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転生したらラーメンの無い世界だったので ラーメン職人になることにした  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第十五章 シオラ、湯気の消えた街で

 アーレン大河沿いの街リュースポートを出てから二週間。

 メンジロウ、ミナミナ、そしてエルシアの三人は、

 揺れる馬車の荷台に揺られながら南へと進んでいた。


 エルシアがヴァルグランに現れたあの日——

 息を切らし、汗で髪を濡らし、泣きそうな顔で飛び込んできた。


「シオラが……大変なんです……!

 ガルザさんの店が……ラーメンが……!」


 その声を聞いて、メンジロウは帰還を決めた。

 対策はシュウユとの取引で“準備済み”のはず。

 だが被害がどれほどなのかは確認しなければ分からない。

 だから三人は急ぎ足でシオラを目指したのだ。


 エルシアは旅の間ずっと不安そうだった。


「間に合うでしょうか……」


「大丈夫だ。まだ終わらせねぇよ」

 メンジロウは短く答える。


 その横で、ミナミナが無言で拳を握っていた。

 エルシアが心配そうにメンジロウの腕を掴むたび、

 ミナミナの胸がズキンと締めつけられていた。


(なんでだ。なんで胸が苦しくなんだよ、これ……)


 理由は分からなかった。




 三人が街門に差しかかると、

 シオラの空気が以前とまるで違うことにすぐ気づいた。


「……静かだな」

 ミナミナが呟く。


「誰も……ラーメンの匂いがしてない」

 エルシアの声が震えた。


 かつては昼前から街路に漂っていた湯気——

 ガルザの塩豚骨とチャーシューの香り。

 人々が客引きされるまでもなく吸い寄せられる、

 あの“街の名物の匂い”が、今はまったく無い。


 風が吹いても、ただ石畳を撫でる音がするだけ。


「……嫌な予感しかしねぇな」

 ミナミナが顔をしかめた。


 三人は駆け足でガルザ食堂へ向かった。




 扉を開けると、店内は薄暗く、

 ランプの明かりに照らされているのは、

 客のいないテーブルと空っぽの椅子だけ。


 厨房の奥に座るガルザは、

 あの豪快な男とは思えないほどやつれていた。


「……メンジロウか」


「ガルザ……これは」


 鍋の中には、塩で煮ただけの薄いスープと、

 ほぐれもせず固まった肉片が少し沈んでいる。


「粉がねぇ。黒豚もねぇ。

 煮込んでも……味になりゃしねぇんだ」


 ガルザは乾いた手で顔を覆った。


「メンマート商会が、完全にウチの仕入れを止めやがった。領主様が使者を立ててもダメ。

 『シオラに粉は出さない』の一点張りだ」


 その声は震えていた。


 彼の店には“ラーメンを出せなかった”というだけで、ここまで客が来なくなるのかという現実があった。


 メンジロウは言葉を失った。


「……すまねぇ、ガルザ。俺が——」


「違ぇよ」

 ガルザは首を振る。

 だが、その目は悔しさに滲んでいた。


「悔しいんだ……メンジロウ。

 あの時のお前のスープで、初めて……俺は料理人になれた気がしたんだよ。

 なのに、今じゃ……」


 ミナミナは奥歯を噛みしめ、拳を震わせた。


「許せねぇ……あいつら……!」


 エルシアは涙ぐんでメンジロウの袖を握る。


「お願いです……何とか……!」


「分かってる。

 だが今すぐは動けねぇ。

 ……シュウユが何とかすると言ってた。あとはあいつ次第だ」


 ガルザはうつむいた。


「……もう時間がねぇよ……」




 そのとき。


 街の外からざわめきが起きた。


「なんだあれ……?」

「粉袋の山じゃねぇか!?」

「でっけぇ馬車が来てるぞ!」


 エルシアがハッとして顔を上げる。


「こ、これ……まさか……!」


 三人は食堂から飛び出し、

 南門へと駆けた。



 そこにいたのは——


 黒い漆塗りの豪奢な馬車。

 四頭立ての巨馬。

 そしてその後ろに粉袋を満載した荷車が三台。


 馬車の扉が開き、

 東方の衣をまとった男がゆっくり現れる。


 扇子をはらりと開きながら言う。


「待たせたな、メンジロウ殿」


「シュウユ!」


 彼は街の人々を見渡し、

 扇子を高く掲げて宣言した。


「王都の粉の市場、値をすべて下げてきた!今後しばらくは、粉は我らシュウユ商会が供給する!メンマート商会の独壇場は、今日をもって終わりだ!」


 どよめきが走り、人々が歓声を上げる。


 しかしシュウユはメンジロウの耳元で静かに囁いた。


「ここまでが、対価を得る前の“前払い”だ。

 さて……本題に移ろうか」


「……あぁ」



 シュウユは扇子を閉じ、まっすぐメンジロウを見る。


「——我がトウガに、ラーメン店を出してほしい」


「……店を?」


「そうだ。東の島国だ。

 食文化は発展途上、しかし民は旨いものを心底求めている。

 土地も金も材料も、全部こちらで用意する」


 エルシアが息を呑む。


「メンジロウさん、すごい……!」


 ミナミナは苦い顔をした。


(……また遠く行くのかよ……)


 シュウユは続ける。


「ただし、店を任せるからには“あのダブルスープ”を我が国で出してもらう。

 本物をだ」


 メンジロウはゆっくり頷いた。


「分かった。やるさ。

 だが——冒険者は辞めねぇ。

 俺はまだ、食材を探さなきゃいけない世界を旅してぇんだ」


「ふむ……その方が面白い。良いだろう」


 シュウユは満足そうに笑った。




 エルシアは胸を押さえながら言った。


「メンジロウさん……すごいです……!」


 無意識のまま、彼の腕に抱きつく。


「あっ……!」


 すぐに我に返り、真っ赤になって飛び退いた。


 その光景を見たミナミナの胸は、

 またズキンと痛んだ。


(なんだよ……これ……!)


 ガルザは粉袋を抱えて泣き笑いになっていた。


「メンジロウ……

 また……シオラに湯気が戻るんだな……!」


「戻すさ。絶対に」




 馬車に戻ろうとするシュウユが振り返る。


「ではメンジロウ殿。

 次はトウガで会おう。新たな味の旅の始まりだ」


 馬車が走り去り、

 ようやく小麦の匂いと人々の活気がシオラに戻り始めた。


 メンジロウはその空気を吸いこんでから、静かに言った。


「行くぞ。次は東の国だ。

 ……ラーメンはまだまだ進化する」

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