第8話 片田舎の町
王国エルディアの東の更に東の地『メレチエレ』は、青々とした森林が広がる僻地である。
エルディアの中心地と呼ばれる王都からは隣国ほども離れており、このメレチエレに住む多くの人々は、自分たちの国の王の顔も知らないままに一生を終えてしまうような片田舎である。
そんな田舎に、その少年は居た。
「一、二ぃ、三、四……チッ、銅貨十枚じゃ宿代で消えちまうな。さぁて、どうすっか」
ある酒場の一角で、卓上の銀貨を数えるその少年の名はコルト。秋の紅葉のように明るい茶髪に、細くともがっしりとした体躯が特徴的で、彼の傍らに一本の槍が立てかけられているのを見る限り、槍を使って戦う武芸者であることが見て取れる。
彼は今、見ての通り手持ちの金を数えていたところなのだが、生憎と金欠につき、仕事を探しているところだった。
コルトのいる酒場は冒険者ギルドと併設されていて、酒場の入り口や柱に張り出された依頼書には、冒険者にやってほしい仕事とその対価が書き込まれている。
『野犬の退治。報酬:銅貨十枚』
『雑草の除去。報酬:銅貨三枚』
『隣町までの護衛。報酬:銅貨十三枚。道中までの食事付』
そういった雑多な依頼書をざっと見て、コルトは大きなため息をついた。
「あぁ……グレートな俺に相応しい依頼はないもんかねぇ」
そう言って、彼は抱きしめるように立てかけていた槍を抱える。
「おお、おお俺の槍が泣いているぜ。まったくこんな田舎じゃ碌な魔物がいないもんだから、暇だ暇だって涙を流してやがる」
「うるせぇぞコルト! そんなに魔物と戦いてぇなら、王都に行け!」
コルトが槍を片手に一人芝居をしていると、酒場のどこかからヤジが聞こえてきた。それを聞いてすぐ、コルトは立ち上がり怒声を上げる。
「あぁん!? 誰だ今俺に文句言った奴は! この俺が居るから、変な魔物が近づかないんだ感謝しやがれ!」
コルトにヤジを飛ばしたのはいったい誰なのか。酒場を右から左へと睨む彼の目には、酒場に居る全員が犯人に見えた。そして酒場に居た人間たちは、コルトに睨まれて視線を逸らす。それはまるで腫れ物に触れるかのような態度で、余計にコルトの癇に障った。
ただ、ここで犯人を追及したとしても意味がないことはコルトも十分に知っているから、彼は大きく息を吐き出した後、全身の力を抜くように椅子に座った。
「この世はクソだ。グレートな俺が活躍できないなんておかしいぜまったく」
それから天井を見上げた彼は、そんな風に呟いた。
「おい、コルト」
「あん? って、ギルドマスターか。んだよ」
さて、そうして天井を見上げていたコルトを呼ぶ声が一つ。怒声をそのまま静かにしたような声でコルトが返事をしてみれば、そこには冒険者ギルドを取り仕切るギルドマスターが立っていた。
ギルドマスターは背の高い偉丈夫で、コルトが立ち上がっても見上げなくてはならないほどの巨体である。
そんな男が、上から威圧的な視線を持ってコルトへ言う。
「嘆く分にはいいが、依頼書にケチをつけるな。依頼がなくなっちまう」
「チッ……わかったよ」
傍若無人を絵にかいたようなコルトであったが、ギルドマスターの言葉には渋々頷くようで、傍から見ればその姿は、まるで叱られてすねる子供のようだった。
いや、実際子供だ。
なにせまだ、コルトは14歳なのだから。
「ったく、お前はいつになったら丸くなるんだか。せめて同僚の冒険者たちとは仲良くしてくれよ。冒険者にとって一番大事なのは仲間なんだぞ」
と、ギルドマスターの小言は止まらず、うんざりとした顔のコルトが再び天井の方を向いた。
ただ、天井を見てもギルドマスターの背が高すぎるから、僅かにギルドマスターの顔が見えてうざったい。だからコルトは立ち上がり、小言を聞かなくていいようにと酒場から去ろうとする。
ただ、どこかへ行こうと歩き出したコルトの肩に、手が置かれた。がっちりとしたギルドマスターの手だ。この腕に捕まったら最後、無理やり振りほどくことは難しい。
だからコルトは、表情に全力で不機嫌を表して振り返った。そんなコルトへギルドマスターは言う。
「仕事だコルト。どうせ暇だろ、お前」
「金」
「銀貨二枚」
「……仕方ねぇ、受けてやるよ」
ちなみに、銀貨はちょうど銅貨100枚分の価値がある。だから金欠のコルトは、渋々ギルドマスターの言う仕事を受けることにした。
ただし――
「あ、アネッサと言います! よろしくお願いします!」
「俺はパルフェットだ。よろしくなぁ」
その仕事とは、新人冒険者の教育であった。しかも相手は12歳の少女と、その連れ添いの更なる子供。魔物の目の前に出せば、悲鳴を上げるだけ上げて食べられてしまいそうな二人を見て、コルトは嵐が巻き起こりそうなほどのため息を吐いた。
「俺はもっと、グレートな魔物を倒して名を上げてぇのに、子供のお守りなんてやってられるかよ!!」
◇
さて、少し視点を動かそう。
教会を出たパルフェットとアネッサは、林道に沿って歩き、一番近い町に向かった。
町の名はメレチエレ。簡素な田舎町である。
とはいえ、田舎といっても町は町。帽子屋や服屋といった服飾品店はもちろんのこと、鍛冶屋、馬屋に肉屋や雑貨売りと、一通りの店が揃っている。
もちろん、アネッサが志していた冒険者になるためのギルドもこの町にはあった。
冒険者ギルド。
それはいわゆる戦闘方面に長けた何でも屋の総称であり、害獣駆除や力仕事はもちろんのこと、この世界に蔓延る魔物たちの退治を生業としている仕事だ。
ただ、戦う以上は命の危険があり、魔物との戦闘ともなれば危険度はぐんと上昇するため、なりたがる人間は少ない。
ただ、度々叙事詩や冒険譚の一節に登場することもあってか、冒険者を夢見る子供は多かったりする――まあ、だからといって、死のリスクを負ってまで続けたいと思うかは別問題だ。
それに、冒険者は腕っぷしさえあれば名乗ることができる。そのため、脛に傷のある人間や、他の仕事ができない荒くれ物のような人間が多く所属しているのだ。
そんな様々な要因が重なって、冒険者の社会的な地位は低く、夢物語に語られるような華々しい冒険譚は、文字通りの夢の話でしかないけれど。
「すいません! 冒険者になりたいです!」
そんな逆風にもめげずに、アネッサは冒険者ギルドの門をたたいた。
彼女の胸にあるのは、実際に冒険者として活躍していたシスターコナの冒険譚だ。
空に浮かぶ海の話。
大地を覆いつくす火の話。
深淵に続く地の話。
草原を揺らす風の話。
それらは確かにアネッサの好奇心を揺らした。だから彼女は意気揚々と冒険者の門を叩いたわけだが――
「チッ……ハッ。アネッサにパルフェットね。どうせすぐやめるってのに、何を教えろってんだか……まあ銀貨が貰えるならやるが……ったくめんどくせぇ……。ああ、俺はコルトってんだ。ま、覚えなくてもいいが」
自分たちの自己紹介をそんな風に受け取る先輩冒険者の小言を前にして、早々にアネッサの心は折れかけていた。
彼女の胸中を表してみれば以下の通りだ。
(な、何この怖い人!? 私よりも少し年上に見えるけど……ちょっと態度悪すぎじゃない!? ああでも、シスターコナも怖かったし……もしかして冒険者ってこんな人ばっかりなのかな!?)
ちらりとアネッサは、隣のパルフェットに目を向けた。
コルトの態度にアネッサは怯えるけれど、反対にパルフェットはコルトの悪態を意にも介していなさそうな態度で、じんわりと表情の奥からにじみ出てきたような笑みを浮かべている。
果たして何を考えているのか。いや、何も考えてないかもしれない。せいぜい、面白そうな奴がいるなぐらいのことしか考えていないかもしれない。ただ、パルフェットはコルトを前に怯えた姿を見せていないのは事実なので、負けじとアネッサも気合を入れる。
冒険者になるのはアネッサの夢。
憧れのシスターコナに近づくため、彼女は腹に力を溜めて奮起するのだ。
「おい、それじゃあさっさと依頼に行くぞ」
「ひゃ、ひゃい!?」
奮起したはいいけれど、やっぱり怖いものは怖い。だからアネッサの思いっきり噛んだ返事が、冒険者ギルド中に響き渡った。
それを聞いて、コルトは一言。
「……フッ。変な声」
鼻で笑った。
アネッサの顔が耳まで真っ赤に染まる。
それからふつふつとした怒りが沸き上がってきた。
(この人……この人、失礼過ぎじゃない!?)
怒り心頭といった様子のアネッサは思う。
(絶対に見返してやる!)
すべての恐怖は消え去ったはいいけれど、今度は変な対抗心が湧いてきたアネッサであった。
何はともあれ、冒険者としてアネッサは最初の仕事に取り掛かることとなる。
「冒険者は依頼をこなす。依頼は住人共が出す、助けてくれってお願いだ。それをこなして、金を貰う。だからまずは、依頼を一つこなして見せろ」
そう言って、コルトは一枚の依頼書を持ってきた。
『野犬の退治。報酬:銅貨十枚』
「依頼書の一枚もこなせないようじゃ、冒険者は務まらねぇぞ」
どうやらコルトは、悪態はつきつつも仕事はきっちりこなすタイプのようだ。




