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転生したらラーメンの無い世界だったので ラーメン職人になることにした  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第二章 ラーメンへの階段は険しい

ガルザの食堂は、朝から戦場だった。


「スープ追加!」「こっちも三杯!」「また満席かよ!」

 店内は湯気と歓声で溢れている。


 白濁した豚骨スープ。

 まだラーメンではない、ただのスープだ。


 だが、この街の誰もがそれを啜りたがった。


「メンジロウ、骨が足りねぇぞ!」

 ガルザが厨房越しに怒鳴る。


「毎日客が二倍だ!

 お前が変なスープ作ったせいだろうが!」

 ガルザの額から汗が滴る。


 カウンターには昼前なのに列ができていた。


「旨い……これ飲むと元気出るな!」

「音を立てて啜るの、もう我慢できんわ!」

「あの細身の兄ちゃんが作ったんだって?」


 店の外まで広がる噂。

 客の期待。

 つまり成功だ。


 なのに、メンジロウだけは浮かない。


(違う……ここじゃない。

 これだけじゃない。

 ラーメンとは呼べない)


 満足できない胃袋が、

 啜りの先にある “麺” を探して吠えている。


「メンジロウ、なんで渋い顔してんだよ?」

 ミナミナが肩を叩く。


「こんなもんで、満足するな」

 メンジロウはスープを睨みつけた。


「このスープは……

 まだ半分だ」


 ミナミナがポカンとした瞬間、

 メンジロウは決意を固めて店を出た。


(次は――麺だ。絶対に)


シオラの朝は、パンと塩の匂いがする。

 市場の喧騒は活気があるように見えて、

 メンジロウにはどうにも薄っぺらく映った。


 広場いっぱいに小麦粉の袋が積まれている。

 だが、近づいて袋の口を少し開けてもらえば、

 その粉は灰色混じりで、ところどころ固まっていた。


(……湿気てる。虫の痕もある。

 これじゃ麺は……)


 舌先に粉を乗せる。


――ジャリッ。


 小さな石粉が歯に触れた。

 味以前の問題だ。


 メンジロウは苦い顔を隠さないまま、

 露店の商人へ問いかける。


「もっと良質な粉はないのか?」


 商人は呆れ顔で肩をすくめた。


「良い粉は全部、王都行きだよ。

 この街の庶民にゃ、こんなもんが精一杯さ」


「王都……誰が仕切ってる?」


「決まってるだろ。

 メンマート商会だ。

 この粉も全部、あそこの検品を通ってる」


 商人はどこか諦めたような笑みで言った。


「近づきたいなら、

 ランクの高い冒険者連れていくこったな」


 横で話を聞いていたミナミナが声を荒げる。


「オレはCランクだぞ!どうだ!」


「……“C”ねぇ」

 商人は鼻で笑い、踵を返した。


(信用のない者は、啜る権利すら無いってわけか)


 メンジロウは、不意に食道がきゅっと縮む気がした。

 この世界は味だけじゃなく、

 食うことそのものに階段を設けている。


「メンジロウ、どうする?引かねぇだろ?」


 ミナミナがこちらを見る。

 赤い髪が陽にきらついた。


「引かない。

 麺が駄目なら、先に肉を極める」


「肉なら任せろ!」

 ミナミナが笑う。


 少しだけ、救われた。



 昼下がり。

 城壁外の草原は風が強かった。

 ざわめく草の海に、一本の筋のように影が走る。


(……来る)


 鼻孔をくすぐる、甘い脂の匂い。

 視界の端に、黒い毛並みが揺れて現れる。


「いたか!?」

 ミナミナが大剣の柄に手をかける。


「普通のボアホッグじゃない。

 黒豚だ」


 黒い豚魔物は、

 鋭い眼光とよく通る鼻息で二人を見据えた。

 毛並みは艶やかで、肉の線も美しかった。


「うまいのか!?」

 ミナミナの質問。


「飛び抜けて」

 メンジロウの即答。


「よっしゃぁぁ!」


 ミナミナは一直線に突っ込んだ。

 だが黒豚はわずかに頭を傾け、

 風が流れるような動きで回避した。


 大剣が地面を抉る。


「速っ……!?」

 ミナミナが驚く。


 続いてメンジロウの炎拳が唸りを上げるが、

 黒豚は草を蹴り軽く宙を舞い、

 あっという間に草原の影へ消えた。


 残されたのは地面についた蹄跡だけ。


「なんなんだよアイツ……!」

 ミナミナが膝に手をついて息を荒げる。


「逃げ足と肉の質は比例する。

 旨い肉ほど、生き方が賢い」


「意味わかんねぇ!」

 叫びながらも、ミナミナの目は燃えていた。


「対策がいる。

 頭脳が必要だ」


「誰を呼ぶ?」


「レナだ」


「おっけぇ!脳筋じゃ分かんねぇ!」


「自覚はあるんだな」


 メンジロウは小さく笑う。

 風が肉の匂いを運び去っていった。



 ギルドは仕事を求める者で賑わっていた。

 だが受付カウンターの奥は静かで、涼しい。

 レナは紙束を整えつつ、話をじっと聞いた。


「黒豚……ですか。

 とても希少な魔物ですよ」


 レナは冊子を開く。

 精密な字で記された情報が並ぶ。


「西の旧リンゴ園の周辺で目撃情報が集中。

 果実が実る季節に、突然出没するらしいです」


 ミナミナが身を乗り出した。


「つまり、餌はリンゴ!」


「その通り。

 罠で誘い出すのが最適です」

 レナは落ち着いた声で言う。


「殴りたい気持ちは分かりますけど、

 まずは油断させることです」


「だが殴るんだな?」

 ミナミナ。


「最後だけです」

 レナ。


「任せろ!!」

 脳筋は満足した。


「夕暮れが狙い目です。

 周囲が静かになり、黒豚の警戒が緩む」


 メンジロウは頷く。


「今回の勝負は――

 啜れる肉のためだ」


 レナはわずかに笑う。


「了解しました。

 “ラーメン”の未来、期待しています」


 その言葉は、

 メンジロウの背中をぐっと押した。



 日が傾き始めた旧リンゴ園。

 林檎の木は荒れ、ところどころ実が地面に転がっている。

 甘い香りが風とともに漂う。


 メンジロウはリンゴを半分に割り、

 木の根元へ静かに置いていった。


「これで来るのか?」

 ミナミナが囁く。


「来る。肉が甘みに負ける瞬間が絶対ある」


「その隙を殴る!」


「最後だけだ」


「任せろ!」


 草むらで待機する――

 彼女の赤髪とでかい大剣は半分見えていたが、

 メンジロウは黙っておくことにした。


 薄闇の中、草が揺れた。


 黒豚が姿を現す。

 鼻をひくつかせ、リンゴへ近づく。


 一口。

 目を細めて咀嚼する。


「今だ、ミナミナ!」


「うおおおおお!!」


 ミナミナが草を弾き飛ばしながら突進。

 黒豚は驚き跳ね上がった。

 だが、逃げ道にはメンジロウの拳。


「――燃えろ」


 炎が黒豚の脇腹に当たり、

 体勢が崩れる。


「止まれぇ!!」


 ミナミナが大剣の腹で黒豚の前脚を押さえつけた。

 黒豚は呻き、もがき――やがて動きを止めた。


「やったな!」

 ミナミナが歓声を上げる。


「これが……

 ラーメンの肉だ」


 メンジロウは確信した。



 ガルザ食堂の厨房は、夜でも熱かった。

 湯気と鉄と脂の匂いが満ちている。


 黒豚を寝かせ、メンジロウは手を動かす。



●毛と皮の下処理


・湯をかけ毛穴を開く

・小刀と毛抜きで1本ずつ処理

・皮を残して食える状態にする


「手間ばかりだな……」

 ガルザがつぶやく。


「手間を抜いた料理は、舌にバレる」

 メンジロウは淡々と言った。



●臭み抜き


・粗い玉ねぎ

・にんにくに似た野草

・大麦酒(この世界の“ビール”)


 酒と野菜を煮立たせ、肉を潜らせる。


「麦が肉を丸くするんだ」

 メンジロウが言うと、ガルザは目を見張った。



●皮焼き


・鉄板に押し付け香ばしさを閉じ込める


ジュワァッ!


 脂が弾け、いい匂いが広がった。



●成形


・麻紐で均一の太さに巻く

(火の通りと形、美しさのため)


「強そう!」

 ミナミナが興奮する。


「強さじゃない。旨さの形だ」

 メンジロウは笑った。



●弱火で煮る(2時間)


・寸胴鍋

・塩

・アク取りを怠らない


「まだかぁ!」

「焦りは味を殺す」



●休ませる


・紐をつけたまま冷ます

・肉汁が芯へ戻るのを待つ



●切って炙る


・刃が吸い込まれるほど柔らかい

・表面の炙りで香りを少し強くする


 すべてが整った。



「啜れ」


 メンジロウの声が低く響いた。


 ミナミナが恐る恐る一枚くわえる。


――ズズッ。


「……飲める……のに、肉だ……!」


 頬が紅潮する。


 ガルザが続いた。


「塩と酒だけで……

 こんな凶悪な旨さがあるとは……!」


 レナも一口。


「……幸せって……罪ですね……」


 言葉に震えが滲む。


 メンジロウは、皆の感想を受けても

 なお表情を引き締めた。


「まだだ。

 これは合格じゃねぇ」


「はあッ!!?」

 ミナミナが目をむく。


「十分すぎるだろうが!!」

 ガルザも声を荒げる。


「タレが無い。

 特に――**醤油しょうゆ**だ」


 三人は見事に同時に首を傾げた。


「ショウユ……?」

 レナが小さく繰り返す。


「大豆を発酵させて作る黒い魔法だ。

 味を深くし、

 麺と肉とスープを一つにまとめる力がある」


「そんなもん、この街には無いわよ」

 レナが現実を突きつける。


「ああ。

 麺もまだ手に入らない。

 醤油は存在すらしない」


 メンジロウは拳を握った。


「スープは半分、肉も半分。

 そして麺は遠い。

 それでも」


 湯気が、まだ高く昇っていた。


「次こそ──麺だ」


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