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 ガルデニアは扉を開けたまま来訪者と話をしているらしい、とポーチカは思う。

 2階までよく会話が聞こえていた。


「だから」とウルハの町の狩人ギルド、『ウルハの盾』のものだと告げた男は、苛立たしげに繰り返す。

「昨夜、この辺りに上級魔物が出ただろう。うちのギルドのものが感知したんだ、間違いない」

「さあ、知らないな。夜はずっと寝ていたもので」

 とぼけたようにガルデニアが返した。

「山の方を確認した。確かに戦闘の跡があった。管理者なのに何も知らないのか」

「すまんがわからないな」


「……出る準備をしておきましょうか」

 ポーチカがこっそりユランに言うと、ユランは浅く頷き、素早く荷造りを始める。


「少年を連れた白いコートの若者は知っているか」

 

 干していた服をリュックに突っ込んでいる時に聞こえたその言葉に、ポーチカは肩を震わせた。


「そいつらは、数日前にウルハの町で上級魔物の情報を集め回っていた。最近狩人ギルドを差し置いて上級を狩る奴ららしいんだが……ここにも来なかったか?」

「知らんな」と平然と答えるガルデニア。


 やはり、ギルトには目をつけられているらしい。

 とりあえずガルデニアにやり過ごしてもらって、こっそりとこの場を離れるしかない。

 そうユランに伝えようとしたポーチカははっとした。

 屈んで鞄に荷物を詰めていたユランが硬直している。その視線のすぐ先、木の床の上でかさかさと動く細長いものがあった。

 ユランの唇が震え、ひゅっ、が息を吸い込む音が聞こえる。


 ──まずい。


 ユランの前を忙しなく歩んでいたのは、無数の脚を蠢かせる赤いムカデ……


「ぎゃああぁあああアァァっっ!?」


 ポーチカがユランの口を押さえる前に、ユランの絶叫が小屋中に響き渡った。

「なんだ!?」とすかさず階下でギルドの男が反応したらしい。

「ああもう!」

 ポーチカは逃げようとするムカデを素手で掴み、窓を開けてぶん投げた。

「む、虫……虫……」

「もういませんから!しっかりして、何とかここを出ましょう!」

 両手で顔を隠して怯えるユランを叱咤して立ち上がらせる。ポーチカは急ぎリュックを背負った。

 「おい待て」と制止するようなガルデニアの声を無視して、階段を乱暴に駆け上がってくる音が近づいてきた。

 出るとは言ったが逃げ道がない。

 ポーチカは身構える。 


 開け放していた部屋の前に剣を構えた姿を見せたのは、若い男だった。


「白いコートの男に少年」

 じろりと睨みながら、ほんの少し口元を歪めて笑った。

「ここにいたのか」


 若いが、油断ならない。手練の雰囲気を醸し出している。

「ユランさん……!」

「なあポチ。さっきの虫は本当にもういないんだな? 本当だな?」

「ユランさん! 状況見てくれません!?」

 ポーチカの後ろでまだ辺りをきょろきょろとしているユランに思わず怒鳴る。

「……なんだおまえら」とギルドの男は剣の構えはそのままに、呆れたような顔になる。が、すぐにその表情を引き締めた。

「昨日山に出た上級魔物を狩ったのはおまえらだろう?」

 ポーチカもユランも黙っている。

「うちのギルドがずっと目をつけてたんだ、

奇晶を取ったのなら、こちらに渡してもらおう」

「あんた達が目をつけてようが、先に狩ったのはおれ達だ。だからおれ達のものだ」

 冷静さを取り戻したらしいユランが一歩前に出る。先ほどの醜態をまるで気にする風もなく、冷たく言い放った。

 ギルドの男は蔑むような笑いをこぼす。

「噂は本当なんだな。たったの2人で奇晶集めをしてるのか。無謀すぎて笑える」

 ポーチカはむっとしたが、ユランが腰に下げた鉈の柄に手を触れるのを見て口は閉じておくことにした。

「笑いたければ好きにしろ。奇晶は渡さない。帰れ」

 次にむっとしたのはギルドの男だった。

「帰れと言われて帰れるか」 

 剣を構え直す。纏う気配がさらに研ぎ澄まされたようだ。

「おまえ、土の精霊使いと聞いている。残念だったな、このあたりの土地には岩ばかりで土がない」

 ふ、とユランは笑い、無骨な鉈の一本を抜く。

「おれは別に精霊に頼らないと何もできないわけじゃないんだが」  

「ゆ、ユランさん、暴れないでくださいよ……」

 ポーチカがそっと伝えるがユランは聞いているのか。

 この狭い部屋で戦闘が起きれば室内がめちゃくちゃになるのは明らかだ。

 男とユランは睨み合っている。

 その隙間に、ポーチカは男の向こうにいるガルデニアの姿に気がついた。緊張した顔で角材を手に、ギルドの男の背後ににじり寄っているところだった。


 ──だめだめ。


 ポーチカは焦る。

 いくらギルド嫌いとはいえ、ガルデニアがギルドの人間に危害を加えるべきではない。ガルデニアが管理する山に魔物が出たら、狩人ギルドに頼まざるを得ない時だって今後あるかもしれないのだ。関係を悪くするのは得策ではない。

 何とかそれをガルデニアに伝えようとした瞬間。

 男が部屋に踏み込み、ユランと打ち合い始めた。 

 「わわっ」

 ユランにぶつかりそうになり辛うじて避ける。

 これでは自分が邪魔になってしまう。

 身を低くして一旦部屋の外に逃げようとして……ポーチカは閃いた。


 ポーチカは廊下に出て、腰に下げたナイフを抜く。

 廊下にはどうすべきか迷うような顔で角材を手に立つガルデニアがいる。

 ユランと男が刃物をぶつけ合う硬い音、ものを倒したり壊したりするような音が響く中、ポーチカはガルデニアを安心させるように笑顔で近づく。

 素早く背後に回り込むと後ろから抱きつくようにして──ガルデニアの胸にナイフの先を当てた。

 いつでも突き刺せるくらいに強く。  


「あんた……」と驚愕するガルデニアに、ポーチカは「動くな!」と鋭く告げる。


「動いたら刺す!」


 ポーチカはさらに大きな声でそう宣言した。

 ユランとギルドの男はぴたりと打ち合いを止め、ポーチカがガルデニアを人質に取ったような、その光景を視界に捉えた。

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