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翌日。
とりあえずソレイル商会に行くにしても、もう少し情報を集めた方がいいとポーチカは判断した。
今日もニカゲ聖草の流通状況について再度町中での聞き込みをすることにした。
「おれはどうすればいいんだ」
宿の部屋で身支度するポーチカにユランが尋ねた。
「ユランさんは……」
色々と考えたが、結論は決まっていた。
「今日は休んでてください」
「何?」
「情報収集はひとりで大丈夫です。ついてきてもらうのも悪いですし、たまには1日ゆっくりしたらどうですか」
ユランはどこか疑わしげな目でポーチカを睨んでいる。
ポーチカの本音としては、ユランには余計な騒ぎを起こさず大人しくしていてほしいだけだ。目を離すのも心配だが、連れ歩くのもそれはそれで何かと気を遣う。
「この部屋の隙間はチェックしましたし、窓とか開けっ放しにしなければ虫が来る心配もないですよ。部屋でごろごろ、いいじゃないですか」
「……わかった」
少し不満そうにも見えたが、ポーチカの提案には頷いた。もともと積極的に動きまわるタイプではないのもポーチカはよくわかっていた。
そうしてひとりで町を歩き回ったわけだが、
「これといって目ぼしい情報はなかったなあ」
町の広場の銅像。その台座の高さがちょうど良く、ポーチカは数羽の鳩に挟まれるように腰掛けていた。
既に日は高く、空腹を感じてもいる。
なるべく節約したいので、携帯食料を持ってきていて正解だった。
腰の鞄から携帯食料を出してかじる。ぼろぼろと地面に落ちる食べ屑に鳩が群がった。
自分が作った料理は鳩も食べなかったな、とそんなことをぼんやりと思い出す。
町の中心部にあるこの広場では、大道芸に人の囲いができていたり、食べ歩きをしている人なんかで賑やかだ。
そんな中で。
きゃん、と、聞き覚えのある鳴き声が聞こえたような気がした。
ポーチカが辺りを見回すと、再び鳴き声がして、人の合間を縫って何かが自分の方に近づいてくるのが見えた。
桃色の子犬。
首輪につけられた紐を引き摺って小走りに駆け寄ってくる。
鳩がばたばたとせわしなく飛び去った。
「──ポチ」
ポーチカは驚いて銅像の台座から降りて、尻尾を振って飛び込んでくる“ポチ”を抱き止めた。
「なんでおまえ」
“ポチ”はポーチカの手に持った食べかけの携帯食料に強く鼻をこすりつけている。
「あ、これ」
ポーチカは思わず笑う。
「気に入ったんだね。食べに来たの?」
「ポチ!」
今度は少女の声。
遅れて駆けてきたのは、確認するまでもなくファリナシアだった。
「あ……ポーチカ様!」
息を切らし、上気した顔で、きれいに編まれた桃色の髪は少し乱れていた。その後ろには昨日の執事ではなく黒服の若い男がぴたりとついている。
“ポチ”は、ポーチカの腕の中で、食べかけの携帯食料にかじりついていた。
「どうも、ファリナシアさん」
ポーチカはとりあえず“ポチ”を抱えたまま挨拶をする。
「も、申し訳ありません」
ファリナシアはさらに顔を赤くした。
「散歩をしていたら、急に走り出してしまって、紐も離してしまいまして……」
「たぶん、この携帯食料が食べたかったのかもですね。匂いでわかったのかなぁ」
「携帯食料……」
ファリナシアはポーチカの指を美味しそうに舐める“ポチ”を驚いたように見ていた。
「おい貴様。お嬢様の大切なポチに妙なものを食わせるなよ」
黒服の若者がファリナシアの前に出て噛みつくように言った。
どうやら彼女の護衛らしい、とポーチカは察する。
「やめなさいサイラス」とファリナシアが鋭くたしなめた。
「一度ならず二度までも、ポチがお世話になってしまって」
「いえ、お世話だなんて」
ポーチカはファリナシアに子犬を渡す。
「ファリナシアさんが自分でお散歩されるんですね。使用人さんとかにやってもらうのかなと思ってました」
「いえその」
ファリナシアは何かまずいものを飲み込んだような顔をする。
「いつもは、そうです。でも、何だか……」
ポーチカ様にお会いできそうな気がして、と消え入るような声でファリナシアは呟いた。
ポーチカは目が点になる気がした。
──もしかして。
好意を持たれているかもしれない。
たぶん、異性として。
美形のユランであれば、この旅の中でも複数の女性からアプローチされていることがあったのは知っている。
しかし自分はといえば、そういうのは初めてのことで、ポーチカは大いに困った。
「お嬢様、もう行きましょう」
「ポーチカ様」
ファリナシアは苛立つ護衛を無視してポーチカを見上げた。
「えっ」
「ポーチカ様のお食事だったんですよね、ポチが今さっき食べてしまったのは」
「え? あ、いや、お食事ってほどのものじゃ……」
「我が屋敷にいらしてください」
有無を言わさぬ雰囲気が、ファリナシアにはあった。
「ちょうどわたくしも帰ったら昼食にするところでした。昨日のお礼と今のお詫びとして、ぜひご一緒に」
「……」
これは、ラッキーなのかもしれない。
ポーチカは護衛の方をちらと見たが、警戒心丸出しの顔で睨まれている。
2つ3つ歳下と思われるこの少女の、自分を慕うような瞳。本当は自分は女だと明かした方がいいのだろうか。
──でもまだ子供だ。
旅人が物珍しいだけだろう。深く考える必要はない。
それに、腹違いの妹にどことなく似ている気がする。容姿とかではなく雰囲気が。
できることなら喜ばせる行動を取りたいとポーチカは思った。
「では、ありがたく、ご厚意をお受けしたいと思います」
ポーチカはそう答えていた。
ぱっとファリナシアの表情が晴れやかになる。
「よかったです。いつもひとりなので」
「え?」
「あの、昨日のお連れの方もよろしければぜひ」
気になるひと言を聞き返す前に言われてしまい、ポーチカはそちらの返事に気を取られる。
「いえ……あの人は大丈夫です。ちょっと今は、別のところに用事があって」
上流階級の人間との交渉になるのだ。
ユランを連れて行ってまた無礼な真似をされても困る。
この件は自分でなんとかしようとポーチカは思った。
“ポチ”を抱えてひどく不満そうな護衛と嬉しそうなファリナシアに案内され、ポーチカはソレイル家の屋敷へと向かった。




