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転生したらラーメンの無い世界だったので ラーメン職人になることにした  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第六章 啜る者たち

第六章 啜る者たち


白耀粉の袋が、日に日に軽くなっていった。

 スープは完成している。チャーシューも完璧。

 かんすいも見つけた。麺も黄金に輝く。


 ――なのに、完成しない。


 厨房の奥。夜。

 メンジロウは黙って火を見つめていた。

 寸胴の中でスープが静かに沸き立つ音が、心臓の鼓動のように響く。


 何度目かの試作。

 啜り、噛み、飲み込む。

 ……違う。


 湯気の向こうに、完璧なはずの味がある。

 だが、その一口には“生きた呼吸”がない。


 レナがそっと覗き込む。

「もう何日も続けてます。粉も……残りわずかですよ」

「わかってる」

「これで十分美味しいです。領主様も満足されるはずです」

「俺が満足してねぇ」


 その声は、冷静で、だが刺すように鋭かった。



 翌朝。

 ミナミナがスプーンを片手に座っていた。

「今日も試作品か? 腹は空いてるぞ!」

 能天気な声に、メンジロウの眉がわずかに動く。

 それでも彼は止めず、湯を張り、麺を落とす。


 スープが香る。

 チャーシューが沈む。

 黄金の麺が白い泡の中を泳ぐ。


「はい、できた」

 湯気の向こう、ミナミナが箸を構える。


 ズズッ。ズズズッ。

 周囲が一瞬静まる。

 彼女の目が見開かれる。


「うまい! ……けど、なんか足りねぇ!」

「足りねぇ?」

「うん。腹はいっぱいなのに、食べ足りねぇんだ」


 メンジロウはその言葉に目を細めた。

「食べ足りない……か」


 一口啜って、思考の奥を探る。

 量ではない。塩でも、香りでもない。

 “満ちない”理由――。


 記憶の底から、湯気が立ち上る。

 転生前、東京・秋葉原の路地裏。

 屋号《麺屋清誠》。

 行列の中で何時間も待った。

 カウンターに座り、初めて啜ったときの――

 あの長く、永遠みたいな一口。


「……そうか」


 彼は顔を上げた。


「麺が、短ぇんだ」


「短い?」

「啜るって行為は、食うことじゃねぇ。

 呼吸なんだ。吸って、噛んで、飲み込んで……その間、全部が一体になる。

 麺が短けりゃ、その呼吸が途切れる。

 食べ足りねぇのは、命の長さが足りねぇからだ」


 レナが驚いた顔で息を呑んだ。

「……そんなことで味が変わるんですか?」

「味は変わらねぇ。

 でも“体験”が変わるんだ。

 料理は舌じゃなく、心で食うもんだ」



 彼は生地を打ち直した。

 延ばす。延ばす。

 粉の抵抗が強くなる。

 打ち粉は同じ粉。

 余分なものを混ぜるのは邪道だと呟きながら、手に粉をまぶす。

 粉の香りすら、味のうちだ。


「切り幅、〇・九ミリ……長さ、三十七センチ前後」

 呟きながら包丁を入れる。

 前よりも、ほんのわずかに長くしただけ。

 だが、湯の中で麺が踊る音が、確かに変わった。


 ズズッ、と空気を裂くような音。

「聞こえるか?」

「え、何を?」

「麺が……歌ってる」



 スープに麺を沈めた瞬間、香りが広がった。

 黄金の湯気が、光のように立ち昇る。

 湯気がまるで“呼吸”しているようだった。


「これだ」


 静かに箸を取り、一口啜る。


 舌の上で、スープと麺が一緒に滑り込む。

 香りが立ち上がり、塩気が追いかけ、

 チャーシューの脂がその後を包む。


 一瞬、時間が止まった。


「……完成だ」



 領主ローヴェン邸。

 銀の燭台、鏡のような床。

 豪奢な晩餐の席に、メンジロウのラーメンが運ばれた。


「ふむ……これが“新料理”か」

 領主は銀の器を覗き込む。

 湯気と共に香りが立つ。

 鼻をくすぐる未知の匂いに眉をひそめた。

「啜るというのは……下品ではないのか?」


「音は、味の証です」

 メンジロウが言う。

「黙って食うより、感謝の音を立てる方が正しい」


 静寂。

 領主は迷いながら、箸を取った。

 そして一口。


 ズズッ――。


 目が見開かれた。

 香りが広がり、脳がしびれる。

 熱が、味として舌の上を走る。

 身体の奥に、風が通るような感覚。


 彼は震える手で器を抱え、黙って啜り続けた。

 誰も言葉を発せなかった。


 やがて、丼の底が見えたとき、

 領主は小さく息を吐いた。


「……これは、魂の詩だ」


 その夜、ローヴェン領主は「ラーメン」をシオラの名物料理として認定した。


「この味を、領の誇りとせよ」



 翌朝。

 執事が推薦状を差し出した。

「メンマート商会へ。あなたの名で通ります」


 メンジロウはそれを受け取り、少しだけ眺めた。

 そして静かに返した。


「悪いが、まだ借りは作れねぇ。

 自分の足でBに上がる」


 レナが驚く。

「なぜ? これほどの実績があれば……」

「俺の“味”は、誰の看板にもならねぇ。

 必要なのは、肩書きじゃなく、丼の中身だ」


 ミナミナが笑った。

「真面目って言葉、あんたのためにあるな」

「そうかもな」

 メンジロウは笑い、厨房を振り返る。

 火の跡、焦げた鍋、割れた丼。

 どれも彼の戦場の痕だった。


「……この味で満足したら、終わりだ」



 昼。

 荷をまとめる。

 ミナミナが背に大剣を、メンジロウが腰に包丁を。

 エルシアとレナ、ガルザが店の前に立つ。


「帰ってきたら、また一杯作れよ!」

「そのときゃ、スープの火も絶やさねぇでおく」

 ガルザが笑い、両手を組む。


 メンジロウは軽く頷いた。

「その火、次はもっとでかくしてやる」


 二人は街道を歩き出した。

 背後で、湯気がひと筋、風に乗って流れていく。

 シオラの街がゆっくり遠ざかり、

 空の向こう、まだ見ぬ世界の匂いがした。


 メンジロウは小さく呟く。

「――ラーメンは、まだ終わっちゃいねぇ」

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