第12話 憧れの存在
アネッサが冒険者になって一週間が経過した。
教会から旅立った日から数えれば実に十日ほどの時間が経過しており、見習い冒険者としての生活にもそろそろ慣れてきたころ。
そしてパルフェットにとっても、この一週間はこの世界を知るのに実に有意義な時間だったと言えるだろう。
なにしろ彼女は世間知らず。これは前世の知識の有無にかかわらず、教会という一種の閉鎖空間の中に居たのだ。もちろん、教会の子供には買い出しなどの仕事が与えられることもあったけれど……大抵は12歳で社会に出るのを控えた年長者の仕事で、パルフェットが外に買い出しに出かけることはなかった。
なので魔王についての情報を集めるついでに、世間と自分の間にある常識のすり合わせをするにはもってこいの時間だった。
ちなみに、魔王について分かったことは以下の通り。
・王都で大きな騒ぎになっていて、それは戦争に関係することかもしれない。
・王都で異形の集団を見た――という噂を聞いたことがある。
・王都の方から逃げてきた人間がいるとかいないとか。
なお、上記の信憑性は噂の域を出ない。
とはいえ、王都で何かが起きていることは確実だろうというのが、パルフェットの見込みである。それにここは王国の端も端。王都に近づくにつれて、情報の精度は高くなっていくことは間違いなく、とにかく今は旅路の基盤を整えることが先決だ。
例えばそう、アネッサの冒険者としての実力をしっかりと整え、王都までの路銀を得る手段を増やしたりとか。
そのためにはやはり、先輩冒険者から、冒険者のイロハを教わるのが手っ取り早いわけで――
「なんで俺がお前らとパーティーを組まないといけないんだよ!」
結局、狼退治の依頼以降も、二人とコルトの関係は続いていた。
ちなみにパーティーというのは、冒険者の集団を指す言葉であり、4~5人前後の団体がパーティーに該当する。10人以上の団体はクランと呼ばれるが、大所帯だと行動に支障が出るため、多くの冒険者がパーティー単位で活動している。
なお、文句を言うコルトだけれども、なんだかんだとアネッサの活動にはついてきてくれて、必要とあれば(あるいは気分が乗った時だけ)何か教えてくれたりする。
これもすべてはギルドマスターのガンドラの采配だ。どうやらコルトは彼には頭が上がらないらしいし、ガンドラもガンドラで何か思惑があるらしく、積極的にコルトとアネッサを引き合わせている。
なお、ここまで冒険者について語ったが、パルフェットは冒険者ではない。彼女はまだ10歳の少女だ。冒険者の資格は12歳から。……無論、そこまで厳密に定められた規律ではないけれど、実年齢よりも少し幼く見えるパルフェットが冒険者を名乗ることは認められなかった。
「……チッ、それで次は何の依頼に行くんだよ」
「薬草と……ヤモリの捕獲?」
「ああ、エルディアヒガシヤモリか。生薬に使うんだよ。そんなことも知らないのか」
「うぐっ……知らなかったのは事実だけど、なんであんたはそんなむかつく言い方しかできないのよ!」
そんな風に喧嘩交じりなやり取りから、今日もアネッサたちの活動は始まった。
今回の仕事は採取依頼。狼を追いかけるよりも地味な仕事だけれど、本で得たアネッサの知識を活かすにはもってこいの仕事だ。
もちろん、もっと派手な仕事をしたいコルトは不満たらたらといった様子で依頼書を眺めていたけれど、前よりも大人しくついてくるようになったのは目を見張る変化であろう。
あるいは、文句を言ったところで意味がないと思ったのか。とにもかくにも、三人は森へと向かうのだった。
「パフィ」
「どうした?」
その道すがら、前を歩くコルトの後ろで、アネッサが世間話でもするようにパルフェットへ話しかける。
「体の調子はどう?」
「んー……微妙だな。動けるっちゃ動けるが、腹の底の方がまだ痛む」
「大丈夫なのそれ……?」
「おそらくな」
教会で戦った後遺症は、十日経過した現在もパルフェットの体に残っている。なかなか治りの遅い後遺症だと思う一方で、筋肉痛や疲労とはまた違った種類の原因があるのだろうとぼんやりと思うパルフェット。
一番の不安は、あの一度の戦いだけでここまで後遺症が残っていることだ。ライカン自体は、ほぼ無傷で倒せる程度の相手であったけれど――もしも魔王軍の幹部とされる十人が、全員ライカンと同じ程度の実力だったとして、それら一人ずつ倒す過程で、毎回このようになってしまうのは流石に不味い。
もちろん、パルフェットが10歳の子供であることは十分承知である。けれど……あと十年――いや数年ほど時間を使い、パルフェットの体が成熟してくれるのを、魔王が待ってくれわけがない。
ならば、この後遺症を消すに至らずとも、軽減する方法はないものか。せめて根本的な原因がわかればいいのだが――と、そんな風に考えて、ふと思い出す。
「なあ、コルト」
「あぁ?」
「お前、前に狼を狩る時、槍ぃ光らせてただろ? あれなんだったんだ?」
パルフェットが思い出したのは数日前の狼狩りの時のこと。その時、コルトが狼に槍を投げる間際、彼の腕や槍が淡く光っていた。しかも光ると同時に、人間とは思えない身体能力を発揮したのだ。
それは奇しくも、ライカン襲来時に子供とは思えない身体能力を発揮した、パルフェットと同じように思えた。
あの時、パルフェットが自身の体が光っていたかはわからないけれど、そんな共通点からコルトへと訊ねてみた。
「……それ俺が説明する必要あるか?」
まあ、コルトがそれをまともに説明してくれるわけもなし、呆れた風な顔をして、彼はそう言うだけだった。
そんなコルトには、流石のパルフェットも困り顔で返すしかない。それからちらりと、アネッサの方に顔を向けるが――
「パフィは別に知らなくてもいいんじゃない?」
とまあ、そんな風に言われてしまうものだから、続けて聞くの憚られた。
それでも何かないかとパルフェットは考える。
どういうわけか教えてくれないのはまあいい。なら、せめて他にその理由になりそうな話でも聞けたら御の字だと。
ただしパルフェット、斬ることしか取り柄のない女である。その言葉に会話術なんてものはなく、口下手に話を回すことしかできない。
なのでこの質問も、適切な会話が思い浮かばなかった彼女の口から、とりあえず飛び出てきた反射的なものだった。
「コルトは、どうして冒険者やってんだ?」
「あん?」
再び話を振られたコルトは、面倒くさそうに振り返った。
これはまた、話も聞けずに突き放されるな、と思うパルフェット。しかし、意外にもコルトは意気揚々と話し始めた。
「そりゃお前、俺にはあこがれの兄貴が居るからな」
「兄貴?」
「最強の冒険者だ。俺は兄貴に並ぶために、冒険者をやってる」
どうやらそれは、コルトにとっては喋るだけで気分が良くなる話だったらしい。
「あれは五年前のことだ。まだ馬鹿なガキだった俺が風変わりな魔物に襲われたとき、兄貴はさっそうと駆けつけて魔物を攻撃! 槍の一突きで見上げるような巨体の魔物をしとめちまった! 一撃だぞ、一撃! 俺はその時、兄貴について行こうって決めたんだよ」
パルフェットの歩幅に合わせて横に並んだコルトは、それはもう鼻高々と語りに入る。
「俺の槍は兄貴に教えてもらったもんだ。たった一週間だがな。それでも俺には十分な時間さ。なにせ俺は天才だからな」
「ほう、それはすごいな。しかし……その兄貴とは、一緒に旅に出なかったのか?」
「チッ……そりゃ……俺がまだ幼かったからな。その時俺は八歳だ。旅に出れるような年齢じゃない」
なるほど、と思うパルフェット。
彼女の前世は、五歳の頃には野盗の真似事をして各地を彷徨っていたけれど――確かに大人の実力者について行くとなると、八歳の子供など連れて行けないのは道理か。
「だから俺は、もう一回兄貴に会うまでに、最強になる必要があるんだ。でけぇ魔物を狩って、名を上げる。そして兄貴と再会して、今度こそ兄貴について行く」
それは一つの覚悟だった。
憧れを掴もうとする少年が抱いた、力強い覚悟である。
ふと、そこでパルフェットは訊ねた。
「なら、追いかけないのか? 聞いたところじゃ……名を上げられるような魔物は、この町の辺りじゃ出ねぇんだろ? なら、もっと魔物の出るところに行った方がいいじゃねぇか」
それは不躾な質問だけれど、特に不快感を示すようなそぶりは見せず、当たり前のことを言うようにコルトは言う。
「兄貴が言ったんだ。また俺に会いに来るってな。俺はそれを、待ってんだよ」
「なるほど」
旅人の戻るという言葉を、果たして信じていいものか、パルフェットはわからなかった。
とはいえ、
「そんなに強い人間なら、一度は会ってみたいねぇ」
「フッ、そん時は俺が話を付けてやるよ」
いつも刺々しいコルトだけれど、この話をする時だけは子供のように晴れやかな顔をしている。
それだけ、コルトはその兄貴が好きなのだろうということがわかって、パルフェットも気持ちが良い。
そしてそれを、一歩下がったところで聞いていたアネッサも――
「……ふーん」
彼女もまた、憧れの人に近づきたくて冒険者になった一人だ。
だから少し……ほんの少しだけ。
コルトの気持ちがわかった。
そんな昼下がりの出来事だった。




