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転生したらラーメンの無い世界だったので ラーメン職人になることにした  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第四章 ヴァルヒ山脈の死地へ

朝のシオラは、いつもより冷えていた。

 街の通りを抜ける風に、かすかに塩の匂いが混じる。


 その風を一番に受けるのが、

 城下でも人気の店――ガルザ食堂だ。


 だが、今日は違った。


 いつもなら開店前から客であふれ、

 湯気と笑い声で賑わう通りが、静まり返っていた。


「……静かすぎる」

 厨房の少年が外を覗く。

 数人の客が立ち話をしているだけだ。


「黒い肉、もう無くなったってさ」

「普通の肉じゃ、あの味は出ねぇよな……」


 ぼそぼそと交わされる会話が、

 湯気より冷たく胸に刺さった。


 ガルザは包丁を動かしながら黙っていた。

 寸胴の中で白濁したスープが泡を弾く音が、

 やけに重く響く。


(香りは悪くねぇ。味も深くなってる。

 けど……客は正直だ)


 切り落としたチャーシューの端を指で摘む。

 味を確かめ、ため息をついた。


「兄ちゃんたち……

 本当に帰ってくるのか?」

 少年が呟いた。


 ガルザは答えず、

 静かに寸胴の蓋を閉めた。


(帰ってくるさ。あのメンジロウならな)


 ただの料理人の声じゃなかった。

 戦場に息づく職人の祈りだった。



 風が冷たくなり、

 大地が岩肌を覗かせ始めた頃――

 三人は山道を登っていた。


 先頭はミナミナ。

 露出の多い鎧の下、引き締まった腹筋が光る。

 赤髪を束ね、背に大剣。


「任せろ!前はオレが斬る!」

 豪快に笑う声が、山に反響する。


 後方にはエルシア。

 軽装のローブが風に揺れ、

 長い耳が周囲の気配を探る。


「……魔物、二。距離四十」


 その声を合図に、

 最後尾のメンジロウが拳を握った。

 掌の奥に、かすかな炎が灯る。


「ちょうど腹ごなしだな」


 次の瞬間、

 茂みを割って二頭の猪型魔獣が飛び出した。


「ブッ潰す!!」

 ミナミナの剣が一体を薙ぎ払う。

 地面に火花が散り、肉が焦げた匂いが広がる。


 もう一頭が突進。

 メンジロウは身を沈め、拳を突き上げた。


「腰が固い……ここだ」


 的確に関節を叩くと、

 骨の音と共に猪が崩れ落ちた。

 炎は関節だけを焼き、肉は無傷。


「戦い方がいちいち料理だな!」

「戦いも火加減だ」


 エルシアが苦笑し、

 怪我をしたミナミナの肩に薬草を押し当てた。


「あなた達、無鉄砲。

 でも……悪くない」


 三人の呼吸が、初めて揃った。



 山を登るたびに、空気が薄くなる。

 ヴァルヒ山脈。

 黒曜鋼と竜骨鉱を抱く、死の山。


 足場の悪い岩肌を、

 ミナミナが先に進み、

 メンジロウが背を押し、

 エルシアが後方を守る。


 その足音が、不意に止まった。


 洞窟。

 黒い石が光を反射している。


「ここが……黒曜鋼の洞窟か」

「入る?」

「入る」


 躊躇はなかった。


 光石を掲げると、

 天井や壁が鏡のように黒く光る。

 鉄と魔力の匂いが混じる。


 その奥から、

 金属をこすり合わせるような音。


 出てきたのは、

 鋼の膜を纏った猿の魔物――黒鉄猿。


「なんだこの肌!?斬れねぇ!」

 ミナミナの剣が弾かれた。


「関節!呼吸で膜が開く!」

「火加減は中火だな」


 メンジロウの炎拳が、

 猿の背中へ正確に突き刺さる。


「ギャッ!?」

 皮膚が焼け、鉄の匂いが漂った。


 ミナミナの剣がそこへ重なり、

 黒鉄猿は沈黙した。


「……火加減、完璧」

 エルシアの言葉は短く、それで十分だった。


 黒曜鋼の欠片を拾い、

 メンジロウは掌で感触を確かめた。


(鍋の胴はこれでいける。

 残るは――蓋)



 洞窟を抜けると、空気が変わった。

 熱が、肉の奥に潜り込むようにまとわりつく。


 転がる装備。

 折れた剣。

 食われたように消えた人影。


「風が……死んでる」

 エルシアが呟く。


「怖いなら引き返せ」

「怖くねぇ」

「怖いわよ」


 彼女は微笑んだ。

 それは、戦場の女が見せる苦い笑い。


「生きたまま飲み込まれる。

 それが竜の“食事”」


 地鳴りがした。

 岩が揺れ、塵が舞う。


「……来るぞ」


 山の裂け目から現れた影。

 黒く光る鱗。

 翼をまだ持たぬ、巨大な竜の子。


「古竜の子……」

 エルシアの声が震える。


「デカすぎだろ……」

 ミナミナが息を飲む。


「戦うな。

 素材だけ拾う」

 メンジロウの声は、震えを押し殺していた。


 地面に落ちた鱗。

 骨の欠片。


「今、拾うの?」

「今しかない」


 竜の子が咆哮を上げた。

 山全体が震える。


 ミナミナが叫ぶ。

「バレた!走れぇぇ!!」


 三人は全力で駆け出した。

 岩が砕け、風が叫ぶ。

 生きるための走りだった。



 気づけば、山の麓。

 全身が汗と血で濡れていた。


「死ぬかと思った……」

「でも、生きてる」

「……あなた達、本当に馬鹿」


 エルシアが笑った。

 柔らかく、初めて心から。


 メンジロウは拳を握る。

 掌の中には、竜骨鉱の欠片。


「これで、鍋が作れる」



 帰還。

 シオラの門前は騒然となった。


「全員無事だ!」

「メンジロウたちだ!」


 レナが駆け寄り、涙を浮かべて笑った。


「おかえりなさい……!」

「ただいま」


 ガルザも厨房から出てきた。

 黙って頷き、

 言葉の代わりに拳で背を叩く。


「お前……ようやったな」



 鍛冶屋・グレン。

 黒曜鋼と竜骨鉱を見つめ、

 ゆっくりと口角を上げた。


「まさか本当に持ち帰るとはな……」

「これで、腹を救う鍋を作れるか?」

「作ってやるよ。武器になる鍋をな」


 炎が上がる。

 金属が鳴る。

 魂を込める音だった。



 夜。

 ガルザ食堂の厨房に、新しい鍋が据えられた。

 黒曜鋼の胴に、竜骨鉱の蓋。

 世界に一つの、圧力鍋。


「火を入れるぞ」

「任せろ」


 メンジロウは、普通の豚肉を取り出す。

 脂を軽く落とし、塩をすり込み、香り草と芳香根を加える。

 水を張り、火にかける。


 低圧で10分、

 高圧で30分。


 蓋の魔力封印が青く光り、

 鍋が低く唸る。


 店の空気が熱を帯びた。

 時間がゆっくりと煮詰まっていく。


 火を止め、圧が落ちるのを待つ。

 蓋を開けると――

 湯気が一気にあふれ出た。


 現れたのは、ふるりと震える肉。

 箸を入れると、抵抗なく割れた。


「……柔らかい」

 エルシアが息を呑む。


 ガルザがひとかけらを口に運ぶ。

 目を閉じ、しばらく何も言わなかった。


「……塩だけで、これか」

「序の口だ」

 メンジロウの声が低く響く。


「醤を加え、麺が来れば――

 本物になる」


 三人は黙って鍋を見つめた。

 白い湯気が立ちのぼる。

 それは、未来の香りだった。


「まだ麺は見えない。

 だが――必ず啜らせる」

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