9(第一章 最終話)
「全然意味がわからないんだが」
ポーチカが説明を終えてもユランは仏頂面である。
かぶりついた肉の肉汁でその綺麗な顔が汚れているのは全く気にならないらしい。
ようやく硬い黒剛石の地帯を抜けて、普通の土の地面となり、ユランの力も十分に発揮ができるところ。
ユランが精霊の力を借りて作った洞穴の中、遅い朝食をとっていた。
腹にたまるものが食べたいというユランの要望に応え、ポーチカはユランに食用できる魔物を狩ってもらった。
耳の長い小型の獣、ロフを手早くさばき、毒消しの薬草と塩をすり込む。
追っ手があってもすぐには来ないだろうと、火を起こして簡易コンロで焼いた。
「え、ああ……いえ、もういいですよ」
自分が調理したことによって無味となった肉をちまちまと食べながら、ポーチカは溜息をついた。
「よくない」
「……ですから」
ポーチカはもう一度説明するための気力を呼び起こす。
「ガルデニアさんがぼくたちに加担してると思われないようにしたかったんです」
「ふぅん……?」
全然わかってないな、と思いながらポーチカは続ける。
「つまり、ぼくたちに無理やり協力させられてたようにギルドの人に見せれば、ガルデニアさんは被害者になりますから」
ユランは僅かに首を傾げながらも、何かユランなりに納得したらしく頷いた。
「……金を半端にもらってきたのはなんでだ」
「ぼくたちにお金を取られたっていう事実があれば、よりガルデニアさんが被害者だって説得力が増すかなと」
でも、とポーチカは少し申し訳なさそうに笑った。
「少しはぼくたちがもらった方が、ガルデニアさんの意に沿うかなとも思いまして、いただいちゃいました」
ガルデニアは、ポーチカ達が使ってくれれば報われる、とまで言っていたくらいだ。すべてを返してしまうのもちょっとどうかとポーチカは思ったのだ。
──それともこれは、やっぱりお金はもらいたい自分へのもっともらしい言い訳だろうか。
やっぱりわからんが、と呟いて横を向き、ユランは水筒に口をつけた。
「とにかく、あの管理人のためにおれ達が悪者になった……ということだな」
「そう! そのとおりです! ユランさんすごい!」
思わず手をたたいたポーチカをユランがじろりと睨む。
「……ふん。だがそれで、あの下手くそな演技というわけか。一体何かと思ったが」
水を飲んでいたポーチカは、ぶっと噴き出してむせた。
「や、やめてくださいよ。思い出したらすごく恥ずかしいんですから……」
「おれ達は完全に悪人か。ギルドからの追っ手もきつくなるかもしれない」
「……」
ポーチカは土の上に水筒を置いて俯いた。
自分としてはあの時最善と考えてとった行動だったが、余計なことだったのかもしれない、と思えてくる。
──やっぱり足手まといになっているのかな。
ずっと。
ユランと旅を始めてからずっと渦巻いている疑問がポーチカの頭を重たくもたげた。
──今でも時折思い出す。
狭く、暗く、痺れるほどに寒い物置小屋の中。
固く閉ざされたその扉を開いたのは、他でもないユランさんだった。
飛び交う怒号。殺気だった人々の目。それらを掻い潜り、立ち塞がる堅固な門さえ鮮やかに壊して外に連れ出してくれた。
呪いを解きたい。そのために秘薬が欲しい。
そんな私の利己的で馬鹿げた望みまでも抱え込んで、旅に同行させてくれた。
でもそれは単に、ユランさんが私を憐れんでいるだけかもしれなくて。
そう思うと、ユランさんの役に立つなんて、おこがましいような気がして。
情けなさに締め付けられるようで、ポーチカは膝に置いた拳をきつく握った。
その時。
ふ、とユランが微かに笑う音が聞こえた。
ポーチカは顔を上げる。
ユランは確かに、口元に笑みらしきものを浮かべていた。
「何にせよ、おれには思いつきもしないことだな」
「……」
「まあ思いついたところでやろうとも思わないが」とユランは付け加えた。
褒められた……のだろうか。
馬鹿にされたのだろうか。
ポーチカには判断がつかない。それでもその笑みに、荒みかけていた心が少しだけ晴れる。
「そもそもギルトにはとっくに目をつけられているからな、今さらか。さて、そろそろ出るぞ」
「はいっ」
ポーチカは手早く食事の跡を片付けた。
日差しの眩しい外に出て、ユランは洞穴を土で塞いだ。
「──で、結局なんとかって草を買うのに金は足りるのか」
「ニカゲ聖草ですね。全然足りません」
ユランが呆れ顔でポーチカを見る。
「あの管理人に、あんなに金を返さなくてよかったんじゃないか」
「どちらにしても足りてませんでしたよ」
ポーチカはあっさりと答える。
「それにあの薬品は大きな町でしか扱っていませんから。ここからだと……セシリカの町になりますかね。そこに向かいつつ、魔物を狩ってお金を貯めましょう」
「南の大森林に向かうのはまだ先か」
ユランは晴れた空を仰いだ。
「船代も必要ですしね」
「何でも金だな」と呟き、ユランはポーチカを見下ろす。
日の当たる銀髪が風に揺れて、きらめいていた。
「計算もやりくりも全部あんた任せなんだ。頼むぞポチ」
ユランの淡白な口調からは、その言葉にどれほどの気持ちが込められているのかはわからない。
けれども。
「はいっ!!」
ポーチカの返事は異様に大きく、ユランはうるさそうに顔をしかめた。
リュックを背負う。ずしりと重く、思わず息が漏れる。
ある日あんたはいらないと言われ、あっさりユランに置いていかれるのではないか。
そんな不安が時々顔を出す。
それでも。
いつか自分がこの手で作った料理で笑顔になる人々を見たいから。
その自分勝手でささやかな夢のために、浅ましく、貪欲に、どこまでも食らいついていく。
自分の価値と有用性を示し、比類なき相棒とユランに認めさせる。
ユランがいなければ、この先に進むことなどできないのだから。
──まだまだこんなもんじゃない。
ポーチカは大きく踏み出し、ユランを追い抜くようにして歩いた。
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山道の先が少し開けていた。
木も草も背は低く、日の光がよく当たっている。
道に面した斜面を、同じ黒い上着姿の2人の若い男が眺めていた。
「少し、土の色が違うか? 穴を作って埋めたって感じか」
背が高く、ぼさぼさした茶髪頭の男が口元をにやつかせながら土に触れた。
「それはわからないが」と隣りにいる黒髪で眼鏡の男が辺りを見回す。
「火を使ったようだ。俺の精霊がそう言っている」
「んじゃ、方向は合ってるってことだな」
茶髪の男は頭の後ろで手を組み、終始気楽な調子だ。
「じっくりと、確実に追いかけましょ」
「悠長にやるつもりはない。さっさと捕まえて──奇晶を渡してもらう」
黒髪の男はぴしゃりと言う。
ええ、と茶髪の男が口を尖らせた。
「でも向こうも精霊使いだろ。慎重にいこうぜ、慎重……」
「精霊の力を私的に使うなど許されない」
黒髪の男の断定的な物言いに、茶髪の男は黙る。
「──元軍人の狩人、ユランか」
目的の男が立ち去ったであろう方角を、黒髪の男が睨む。その横で茶髪の男はぽりぽりと頭を掻いていた。
2人が身につけている黒い上着、その背面には青色の紋章が射抜かれている。
燈火に剣。
それはこの国最大の狩人ギルド、『精霊騎士団』のシンボルマークだった。
第一章 完




