第14話 帰ってきた憧れ
「生きてたかレイ! よく帰ってきやがったこの野郎!!」
レイが町に返ってきた途端、そんな声で出迎えられた。
「人気者なんだな」
「当たり前だ。俺の兄貴なんだからな」
その様子を見たパルフェットが、町民たちに取り囲まれるレイの人気者ぶりに感嘆していると、胸を張って誇らしげなコルトが横から自慢するようにそう言った。
「それ、レイさんがあんたのお兄さんであることと何の関係があるのよ……」
とまあ、呆れた風にアネッサがそう言うけれど、兄貴分が帰ってきて舞い上がっているコルトの耳には届かなかった。
ちなみに、レイとパルフェットが遭遇した現場に居なかったアネッサだけれど、その時彼女は、好戦的なコルトやパルフェットとは反対に、遠吠えのした方から逃げるように小川を下っていたようだ。
小川を下ればメレチエレの町がある。
異様な遠吠えの主にむやみやたらに突っ込むのではなく、町の人々に伝えて状況判断をギルドマスターに託すというのは、ある意味では冒険者として最も正しい判断と言えるだろう。
「……ふん」
ただし、パルフェットたちと再会したときのアネッサは、どこか悔しそうに口を尖らせていた。
さて、そうしてこうしてレイを伴い、冒険者ギルドまで凱旋したパルフェットたち。ギルドに近づいたところで、ギルドの中から大男がこちらに駆けてくるのが見えた。ギルドマスターのガンドラだ。
彼はレイの姿を見るなり、幽霊でも見たかのような驚きをその顔に浮かべ、顎が外れそうなほど愕然と口を開けた後、その両目から滝のような涙を流しながらこちらに歩いてきた。
「お前……死んだと思ってたぞ」
「心配かけたなガンドラ」
ガンドラや町民の反応を見れば、どれだけ彼がこの町の人々に好かれているか手に取るように分かった。それこそコルトが兄貴と慕うように、町民から慕われているのだろう。
「ああ、そうだ」
涙の再開を交わすガンドラとレイの姿を見ながら、こっそりとパルフェットはアネッサに話しかける。
「この隙に報酬届けに行かねぇか? あいつらには悪いが、見てるだけってのはなぁ」
「コルトはどうするのよ? あっち行っちゃったわよ」
「置いて行く。あとで山分け分を渡せば十分だろ」
「それもそうね」
レイとガンドラの方へと走って行ったコルトを見送った二人は、この手隙に依頼の品を依頼主に納品しに行くことにするのだった。
◇
というわけで二人は依頼主の下へ。
向かった場所はメレチエレの町の薬屋だ。
冒険者ギルドからほどなく離れているけれど、ここからでもレイを迎える騒ぎは聞こえてきた。
そんな声を流し聞きながら、二人は並ぶ建物の中から薬屋を探す。
「薬屋の名前はなんだったか?」
「確か『ガーデン・エルマ』だったはず」
「ガーデン……?」
薬屋なのに菜園とはいかなることか?
なんて思うパルフェットだけれど、店の佇まいを見れば一目瞭然だった。
「これは確かにガーデンだなぁ……」
街の家並みの中に一件、玄関先まで植物に汚染された家があった。道路を侵食するほどに積み上げられた植木鉢は、置く場所がないと家の壁に紐で吊るされているものもあって、まるで植物が家の形をしているように思えるほどに生い茂っている。
そしてよくよく家を観察してみれば、植物に埋もれた看板を見つけられた。
ガーデン・エルマ。
ここが依頼主の所在のようだ。
「たのもう!」
そうとわかればさっそくとばかりに乗り込むパルフェット。その後ろをついてアネッサ共々薬屋の中に入ってみれば、外観と同じくうっそうと植物が生い茂る家の中に、一人の老婆が居た。
「なんだい、がきんちょ」
「依頼の納品に来た。ここはガーデン・エルマで間違いないな?」
「ふんっ……確かにここは、この町のガーデン・エルマで間違いないがね……」
腰を曲げた老婆がパルフェットの方に歩くと、そのままスコンとパルフェットは頭をはたかれた。
「年上には敬意を払って敬語を使わんかい!」
「いっ……」
思いのほか痛いゲンコツであった。
身を縮めて痛みを訴えるパルフェット。
それを無視して、老婆はアネッサの方を見る。
「あ……こ、これ依頼の品です」
「ふんっ」
一連の出来事にアネッサは驚きと怯えを見せつつ、素直に依頼品を入れた袋を渡す。中身はもちろん薬草とイモリ。それを確かめた老婆は、ぎょろりとした瞳をアネッサの方に向けた。
「まったく、何を考えてこんながきんちょに冒険者なんてやらせてんだい……」
それはここにはいない誰かに向けた文句のように、空に向けて呟かれるけれど――次の瞬間には、ぎょろぎょろと二人を見た後、彼女はアネッサの手を掴んだ。
「ひっ……!?」
驚くアネッサ。
けれど、老婆は彼女の様子など知ったこっちゃないと一方的に用件を言う。
「ついてきな」
そう言って、アネッサだけが薬屋の奥へと連れていかれてしまった。
そしてようやく、げんこつの痛みから戻って来たパルフェットが、やれやれと立ち上がったときには、薬屋の入り口には彼女一人になってしまっているのだった。
「……俺を置いてくなよ」
そう言って不満のままにふくれっ面になりながらも、彼女もまた薬屋の奥へと向かった。
草だらけの薬屋の奥ももちろん草だらけ。一応、花もあれば、タンスやテーブルなどの調度品もあるけれど、やはり目につくのは部屋を覆いつくさんばかりに生い茂る緑だろう。
気分はまるでジャングルの奥地。
というか勝手に入ってよかったのだろうか? 深く考えた後、まあいいかとパルフェットは家の奥に進む。
店の奥はおそらくリビングと思しき部屋で、更にその奥の部屋に連れていかれたアネッサは居た。
探していたアネッサは、机の前で何かを見ていて、そのすぐ後ろに件の老婆が立っている。パルフェットが入室すると同時に、老婆はパルフェットの存在に気が付いた。
「ん? ああ、そういやそっちも居たね」
「俺のことを忘れ……忘れないでください」
「ふん……まあいいか。忘れてた件は悪かったよ。あんたは背が小さいから、しゃがまれたらどこにいるかわかりゃしないんだ」
「むぅ……」
さっきのげんこつは痛かった。
それこそシスターコナのチョップよりも痛かった。そんなもの二度も受けたくなかったパルフェットは、渋々いつもの口調を少し変えて、ぎこちなく喋る。
老婆はその言葉を聞いて、まだ満足いっていないかのように不満げな顔をしているけれど、ゲンコツが飛んでこなかった以上は、許されたのだろう。
それはそうと、
「アネッサは何をしてるんですか?」
老婆の前で、机に向かって何かしているアネッサの様子をうかがうパルフェット。なにやらすごく集中した様子の彼女は、パルフェットが追いかけてきたのにも気づいていない様子だ。
そして数秒後、机の上の何かを掴んで彼女は言う。
「これとこれとこれ! あってますよね!」
「……まあまあだね。それと、あんたの連れが追いかけてきたよ」
アネッサが手に持っていたものは草だった。
何本かの草。葉っぱの形が違うことから、それらはそれぞれ違う種類の草であることは見て取れるけれど、それ以上のことはわからなかった。
とにかく、アネッサはそれらを握りしめて、老婆に何か自慢をするように話している。そして老婆が指摘して初めて、アネッサはパルフェットの存在に気が付いた。
「え、あパフィ! 置いてっちゃってごめんね?」
「それはいいけどよ……何してたんだ?」
と、パルフェットが訊ねれば、自慢げにアネッサは言う。
「薬学を学んでるのよ!」
「なるほど」
いったいどこでどんな話があったのかという疑問は残るが、どうやらアネッサが握っていた草はただの雑草ではなく、薬草の類であったらしい。
「バラクさんがね、教えてくれるって言って。絶対、ぜぇったい旅の役に立つから、私もぜひお願いしますって言ったんだ!」
「そりゃ確かに役に立つだろうが……」
ちらり、と老婆――もといバラクの方を見るパルフェット。
パルフェットと視線が合ったバラクは、一言。
「あたしゃ馬鹿の相手はしないよ」
「いや、そうじゃなく……てですね」
「見込みがあったから引っ張って来ただけだ。少なくとも、お前はそんなんじゃないだろう」
「そりゃそうだが……ですが」
果たしてアネッサの何に惹かれたのか、とにもかくにもアネッサはこのバラクに弟子入りしたようだ。
まあ、今は旅の基盤を整える期間。
冒険者としての実力をつけるのに、薬学の知識を蓄え、治療ができるようになるのも決して遠回りの道ではない。むしろそちらの方が、替えの利かない役割かもしれない。
「とりあえず、依頼の時以外は私はバラクさんにいろいろと教えてもらうから、パフィは自由にしてていいよ」
「そうか。ま、頑張れよ」
「ふふん、まっかせなさい!」
思い返せば、アネッサは教会に居た頃から本の虫。知識を蓄えること自体が、彼女の趣味なのかもしれない。それにしても……
(なんだか焦ってないか、アネッサ)
薬学の知識を取り込もうとしている彼女の後姿を見たパルフェットは、心の内側でそう思うのだった。




