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翌朝はからりと晴れていた。
セシリカは、商業の中継地点として栄えた大きな町である。
中心部で扱われる珍しく高価な品も、セシリカであれば手に入れることができる。もちろんそれなりの金は必要だ。
ユランが誤って使い切ってしまったニカゲ聖草の抽出液。それが少しでも買えるといいのだが、とポーチカは期待しながら町の門の列に並んでいた。
セシリカの町は商業の町だけあって自由な雰囲気で、町に入るにも受付台帳に名前と滞在日数などを記載するだけでよかった。
自分たちの番がきた。
勝手にどこかにいかないよう“ポチ”を小脇に抱えたまま、ポーチカは受付に置かれた台帳にユランの分まで記入していく。
“ポチ”は窮屈なのか退屈なのか、体をよじってきゃんと鳴いた。門兵が気づき、近づいてくる。
やましいことは……これまで訪れてきた町で起こした騒動を考えると、全くないということもなく、ポーチカはどきりとした。
「おい、君、その犬は……」
年配の門兵が険しい顔でポーチカの抱く“ポチ”を睨む。もう一人の門兵もやってきた。
ユランはどこ吹く風という感じでただ後ろに突っ立っているだけだ。
「な、なんでしょうか。林で見つけたので迷子かなと思いまして、この町に連れてきたんですが……」
「ちょっといいかな」と門兵は“ポチ”の首輪を覗き込む。
はっとした様子で顔を上げると、若い方の門兵に「ソレイル家に知らせを」と鋭く告げた。
「なんなんだ一体。早く町に入りたいんだが」
ようやくユランが後ろからぶっきらぼうに口を挟んだ。
「確認があるので少し待っていただきたい。ここだと列の邪魔になるので、では守衛室の方へ。ああ」
その犬は放さないように、と言いながら門兵はくるりと踵を返し、門の脇に張り付いたような小屋に向かって歩く。
ポーチカがユランを見上げると、ひどく大儀そうな顔をしている。
門兵に逆らって良いことはない。
「とりあえず行きましょう」と声をかけると、ユランは小さく息を吐き、ポーチカの後をのろのろとついてきた。
§
守衛室は机と椅子と棚だけの狭くて簡素な部屋だった。
「ではこちらで少しお待ちを」
門兵はさっさと出て行った。
飲みかけのコーヒーの入ったマグカップが置かれた机の前で、ユランがどっかりと椅子に座る。
ポーチカは荷物を床に置いてしゃがみ、机の周りを走り回る“ポチ”を眺めた。
「……何なんでしょうね一体」
「知らん」
ユランが言い捨てる。
「そいつが厄介者らしいのは確かだな」
「そんなこと言わないでくださいよ」
「まったく時間の無駄だ」
長い脚を組み、ユランは椅子の背にもたれて目を閉じた。
──でも確かに、ただのペットではなさそうだ。
桃色の尾を忙しなく振りながら、“ポチ”は狭い部屋を行ったり来たり、楽しそうに駆けていた。
ポーチカは“ポチ”を受け止め、その頭を撫でながらぼんやりと思う。
──この町では何の騒ぎも起こさず目的を果たしたいんだけどな。
しばらく待たされていた。
小窓から見える空は明るいが、壁掛時計の針は昼時に迫っていた。
痺れを切らしたらしいユランがじろりとポーチカを睨む。
「おい、いつ出られる。腹が減った」
「知りませんよ」
「聞いてみればいいだろ」
溜息をついてポーチカは立ち上がり、足にまとわりつく“ポチ”を蹴らないようにして扉に向かう。
外から鍵が掛けられていたので、ノックをする。
「あのー、いつまで待てばいいんでしょうか」
外に向けて尋ねた。
門兵は近辺にいるらしく、「もう間もなくだ」と扉の向こう声がした。
「だそうです」とポーチカがユランを振り返ると、ユランは小さく舌打ちをした。
背後の壁に触れ、「土じゃないのか」と苛立たしげに呟く。
「え、壊さそうとしないでくださいね、ほんとに」
ポーチカは焦った。ユランならやりかねないからだ。あの扉だって、その気になれば難なく壊してしまうだろう。
その時、前触れなく扉が開いた。
「──ポチ!」
その可愛らしく呼ぶ声に“ポチが”さっと耳を上げ、ポーチカもつい反応した。
入り口に立っていたのは、美しい少女。
丁寧に編み込まれた長い髪は“ポチ”の毛並みに似た桃色で、白い肌、仕立ての良いワンピース、汚れのない靴。明らかに上流階級の人間だとポーチカは察した。
“ポチ”は尻尾を振り、一目散に少女に駆ける。
屈んだ少女が“ポチ”を受け止めると、大事そうに抱き上げた。
「ポチ。心配したのよ、本当に……」
“ポチ”は泣きそうな少女の顔を舐め回している。
「良かったですね、お嬢様」と少女の背後にいた黒服の老爺も目を細めていた。
どうやら飼い主らしい。
嬉しそうな“ポチ”の様子を見てポーチカはほっとした。
“ポチ”を抱えながら、少女はポーチカ達に頭を下げる。
「ポチを見つけていただいてありがとうございます。先日、旅行の帰りに林で逃げ出してしまって、ずっと見つからなくて……魔物に襲われたかもされないと……」
「いえ。飼い主さんが見つかって、ぼくも安心しました。とてもかわいい子ですよね」
ポーチカが朗らかに声をかけると、顔を上げた少女と目が合った。暫しポーチカを見つめていた少女は、はっとしたように目を逸らす。
耳まで赤くなっている、とポーチカは少女を眺めて不思議に思った。
「わ、わたくし、ソレイル家の長女、ファリナシア・ソレイルと申します。ぜひ……この度のお礼をさせていただけないでしょうか」
少女は目を伏せたまま、上流階級風の優雅な仕草で一礼をした。 その腕の中で、“ポチ”がポーチカに向けてきゃんと鳴いた。




