第10話 槍使いの実力
さて、狼退治二日目。
依頼を受けた以上、最後までやり遂げるのは冒険者として最低限の責任だ。
そうしてこうして朝から再びメレチエレの森へと向かったパルフェット一行だ。ただ――その道のりには、意外なメンバーも混ざっていた。
「狼は匂いに敏感だ……簡単に近づけると思うなよ」
「知ってる」
「チッ、そうかよ」
アネッサと並んで森の中を歩いているのは、彼女の指導役として仕事を任されていたコルトである。
というのも昨日、依頼の報酬の話が終わるや否やそれっきり仕事を投げ出したコルトのことをギルドマスターに話したところ、
『コルトォ!! てめぇ任された仕事はしっかりとこなせぇ!!』
とまあ、そんな風に怒鳴られた後、重たいゲンコツを食らって叱られたコルトである。それはもう説教は長いこと行われていて、これに懲りたコルトは今度はちゃんと森までついてきてくれるようだ。
「ったく……なんで俺が魔物でもない雑魚を狩らないといけないんだ」
そんな風に悪態を付くコルトだけれど、流石にギルドマスターには逆らえないらしい。
なお、コルトが説教されていた様子を横で見ていたパルフェットは、叱るギルドマスターの姿に、育ての親のシスターコナの姿が重なって見えたこともあって、パルフェットはギルドマスターに変な好感を覚えていたりする。
「いた、狼だ」
さて、話を戻してメレチエレの森の中、狼を探して森を散策する一行は、森の中の小川で水を飲んでいる狼の姿を見つけた。
メレチエレの森は地形的な起伏が少なく、また木々同士の距離がそれなりに開いていることもあって、遠くの方まで見通せる。
後は注意深い観察力さえあれば、100メートル先に見えた狼に気づくことができるだろう。
「ふん、見てろよド素人。狼狩りってのはこうやるんだ」
そう言って前に出たコルトは、右手に持った槍を強く握りしめる。
「む?」
その時、パルフェットは彼の右手に何か不思議な力が集まっているのを感じた。それからその力は、彼の右腕全体と、二メートル弱はある槍をほのかな光となって包み込んでいく。
そして、コルトは――
「ラァッ!!」
槍を投げた。
投げられた槍は猛烈な速度で森の中を突き進み、強烈な風を伴いながら狼へと飛来する。それはさながら一本の矢。空を切り裂く一矢が、狼の体を――
「あ、外した」
体を貫くことはなかったけれど、しかし狙いは悪くなかった。逸れた距離は僅か十センチ。これが100メートル先の的を狙ったやり投げと考えれば、十分すぎる結果だろう。
実際、その結果を見ていたパルフェットは目を丸くして驚いていた。投射投擲を得意とする豪傑は、彼女の前世にもいくらでもいたけれど――14歳の少年が投げた槍が100メートル先まで飛んでいくだなんて、前世では考えられないことだった。
そして100メートルも離れた場所から槍が飛んできたことに驚いて、狼は飛ぶように逃げ出した。
「あぁ!? くそっ!」
「外した……フッ、あんたも大したことないじゃん」
「なっ……うるせぇぞアネッサ!」
「おい、喧嘩するよりも先に狼を追いかけるぞ二人とも」
昨日の仕返しでもするように、槍を外したコルトを馬鹿にするアネッサ。無論、そんなことを言われて黙っていられるコルトではない。眉間に深いしわを寄せて、彼はアネッサを睨みつける――が、このまま喧嘩が始まったら狼を逃がしてしまうと判断したパルフェットが、二人の間に入って何とか仲裁をした。
「チッ……覚えてろよ!」
「ハッ」
相変わらず、相性の悪い二人を見てパルフェットは思う。
(アネッサにも負けず嫌いな一面があったんだな)
教会に居た頃のアネッサは、パルフェットからしてみれば頼りになる姉貴分といった感じだった。それが相性の悪い相手にはここまで徹底抗戦の構えを取るだなんて……つくづく、人間というものはわからない。
わからないけれど……パルフェットにとって、そんな一面を感じられるのは、うれしく、そして楽しいことだった。
それは孤独に生きてきた前世では、味わうことのなかった感覚なのだから――
◇
「それで、また狼を取り逃がしたのかよ」
「今度は二人が喧嘩をし始めてなぁ……」
そして昼下がり。
パルフェットは、冒険者ギルドでギルドマスターに依頼の進捗について報告していた。
というのも、彼女らは夕方になる前に森の散策を切り上げてきたのだけれど、肝心の狼退治は何一つとして進んでいなかった。
原因は――いうまでもないことか。
「なぁにが『狼狩りはこうやるんだ』よ! 肝心の槍は一本も当たってないじゃない!」
「うるせぇぇぇぇぇ!!! 自分の実力不足を棚に上げて喋るんじゃねぇド素人!!」
「私が居なきゃ狼の一匹も追跡できないくせに偉そうぶってんじゃないわよ!! 森を歩く知識がなくても冒険者ってのは務まるのかしら!?」
とまあ、ギルドに戻ってきても喧嘩を続ける二人を見れば一目瞭然だ。
「まあ……なんだ。俺んところのガキが迷惑かけてるな」
コルトをアネッサの指導役としてあてがったのは他でもないギルドマスターの采配であるため、彼は少し申し訳なさそうにそう言うけれど、パルフェットは苦笑しながらも楽し気に言う。
「いやぁ、俺は楽しいからいいんだけどな。こういう雰囲気は好きだ」
「そうか」
カウンターの内側で食器を拭きながら話すギルドマスターは、そんなパルフェットの言葉に、僅かに柔らかい笑顔を見せてそう言った。
「しかし、変に落ち着いているなお前は。名前はなんだったか」
「パルフェットだ。覚えてくれよ、大将」
「俺のことはギルドマスターと呼べ。もしくはガンドラでもいいぞ。そっちが本名だ」
「おう、そうか。よろしくなガンドラ」
にやにやとそう言うパルフェットは、子供とは思えない態度でガンドラの名を呼んだ。ガンドラはそれを、大人ぶりたい年頃なのだろうと判断した。
「そう言えばガンドラ。少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「いいぞ。 冒険者に関することならなんでも。もちろんこの町のことでもいいぜ」
どんと来いと胸を叩いて自分の頼り甲斐をアピールするガンドラに、それはそれは頼もしいと満足げな笑顔を浮かべるパルフェットは、それじゃあ遠慮なくと一つ訊ねた。
「魔王って知ってるか?」
「……魔王か」
魔王。
それはパルフェットが目指す敵の名前だ。
しかし、パルフェットはその名前についてあまり多くのことを知らない。
怪人たちを率いてこの国の王を降伏させ、その後各地の教会を破壊することを目的としている――せいぜいその程度の知識しかない。
だからこそパルフェットは、魔王について情報を集めていた。
「王都の方で魔王とやらが事件を起こした、ってのは聞く話だな。だが、それが何かは生憎と詳しくない。なにせここから王都まで何百キロと離れているからな。たとえ戦争があったとしても、こっちに火の粉が飛んでくることはないから安心しろ」
「はぁ、なるほど。だからここは、魔王の噂を聞くほど治安が荒れてたりしないわけか」
「王都の方が酷いと聞くがな」
メレチエレの町はエルディアの東の果て。確かに、王都で戦争があったとしても、戦争の影響が感じられなくてもおかしくない。
ただそうなると、なぜこのメレチエレに近い場所にあった教会に、あの怪物たちが襲って来たのかが気になるところだ。
何か理由でもあったのだろうかと、パルフェットは考えるが――やはり情報が少なすぎて、それらしい答えを出すことはできなかった。
「だが、腐っても王都だ。王やその周辺に何か変革があったとしたら、もしかしたらここにも変化が起きるかもしれないな」
「穏やかじゃねぇなぁ」
ガンドラのその言葉は、戦争という言葉を子供向けに濁したものなのかもしれない。それを感じ取ったパルフェットは、前世の記憶にある戦いを思い出した。
かつては血で血を争う戦国時代に生きていた彼女である。その凄惨さは嫌というほど知っている。
だからこそ、彼女は座っていた椅子の背もたれに体を預けながら、天井を見上げて言う。
「酷いことにならねぇといいが」
そう言って、パルフェットは未だ喧嘩を続けるコルトとアネッサの方を見た。
「間抜けド素人がッ!」
「クソバカ高慢ちきィ!!」
争いなんて、あれぐらい馬鹿らしい方がいいのにと、パルフェットはぼんやりと思うのだった。




