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「──おまえ、なんの真似だ?」
ギルドの男は一度ユランと間合いを取りつつ、怪訝そうにポーチカを睨む。
ポーチカはガルデニアを背後から押さえたまま、ガルデニアの胸に向けたナイフの刃をぴくりとも動かさない。
「もう少しうまく匿ってくれればよかったのに、このじいさん」
なるべく口汚く聞こえるようポーチカは心掛けた。
「おい、ギルドのおまえ。このじいさんが傷つけられたくなかったら武器をおろすんだ」
ポーチカの脅し文句にギルドの男は困惑し、ユランも同様の顔をしている。
だが、状況がわからない時ユランは余計なことは言わない……いや、言えないとポーチカは知っていた。
ガルデニアが僅かに首を巡らせ戸惑いの視線をくれる。
ポーチカは、ガルデニアにだけ見えるように少し微笑んだ。意図を察したのかガルデニアの瞳に恐怖の色はない。
それどころか、「助けてくれ」と情けない声でギルドの男に呼びかけた。
「こいつらに脅されて……仕方なく黙ってたんだ。頼む、助けてくれ」
「黙れ」
ばっちりだ、と思いながらポーチカはナイフを持つ手に力を入れた。
ギルドの男はますます困ったように眉をひそめる。それでもユランへの注意を疎かにする様子はない。
──もう一押し。
「いいのか」
ポーチカは男に鋭く言い放つ。
「ギルドの人間が民間人を見捨てることになる。『ウルハの盾』が名折れだな」
「む……」
男の剣を握る手が僅かに揺れる。明らかに反応があった。
「──ユランさん! 窓!」
ポーチカの言葉にユランが鋭く反応し、即座に窓際に退く。
男に一瞬の遅れが生まれ──しかしすぐにユランを追うように斬りかかる。
が、窓枠の手前には小ぶりな花の鉢植えが置かれていて、ユランの手は既にその土に触れていた。
黒い表面がぼこりと沸き立つのが、ポーチカには見えた。
男の一撃。
ユランが片手の鉈で受ける。
瞬間。
ユランがもう片方の手で触れていた鉢の黒土が意志を持ったように飛び出し、べたりと男の目に貼り付いた。
「うっ!?」
男は慌てて視界を塞ぐ土を剥がそうとするが、それは叶わない。払ってもまた元に戻り、男は「くそっ」と悪態をつきながら顔を擦っている。
がら空きの脇腹をユランがきつく蹴りつけた。
男は背後のベッドに倒れて呻く。
「拘束するだけでいいです!」
男に向かって鉈を振り上げるユランにポーチカが急いで告げる。
「──何?」とユランが冷たい視線を向けた。
「ぼくの」
ポーチカは唾を飲み込む。
「ぼくの言うとおりにしてください。そのまま視界を塞いで、動きだけを押さえてほしいんです」
「……」
何か言いたそうにするユランだが、見えないながらに起き上がりかけたギルドの男にもう一度蹴りを食らわせる。
剣を取り落とし、再びベッドに仰向けに倒れた男。彼の視界を覆う土にユランが触れると、その一部から蛇のように土が分かれて移動を始め、そのまま男の両手首を縄のように固定した。
「くっ、おい、おまえら……!」
視界と両腕の自由を失った男は、ベッドからも転げ落ちて藻掻いていた。
「これでいいのか。行くぞ、ポチ」
ユランは素早く鉈を鞘にしまい、リュックを担ぎ上げる。
その言葉を合図にポーチカはようやくガルデニアを解放した。
「あんた達……」
ガルデニアは刃の切っ先をあてられていた胸をさするようにしている。
そんなガルデニアに向けてポーチカは「すみません」と口だけ動かして、腰の鞄から適当な紐を出した。
ガルデニアを見上げると、ポーチカに小さく頷いた。
ポーチカはガルデニアの両手をすぐほどけるように軽く縛り、部屋の隅に座らせた。
──これでどうみても被害者に見えるだろう。
「ったく、本当にしくじりやがって、このじいさん」とポーチカは苛立ちを表すように壁を蹴ってみた。
ユランが目を細めてその挙動を不審そうに見ていたが、ポーチカは気にしない。
「この際だ。逃げるにしても、金目のものくらい奪ってやる」
賊をイメージしてそんな台詞を吐き、ポーチカは部屋の中の倒れたタンスの引き出しなどを開け閉めし始めた。
「おまえら、この、何をしてる!」
ギルドの男の声が虚しく響いたが、誰も取り合わない。
視界を奪われたギルドの男には、家捜ししているように聞こえるだろうか、と考えながらポーチカは大げさに物音を立てる。
「お、こんなところに金を隠してやがったか」とやがてポーチカはガルデニアから渡された金の封筒を懐から出して、中の札をばら撒いた。
「おいポチ……」
これはさすがにユランも声を上げるほどの奇行に見えたらしい。
しかしガルデニアなら、とポーチカが期待すると、やはり役割を理解してくれていた。
「やめてくれ、それは大事な金だ」
苦笑いを浮かべながら切実に訴える素振りをするガルデニアに、ポーチカも「うるさい」と笑みを向ける。
結局、金の半分ほどを部屋に撒いて、ポーチカは封筒を懐に戻した。
「この金はもらっていくからな、じいさん」
言い捨て、憮然とした顔で黙って突っ立っているユランのコートの袖を引いて廊下を歩き始める。
「おい頼む、返してくれ」
ガルデニアは笑ったような、困ったような顔で、縛られた両手をポーチカ達に向けて振った。
「本当に大切な……大切な金だからな」
ギルドの男が喚く声を聞き流しながら、ポーチカはガルデニアに向けて、一度深くお辞儀をした。
そして、ユランと共にガルデニアの小屋から大急ぎで外に出る。
山からの強い風が吹き付けてきて、ユランの白いコートの裾がはためいた。
幸い、狩人ギルドからやって来たのはあの一人だけのようで、周囲に人の気配はない。
とはいえ、気は抜けない。ユランの精霊の力は、相手と一定の距離の範囲内にしか及ばない。解除されればすぐにでもあの男が追ってくるかもしれないのだ。
「早く行きましょう」
ポーチカがユランを急かして山への道を駆け出そうとする。
そんなポーチカに、「おい」とぶっきらぼうなユランの声が降ってきた。
横を見上げれば、酷く不満そうな顔である。
「おれは、何が何だか何もわからないんだが」
「あとで説明しますよ! 今はとにかく離れましょう」
ポーチカはユランのコートの袖をつまんで引っ張る。
日は既に高く上り、昼に近づいていた。
明るいうちに、できるだけ遠くへ。南へ。
ポーチカとユランは走った。




