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宿に戻ると大騒ぎだった。
「だから! 何とかしてほしいと言ってるだろう!」
宿の入口手前からユランの怒声が響いて聞こえ、ポーチカはげんなりした。
「だから確認はしましたよ。でも見つからなかったんです。また出たら呼んでくださいね」
不満そうな男性の声。
ポーチカがそっと建物に入ると、宿の受付で店主の男が心底迷惑そうな顔をしていた。
「いや、必ず仕留めてくれ。そうしないとあの部屋にいられるわけがない。できないなら部屋を替えてくれ」
「すみませんが満室なんです。もういなくなったかもしれませんし、ですから今度見かけたら」
「ああもう話のわからないやつだな」
一度息を吸い、ポーチカは間に割って入る。
「落ち着いてくださいユランさん」
「ポチ」
ユランはポーチカを睨む。
「くそ、あんたがいないせいで」
「はいはい、虫が出たんですね。ぼくが部屋を隅々まで点検しますから」
「ムカデだ。くそ」
シャワーでも浴びようとしていた時に見つけてしまったのか、ユランは半裸姿だった。そのままの格好で受付で怒鳴り散らすのには呆れを通り越して無の感情になる。
悪態をつきたいのはこっちの方だ、とポーチカは内心で思うに留める。
「あの、お騒がせして本当にすみません。こっちで何とかしますので」
ぽかんとする宿の店主、それから受付前で手続きを待つ他の客にポーチカは愛想笑いで謝罪して、ユランを連れて部屋へと向かった。
ムカデは少し探すと見つかった。脱衣所の籠の奥に隠れていたのをポーチカが手早く捕まえて、窓の外へと逃がした。
「──まったく」
ユランは上半身裸のまま腕を組み、不満げに鼻から息を吐いた。
「いや、こっちの台詞ですよ。こんなことで周りに迷惑かけないでください」
思わずポーチカは言ってしまう。
「虫に関してはあんたの仕事だろうが。あんたがいないのが悪い」
「さすがに四六時中は無理ですって」
「……」
ユランは何か言いたげにポーチカを横目で見ている。しかし何も言わない。
「あの……その格好困るんで、服着るかシャワー浴びるか、どっちかしてくれます?」
ふん、と鼻を鳴らし、ユランはシャワー室へと向かった。
ポーチカは溜まった疲労を吐き出すように息をつき、荷物を置いて壁際の椅子に腰掛けた。
§
「──買えなかった?」
首にタオルを掛けたユランが眉間に皺を寄せる。
ポーチカはニカゲ聖草の抽出液が手に入らなかった経緯を説明した。
「それなら、おれはいつまであの重たい塊を持って歩けばいいんだ」
ユランが言っているのは処理を失敗して大きな黒い結晶となった奇晶のことである。
それを生み出したのはユランさんでしょう、と突っ込みたくなるのをポーチカはこらえた。
「ソレイル商会なら、何か力になってくれるかもしれません」
「ソレイル商会?」
「え、今日お会いしたじゃないですか。ポチの飼い主。お嬢様」
今初めて聞いたというような顔のユランにポーチカは呆れ気味に伝える。
「流通の管理もしているそうです。あそこにお願いすれば、ものが手に入れられるか、手に入れる道筋が立てられるかもしれません」
「礼はいらないと断ったところに、やっぱり手を貸してくれと頭を下げに行くのか」
「背に腹は代えられないですよ」
ユランはベッドの上で胡座をかき、考えるように少し黙った。
「狩人ギルドに乗り込んで取りに行ったほうが楽じゃないか?」
「もっと平和的にいきません?」
すかさずポーチカが却下する。しかも、ユランなら本当に実行しそうなので強く止めなければならない。
「それにどこのギルドかもわからないし、ギルドが買い占めたって根拠もないですし、行って濡れ衣だったらやばいじゃ済まないですよ」
ポーチカがまくしたてると、不意にユランが窓の外に視線を向けた。
「……腹減ったな」
「急に話変えないでくださいよ」
しかし確かに既に夜の闇が降りていた。
「そろそろ……夕食の時間ですね」
ポーチカが答えると、ユランはベッドから立ち上がる。
「飯は1階だな」
「そうですけど」
「先行ってる」
ユランは部屋を出ていこうとした。
「──ユランさん」
扉のところで足を止め、ユランは首だけ振り返り、
「ややこしいことはよくわからないからあんたに任せる。あんたがそうするべきだと思うなら、その何とかっていう商会のところに行く。頭を下げろと言うなら……」
「……」
「……。……下げないこともない」
たっぷり間を空けてユランがぼそりと言った。
そして、廊下を歩き去っていく。
──そんなにややこしい話じゃないんだけどな。
ポーチカはユランが開け放したままの入口を眺めていた。
ややこしいのはユランの方だ、とポーチカは思う。
でも。
何だかんだ任せられて悪い気はしない。
「よし」と呟いてポーチカも椅子から立ち、1階へと向かった。




