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転生したらラーメンの無い世界だったので ラーメン職人になることにした  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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序章 麺に生き、麺に死す

人生に必要なのは三つだけ。麺、スープ、そして真実だ。


 ラーメン評論家・メンジロウは、その三つを守るために生きてきた。

 年間一〇〇〇杯。睡眠や予定は、丼の前では後回しになる。

 医者が「このままでは死ぬぞ。せめてラーメンは一日一食にしてくれ。」「スープまで飲み干さないでくれ」と警告しても、彼は躊躇いなく笑った。


「湯気の中で死ねるなら最高の死に場所だ」


 


 メンジロウには、生まれつきの異能――絶対味覚が備わっていた。


 一口啜れば、

 食材の産地、火の入り、煮込み時間、職人の迷いまで言い当てる。


「この塩は粗い。昨夜、仕込みで迷ったな」


 評論というより、真実の告発だった。

 その一言で店は隆盛し、その一言で店は沈む。


 味を偽る者は、彼にとって犯罪者だ。


 ある日、封筒を差し出して買収を図った店主がいた。その瞬間、メンジロウの重心が沈む。若き日、ボクシングで磨いた体重移動。無駄のない一撃で顎を打ち抜いた。


「味で勝負しろ。麺を金で濁すな」


 拳もまた批評だった。

 余計を排し、本質だけを叩くための。


 


 そんな彼にとって、忘れられない店がある。

 名店『らぁ麺 清誠』

 初めてその丼に向き合った日、彼は震えた。


 淡い金色の鶏白湯スープは、

 表面に繊細な油膜を纏い、

 湯気は静かに、だが確かに香る。

 ひと口含めば、鶏の優しい旨味が舌を撫でる。

 そのすぐ下で、豚骨が支えるように力強く響く。


 品格と厚み。

 精密と豪胆。

 相反する味が、丼の中で手を取り合っていた。


 中細ストレート麺。

 高すぎず低すぎない加水率。

 噛めば程よく弾み、

 喉に滑り込んだ後で、じんわり存在を主張してくる。


 極めてシンプルな一杯。

 しかし、迷いの無さが圧倒的だった。


味とは、人生観の声明だ。

この店主は、自分の人生でふざけていない。


 彼にとってこの味は、信仰に近かった。


 


 その店の弟子が、今日暖簾を掲げる。

 新店『麺屋げんし』。

 しかもSNSではこう宣言していた。


「師匠の味に秘密の食材を加えた。

常識を超える新しいラーメンを創る」


 敬意でもあり、挑発でもあった。

 まるで「見抜いてみろ」と言わんばかりである。


(上等だ。

 真実を、その丼で示してみせろ)


 


 メンジロウが行列に加わると、

 人々はざわついた。


「あれ、メンジロウだ……!」

「本物!?」「今日、店の未来決まるぞ」

「判決の人だ……!」


 スマホは彼を映し、

 SNSでは不穏なタグが躍る。


#麺屋げんし死刑宣告


(視線も緊張も、味の前では調味料だ)


 


 行列が進む。

 暖簾まで、あと三人。


 店の奥から漏れる湯気が、

 肉と香味を連れて鼻腔を撫でた。


(リングに上がる時と同じだ。

 一口で勝敗が決まる)


 二人。

 一人。

 次は──自分。


 


 その瞬間、心臓が悲鳴を上げた。


 痛みが胸を裂き、視界が白く濁る。

 音が遠のく。

 しかし湯気だけは近づいてくる。


(まだだ……

 まだ啜っていない)


 指先を伸ばすが、暖簾は遠い。


「……ま、だ……食べ……て……」


 声は湯気に飲まれ、巨体が崩れ落ちる。


 


 そこから地獄が始まった。


「え、倒れた!?」「救急車呼べ!」

「メンジロウさん!しっかり!!」


 スマホのライブ配信は止まらず、

 コメントが奔流のように流れる。


「心臓いったわコレ」

「評価前に死亡は伝説」

「救急はよ」


 善意も野次馬も、

 ぐつぐつ煮える混沌と化す。


 泣きそうな声で誰かが叫ぶ。


「まだ啜ってないでしょ!!

 立ってよ!!」


 その叫びすら遠い。


 


 闇が迫る。

 しかし渇望だけは燃えたままだ。


 啜りたい。

 食べたい。

 まだ終われない。


「目を開けよ、麺を求めし者よ」


 湯気が、彼を包む。

 知らぬ世界の匂いをまとって。

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