現状に嘆くパルフェット。頼みの綱のガンドラにも、似たようなことを言われて断られてしまった手前、魔力については独学で鍛えるしかないか、という結論に至った。
手始めに魔力に似ているという理由で、前世で学んだ気だか道だかの話を思い出すところから、彼女は始めるのだった。
◇
――アネッサの場合。
日銭と旅の資金を稼ぐために、アネッサは毎日のようにギルドで依頼をこなしている。もちろん、その依頼にはパルフェットやコルトを引き連れているので、取り分は少し減ってしまうけれど――それでも憧れていた冒険者をしているという充足感が、疲れ以上の喜びをもってして彼女の体を突き動かしている。
それはもちろん、薬学の授業でも発揮されている。
「師匠、お待たせしました!」
「遅い! さっさと荷物置いて、調合台につきな!」
「はい!」
依頼をこなした後、アネッサは食事と睡眠以外のほとんどの時間をガーデン・エルマのバラクの下で薬学について学んでいた。
例えば調合。
「師匠! 一番と五番、調合完了しました!」
「どれどれ……ふんっ、すりつぶしが甘いね。やり直してきな!」
「はい!」
例えば診察。
「症状は熱と発汗……ということは風邪ですかね?」
「馬鹿、三六二ページをよく見るんだね。風邪と同系統の病状はごまんとある。まずはこの本の内容を全部覚えるところからだ!」
「は、はい!」
例えば採取。
「お……重い……」
「なぁにへばってるんだアネッサ! その程度、魔力強化を使えば十分に運べるだろう? それともまさか、魔力が切れたってんじゃないだろうね? どんなに無駄に使っても半日は持つようにするんだよ!」
「は……はい……」
とまあ、バラクの教育はスパルタで、一日を終える頃には立っていられないぐらいにへとへとになってしまう。
けれど。
「アネッサ、もう寝るが……まだ本を読んでいるのか?」
「あ、うん。パフィは先に寝ちゃっていいよ」
「おう、わかった」
宿屋の二人部屋に積み上げられた本の山。一冊が掌の横幅よりも厚いそれらを、アネッサは夜中の内に丁寧に一ページ一ページ読み込んでいる。
横で眠るパルフェットに気を遣って、ページをゆっくりと彼女はめくり、そこにびっしりと描かれた様々な知識を吸収していく。
無論、一度見たモノを完璧に覚える――なんて特殊な技能はアネッサにはない。けれど、一歩一歩丁寧に一文字ずつなぞりながら、読み終わっても繰り返し読み込むことで、彼女は知識をつけていく。
それは、孤児院の時代から変わらない儀式のようなものだ。
冒険者に憧れた。
けれど、憧れるだけではだめだと彼女は知っている。
何しろ、彼女が憧れたのは冒険者だけではなく――彼女の親代わりである、“凄腕”の冒険者なのだから。なら、ただの冒険者ではいられない。
何でもできるようになる。
そのためには何でもやる。
孤児院に居た時も、彼女は冒険者になるために、教会にあったすべての本を一冊一冊、描かれた文字一つを暗記するためだけに何十回と読み返した。
それと同じだ。
ここに書かれたものを忘れないために。
憧れたものになるために。
「……もう一ページ」
夜の闇の中、めくられたページのささやかな風で蝋燭の火が揺らめいた。
けれど確かに、その火は燃えている。
アネッサの心もまた、静かに燃えていた。
生意気な同業者に負けないために。
自慢の妹に置いて行かれないために。
静かに燃えていた。
◇
――コルトの場合。
「おいギルドマスター……兄貴はどこに行ったんだよ……」
「おい、なにも注文しないんならカウンターから離れろコルト。客の邪魔だ」
「お願いだから兄貴がどこに行ったか教えてくれよ~……」
「チッ……」
レイがメレチエレの町に姿を見せてから、憧れの冒険者に再会できた喜びで舞い上がっていたコルトであったが、残念ながらあれからあまりレイと会えていなかった。
おかげで意気消沈してしまったコルトである。いつもの生意気さも鳴りを潜め、酒場のカウンターで項垂れる日々が続いていた。
「実力のある冒険者は、貴族からの依頼で引っ張りだこってのはお前も知ってるだろ? ここに来たのも十中八九、依頼が目的。だから奴は世界を飛び回ってるわけだし、酒場に入り浸っているわけにもいかないんだ」
「だけどよ~……せめて一言くれてもいいだろ~……」
「あのなぁ……」
呆れるガンドラ。コルトがレイを心酔しているのは知ってはいたが、ここまでとは彼も思っていなかったようだ。
聞けばアネッサたちとの依頼中もこんな様子で、心ここに在らずと言った様子でミスも増えているらしい様子。
コルトの才能を認めているガンドラは、だからこそ勿体ないと心の奥底から思うのだけれど――
「まあまあ仕方ないじゃないっスかガンドラさん」
ポンと、コルトの横に座っていた冒険者がそう言った。
「コルトもまだまだ14歳。憧れの人に相手にされなきゃ凹むもんだぜ」
「……」
「いつもに比べればこっちの方が可愛げがあるぜまったく」
そう言って、面白そうに冒険者たちがコルトを取り囲んだ。
「おいコルト。景気づけに一杯奢ってやるよ。ああ、もちろん酒はダメだぜ。レイさんの帰還祝いだ」
「俺も俺も、なんなら飯も用意してくれよマスター!」
「いいねぇ、派手にいこう!」
コルトを中心に盛り上がる冒険者たちを見て、ガンドラはため息をついた。
「まったく、騒げる理由があればなんでもいいのかよ」
「それは違うぜガンドラさん。あんたも知ってるだろ?」
「……まあな」
彼らがただ騒いでいるだけではないことをガンドラは知っている。
五年前。
この町の人々を恐怖に陥れた魔物が居た。
それは塔のような巨体を誇り、大人であろうと子供であろうと関係なく遅い、食らう怪物。
その魔物は、メレチエレの森に陣取り、時折町に来ては人を攫っていった。それも一度の襲撃で攫うのはたったの三人のみ。まるでじわじわと嬲られるように、町の人々を攫い食べていた。
次、いつ襲撃に来るかもわからない。
そしてその襲撃で、誰が食われるのかも定かではない。
メレチエレの町は恐怖に染まり、町を出ていく人が後を絶たない中、その男は現れた。
その男は槍一本を持ち、攫われた子供の救出に向かい、そして帰ってきた。
魔物の死体を携えて。
だから、この町の人々はレイを愛してやまない。
なにしろ彼は、この町を救ってくれた英雄なのだから。
「兄貴~……」
だからレイが不在であっても、彼らはその帰還を祝い、宴を開く。
英雄の帰還は、喜ばしいことなのだから。
◇
――レイの場合。
森の中、レイは一人で立っていた。
「……そうか」
そして虚空に向かって彼は呟く。
まるでその虚空の先に、話相手がいるかのように。
「それは……まあわかっていたことか」
静かに、静かに。
あらゆる感情が暗い海の中に沈んでしまったような表情で、彼は喋る。
「わかった。そうだな。それもまた、俺の望みだ」
彼は空を見た。
森の天井を。枝葉の向こうに見える快晴の空を。
「ライカンを殺した奴はまだ近くにいるんだろう? なら、俺が手を下す。――まずは、メレチエレからだ」
レイは一人、森の中に佇んでいた。
たった一人で、密やかに。




