第16話 魔物と魔力
翌朝。
「うぅ~ん……あ、おはようパフィ」
「ああ、おはようアネッサ」
早々に目覚めたパルフェットは、昨日の夜のことをベッドの下段に座り込んで考えていた。
魔物の体に合った、真っ二つにされてからくっつけたような接合跡。余りにも噛み合い過ぎたタイミングで現れるレイ。霧のように頭の中を漂う違和感。
それらすべてを統合して解決するほど、パルフェットは勘が鋭いわけではない。彼女の前世でもまた同じだった。これが自分の身に迫る脅威だったらまた違ったかもしれないが、闇を進むようなミステリーは得意ではないのだ。
なので早々に昨日のことを考えるのを諦めたパルフェットは、一つだけアネッサに質問して終わろうと考える。
「なあアネッサ」
「なにパフィ?」
ベッドの上から降りてきたアネッサは、顔を洗いに行くために着替えをしている最中だ。そんな彼女にパルフェットは訊ねる。
「魔物ってなんだ?」
「え”……って、そっか。パフィ、本読まないもんね」
「アネッサの話から名前だけは知ってんだけどなぁ……あと存在。結構危険なんだってな」
「それでよく、あの遠吠えの方に向かって行けたね……いや、まあパフィなら何があっても大丈夫だとは思うけどさ」
呆れた風に喋るアネッサ。
一応、パルフェットの実力を信じてくれているアネッサの手前、レイが駆け付けてくれなければ死ぬところだったとは言わないパルフェット。
とりあえず、彼女は魔物について簡単に教えてくれた。
「魔物はそのまま、魔力を扱う獣のこと。……そう言えばパフィ、魔力については――」
「知らねぇな」
「そうだよね、うん。前もそんな感じだったし、まあ知らないよね……」
知識はパルフェットの領分ではない。
そもそも彼女は、自認するほどに斬ることしかできないのだ。
ある意味では誇らしいほどの自認である。人間、できることよりもできないことの方が多いとはいえ、パルフェットのそれは偏りが激しすぎる。
「じゃあついでに魔力の話もするけど……どこから説明しようかな」
頬に指をあてながら、話す内容を考えるアネッサ。いつの間にか着替えは完了していた。
「んと、まず魔力なんだけど……これはどこにでもある力の流れ、的な感じの奴なんだよね」
「力の流れ?」
「そう。空気中とか、水の中とか、木とか石とか……もちろん人の体の中にも、魔力は存在してる。で、それを使う習性を持つのが魔物って言う獣の総称。パフィが遭遇した狼も、多分魔力を成長に当てて巨大化したタイプの魔物なんじゃないかな」
「ふむ、栄養みたいなものか」
「それ以上だよ」
アネッサは語る。
「魔力を使えば何でもできる。例えばほら、コルトの奴がめちゃくちゃな威力で槍を投げてたでしょ? あれも魔力のおかげ。腕に魔力を上げて膂力を“強化”してた。他にも火を熾したり、水を操ったり……技術さえあれば何でもできるのが魔力のすごい所」
「……なるほど」
話を聞いたパルフェットは、前世の知識を引っ張り出して理解を促す。
(京の陰陽術士や道教の術士連みたいなものか? まあこれもこれで仏僧連中から噂に聞いた知識だが……まあ似たようなもんだろう)
なんて風に考えをまとめた後、ふと思う。
魔力の扱いは更なる武力の発展に繋がる。なら、それを身につければ、後遺症に苦しむことなく全力を発揮できるのでは、と。そんな希望を抱きながら、パルフェットはアネッサに訊ねるけれど。
「なあアネッサ。俺も魔力を使えるようになりたいんだが、教えてくれないか?」
「ごめん、無理。それに関しては私も勉強中だから、人に教えられるような技術ないの」
「そうか」
残念ながら、断られてしまった。
まあ仕方ない。冒険者を目指していたとはいえ、アネッサは十日前まで孤児院の子供の一人だったのだ。
となると、コルトに頼るか、とも考えるが……あの男が恭しく何かを教えてくれるように見えないので、実行するまでもなく却下した。
それならと、魔力運用について教えてくれそうな人材を考えるが、めぼしい人間は居ない。他の冒険者連中とはあまり親しくはないし、ガンドラはギルドのマスターらしく忙しそうなので、仕事を増やすわけにもいかないだろう。
「ま、ぼちぼち交流の幅も増やさねぇとなぁ」
情報収集をするうえでも、これからの旅の基盤を整えるうえでも、人との交流は欠かせない。前世では、あまり人とかかわらずに一匹狼のようにさすらっていたパルフェットには荷が重い仕事だが――仕方がない。やらなけれいけないなら、やるしかないだろう。
「ああ、それとアネッサ」
「まだ何かあるの?」
「この町に来て一週間経つ。そろそろここを発つ日付を決めねぇとな」
「あー……そうだね。魔王を、倒さなくちゃいけないんだもんね」
パルフェットの旅の目的は、もちろん魔王を討伐することだ。
アネッサが言うように、倒さなければいけないわけではないけれど、魔王は教会を狙って破壊する旨を宣言しているのだ。となれば、パルフェットにとって大事な孤児院の子供たちや、シスターコナ、シスターローズと言った人間が危険にさらされる。
実際、十日前にはパルフェットが暮らしていた孤児院は、魔王の手勢によって破壊の限りを尽くされた。
子供も殺された。
ならば討つしかないだろう。
「時間をかけてる暇はない。二週間……いや、一週間したら発ちたいと思ってるが、アネッサの方はどうだ?」
「うーん……二週間がいいかな。流石にバラクさんに申し訳ないし」
「わかった。それじゃあ、そのくらいに発つとしよう」
魔王の正体が知れない以上、ふらふらと旅を続けているわけにもいくまい。不安はあるが、時間は待ってくれないのだ。
だからパルフェットは、まるで駆け抜けるように生きる。
奇しくもそれは、死に急ぐ様に戦に身を投じ続けた前世と重なるように。




