第9話 狼退治
メレチエレの森は、平原の上にそのまま森林地帯を植えたような形をしていて、地形的な起伏は少ない。
だから町から森まで、そして森の中を移動するのにそこまで大きな労力はかからない。そんな森の端の方に、件の依頼書を書いた依頼主は居た。
「夜な夜な狼の遠吠えが聞こえてくるんだよ。その内、寝首をかかれて食い殺されちまうんじゃないかって……」
依頼主は老人で、森の近くの炭焼き小屋で、一人で生活しているようだ。そんな彼は、夜な夜な聞こえてくる狼の声に怯えているようだけれど――
「そう言うのはいいから、その遠吠えのした方向を教えてくれ」
「そ、そうか……」
依頼の話を聞きに来たコルトは、そんな老人の恐怖などどうでもいいとばかりに槍の石突で地面を叩き、威圧的な態度で話を片付けている。
「遠吠えはいつも西の方から聞こえてくるが……本当に大丈夫なのか?」
コルトの態度に威圧されて話を進める老人だけれど、ふとコルトの背後の方を見て、心配そうな顔つきになった。なにせ、狼の退治に行くというのに、集まっている人間は子供ばかり。本当に依頼をこなしてこれるのかと、彼は心配になってしまう。
ただ、コルトは苛立ちを隠さずに言う。
「あんたが何を心配しているのかは知らないが、要は狼を狩って来いってことだろ? なら問題ない。死体を持ってくれば依頼の完了ってことでいいな?」
「あ、ああ。狼の死体を持ってきたら、依頼料を払おう」
「了解」
そんな風に報酬の話を取り付けてから、コツコツとコルトは石突で地面を叩きつつ、アネッサたちの方へと振り返って言う。
「さて、それじゃあ依頼開始だ」
「……へ?」
突然放たれた突き放すようなコルトの言葉に目を丸くするアネッサ。ちなみにパルフェットは、後ろの方で炭焼き小屋を興味深そうに眺めているため、全く話を聞いていない。
そんなパルフェットのことを、コルトは完全に居ないものとして扱いながら、続けて言った。
「まさか、あれをしろこれをしろと俺が教えてやるとでも思ったのか? ほら、狼の退治だとよ。さっさと森に行かないと日が暮れちまうぞ」
「な……な……そんなのあり!?」
冒険者の手ほどきをしてくれると思っていたコルトだが、報酬の話をしたが最後、突き放すような態度になってしまった。
前言撤回、どうやら仕事でもやる気のない仕事は真面目にやらないタイプらしい。
「くっ……目にモノを見せてやるんだから!」
もちろん、コルトの態度がアネッサの対抗心をさらにヒートアップさせたのは言うまでもないだろう。
「パフィ! そんなところ見てないで森に行くよ!」
「お、話は終わったか」
とりあえずパルフェットの腕を掴んで、森の方に急ぐアネッサ。すぐに仕事を終わらせて、コルトをあっと驚かせようという腹積もりな彼女だけれど――
「おい、えーっと……アネッサだったっけか」
森に向かう彼女の背中に、コルトが言う。
「逃げたいならいつでも逃げていいぜ。ギルドマスターには、俺から上手く伝えておくからよ!」
そう言って、フンと鼻で笑うコルト。
もちろんアネッサは、褐色の肌を怒りで真っ赤に染め上げている。
心なしか、パルフェットと繋いだ手にも力がこもっている。
「少し痛い」
とまあパルフェットが言うけれど、怒り心頭なアネッサの耳には届いておらず、ただただ彼女はその怒りの咆哮を口から空へと吐き出した。
「なんなのあいつ! ムカつくぅうううう!!!」
「なぁ、アネッサ。手痛いんだが……」
「パフィ! 絶対……ぜぇーったい、狼を打ち取りに行くわよ!!」
「だから手……」
虚しきかな、パルフェットの訴えは届かぬまま、引きずられるように二人は森の中に消えていった。
そして最後に、二人の背中を見送った依頼人の老人はぽつりとつぶやく。
「本当に大丈夫なんだろうか……」
いろんな意味で、心配になってしまったようだ。
◇
依頼人を困らす狼を退治するため、森の中に入った二人。
とりあえずパルフェットはアネッサに手を放してもらい、ちょっとだけ赤くなってしまった片手を労わるように擦りながら、会話をする。
「狼ねぇ……そいつを狩るってのはいいが、策はあるのか?」
「そりゃもちろん! 私だって無策で来たわけじゃないんだからね!」
さっきの怒りが尾を引いているのだろう。なんだか興奮気味なアネッサは、声に力を込めてそう言った。
無策じゃないのはいいけれど、果たしてそれは策として成立するものなのか。ちょっとばかり不安になったパルフェットである。
アネッサは言う。
「弓よ! 本で読んだけど、狩りには弓を使うらしいわ。ふふん、教会に居た頃から、弓の作り方を覚えていた私に死角はないわ」
そんなことまでしていたのかと驚き半分、果たして弓を作れただけで狼が狩れるだろうかという不安半分で、アネッサの話を聞くパルフェット。
なまじ前世の知識があるものだから、弓の脅威は十分に承知しているパルフェットだけれども、戦国武将が扱うような弓術を、齢12歳に過ぎないアネッサが発揮できるとは到底思えない。
いざとなったら自分が斬るべきかと、パルフェットは腰に差した木の棒を握った。
「あ、パフィは手を出さないでね! これは私が冒険者になるための試練みたいなものだし、そもそもまだ教会の戦いから回復しきってないんでしょ」
「ん……まあそうだな」
しかし、そんなパルフェットのおせっかいをけん制するように、アネッサは顔を近づけてそう言った。
まあ、パルフェットは10歳の子供。冒険者のようなリスクのある仕事は12歳からという暗黙の了解があり、パルフェットはその了解をまだ満たしていない。また、年下の子供に助けられないと仕事一つできない冒険者なんて肩書は、アネッサの面目を潰すだけだ。
それに、教会の戦い――魔王の手先である『紫電』のライカンとの戦いの後遺症は、まだパルフェットの中に残っている。
目立ったような外傷はないため、後遺症のほとんどは子供の体で大立ち回りをした反動だとシスターコナは言っていた。そもそも、木の棒で何かを斬るだなんて神業、魔法も覚えていない子供ができるような技ではない。
普通じゃできないことをした。
ソレの代償だと考えれば、体に残る痛みも当然の結果である。
「わかった。頑張れよ、アネッサ」
「ふふん。私はお姉ちゃんなんだから、完璧にやってみせるわ!」
胸を張ったアネッサは、自信満々といった様子で高らかにそう宣言した。
――なお。
「なっ……ぜ、全然当たらないんだけど!!」
本の知識で弓を作り、これまた本の知識で狼の居場所を見つけることには成功したアネッサであったけれど、肝心の弓の腕はからっきしであり、びょんびょんと明後日の方向に矢を飛ばしている内に狼には逃げられてしまった。
無論、逃げる狼を追いかけないアネッサではない。
しかし、森全域を舞台として鬼ごっこに明け暮れたはいいけれど、結局夜が訪れるまでに狼をしとめることができなかったアネッサは、半泣きになりながらメレチエレに戻るのだった。
そんなアネッサたちの帰還を待っていたコルトが、狼との追いかけっこで泥だらけになってしまったアネッサの姿を腹を抱えて笑ったのは、また別のお話だ。




