第11話 一匹狼
狼退治三日目。
「獲ったぞクソがァァァァ!!」
ようやく狼は退治された。
「お、終わったぁ……」
コルトが掲げた狼の死体を見て、ようやく終わったかとアネッサが脱力する。たかが狼、されど狼、けれど魔物でもない獣一匹を狩るのにここまで時間がかかってしまったこともあって、そろそろ自信が無くなってきていたアネッサだったのだ。
一応、コルトのサポートがあったとはいえ、狩ることができた以上はメンタルブレイクせずに済んで一安心といったところだろう。
「おい、お前ら! さっさとあの爺さんに報告行くぞ!」
「こんだけ手間とらせたのよ、がっぽりいただくわよ!」
もうなんだかよくわからないぐらいハイテンションな二人である。昨日の敵は今日の友……とは言わないけれど、並んで歩く姿には、流石のパルフェットもクスリと笑ってしまう。
「それはいいが、小腹が空いたし昼飯にしようぜ。獲った以上、もうどこにも逃げないことだしな」
ただ、急いで報告に行こうとする二人の背中へ、パルフェットはそんな提案をした。なにしろ、狼狩りにのめりこみ過ぎて、今日は朝食も抜いて森に狩り出た三人なのだ。そろそろ日が午後の坂を下り始めるころ合いで、流石のパルフェットも何か食べたくなってきたのだ。
「あぁ!? そんな暇……」
自分の行動を邪魔するような提案に、パルフェットに詰め寄るコルトだけれど――その途中で彼の腹の虫が、待ってましたと言わんばかりにぐぅ~となり出してしまったのだから立つ瀬がない。
ぷるぷると羞恥に震えるコルトは、何も言わなくなってしまった。
「それはいいけど、町までしばらく歩くわよ? それとも何か昼食になる物でも持ってきてるの?」
さて、そんなコルトは横に措いて、アネッサはそう尋ね返した。そもそも昼食を森で取るということすら考えずに飛び出して来たのだ。アネッサはもちろん、コルトの懐にも腹ごしらえになるものはない。
ただ、パルフェットは得意げな顔をして、アネッサに腰につけていた布袋を差し出した。
「ガンドラからの差し入れだ。どうやら飯抜きで狼狩りをすることは予想済みだったらしいぜ」
中には、三人分のパンが入っていた。
どうやら朝、まだ日が昇りたての内にパルフェットがガンドラから受け取っていたもの様だ。
『どうせ間食の準備もしてないんだろ。腹が減ったら全員で分けて食えよ』
とまあ、無鉄砲に走る二人の行動を彼は見事に予想していたのである。
「帰ったら感謝しなくちゃな」
そう言って、パルフェットは自分の分とアネッサの分を取り、残ったパンをコルトの方へと差し出した。この時、憎まれ口の一つでも言われると思ったパルフェットだったけれど――
「……チッ、おせっかいなんだよあいつは……」
意外なことに、コルトは大人しくパンを受け取ってかぶりついた。
それがどうにも、パルフェットには面白く見えたのだろう。ふははっと彼女は笑ってしまった。
「何かおかしいかよ」
とまあ、もちろんコルトには睨まれてしまうけれど、何でもないとパルフェットは言う。パンを口に含んでいるからだろうか、今日の彼は、そこまで大きな声で憎まれ口を言わなかった。
「それにしても」
もそもそとパンを食べ終わって開口一番、アネッサが一つ不思議な話をした。彼女はちらりと、狩った狼の死体を見ながら言う。
「ほかの狼はどこに行っちゃったんだろ?」
「ほかの狼?」
コルトが珍しく怒鳴り声ではない言葉でアネッサに反応した。
本当のところ、アネッサはパルフェットに話しかけたのだろうけれど――まあ、憎まれ口で話さないのなら、特にいがみ合い理由もない。態度に棘を残しつつも、アネッサは語った。
「本で読んだんだけど、狼って群で動くんだよね。少なくても4、5匹ぐらいの群れ。なのに私たちが狩った狼ってさ、この森の中をずっと一匹で逃げ回ってた。群の仲間はどこに行っちゃったんだろ?」
「……ふむ、確かに不思議だな」
アネッサの疑問に、パルフェットが腕を組んで考える。もちろん、それらしい理由なんて、縄張り争いに敗走したとか、他の群れがすでに死んでしまっているとか、そんな理由ばかりだ。
一匹狼だなんて言葉もあるけれど――あれは、普通なら群れている狼のイレギュラーだからこそ、その名前が広まったのだ。
「……そういや聞いたことがある。狼は縄張り意識が高いってな。それにしちゃ俺たちに追いかけまわされている内に、反撃する気配はみじんも感じなかったな」
パルフェットが感じている不思議な予感には、どうやらコルトも心当たりがあるらしい。ただ、コルトの場合は不思議な疑問ではなく――
「何か面白いことが起きるかもしれねぇな」
なにか謎めいた事件を予感させ、胸中をワクワクと高ぶらせる予感であった。
「狼かぁ……」
腕を組んで、昔のことを思い出すパルフェット。昔といえばもちろん前世のことだけれど、狼だなんて野盗と同じく、襲ってきたら斬り返す相手でしかなかった手前、群れや習性などあまり気にしたことがなかった。
なので彼女はうんうんと唸りながら悩むだけであり、しかも悩んでいるように見せかけて、実のところ狼の知識などあんまり持っていないパルフェットなものだから、どんどんと考えてることが違う方へと転がっていった。
「……」
狼といえば、あの異形。
教会のある丘に襲来した魔王の配下のライカンのことを思い出す。
人間とは違う異種族のことは、話に聞いたことがある。ただ……あれでライカンが率いる軍団が狼の異形集団ならば、そう言う種族の軍団なのだと説明が付くが、違った。
異形には様々な形があり、共通点は人の形をしているということだけ。
それが一つの軍隊のようにまとまり、目的を達しようと動いている。
中には明らかに統率のとれなさそうな、殺人的享楽に身を任せている異形も居た。けれど最低限の規律は保たれている様だった。
それは前世の記憶で、様々な戦に参加してきたパルフェットによって異様な光景だった。
集団は規律がなければ成り立たない。
そして規律は、画一たる共通点によって保たれる。
それは旗印であったり、軍服であったり、思想であったり――仲間と同じであることに、意味があるのだ。
けれど、あの異形たちにはそれを感じられなかった。
或いは――そんな垣根すらも関係ないほどに、魔王に忠誠を誓っていたのか。
「相対すればわかることか」
すっかり狼のことなど忘れ、思いに耽るパルフェットだった。
「うーん、わかんないや。ま、ギルドマスターさんに聞けばいいか」
「ふんっ」
そして狼について考えていた二人の方も、結局これだと言いたくなるような理由も思いつかず、なにもわからないまま小休止は終わった。
それから、狼の尾を戦利品として持ち帰りった三人は、見事最初の依頼を達成するのだった。
「ふふん、もう素人なんて言わせないからね」
とは、依頼達成後のアネッサが、自信満々にコルトへと言い放った言葉だけれど。
「ハッ! 依頼一つこなしただけで何が素人じゃないだよ。そもそもアネッサ、狼を狩ったのは俺だろが!」
「違います~! 私はコルトの面を立てて譲ってあげただけです~!」
「んだとッ!?」
とまあ、相も変わらず喧嘩を始める二人で、それをすぐそばて見ていたパルフェットは、二人の平和な様子にくすりと笑った。




