上書き
夕食を食べ終えて、そろそろ舞踏会の時間になる。
今日は休校なので暇だが舞踏会には行かない。
「私はぜぇぇったい行かないから。お菓子あげるって言われても行かないから。」
両親にはこう伝えてあるので無理やり連れていかれる心配もない。多分。
小さい頃から社交ダンスなどを教育されてきてはいる。
でも大人の一方的な自己満を満たす教育はいらない。
「さてさて何をしようかなぁ。」
ふと課題をしなさいと言うメモを見つけたが、脳が考えることをやめたので問題はなかった。
ふっと通り掛かったなにかからいい香りがした。
(このメイド、えらく綺麗だなぁ)
そう私が見惚れているのは、私より一回り体の小さい猫のように切れ長な目をした美女だった。
(まるで彫刻だな…てかなんでこんなところでメイドやってるのかな)
そんなことを悶々と考えていると、通りすがりの美人なメイドがハッとしたように話しかけてきた。
「姫様、お手紙が届いていられましてよ。」
探るように滑らかなその手が私の手へと滑った。
自分のなにかを探しているのか知らないがどこか模索的だった。
「ありがとう。」
何も考えずふらっと手紙を受け取ってから視線は感じなかった。
〇〇〇
私の趣味は読書だ。理由は好きだから。
4人で騒ぐぐらいなら2人でなにかに浸かればいい。
家の中にある本棚を漁っている。
「あら姫さま、ごきげんようございますわ。」
いつの間にかいた例の猫目のメイドに話しかけられた。
(あれ、鍵開けてたっけ)
もちろん他所に教えられない情報も入っている図書室なので行き来する際は鍵を閉めるよう言い付けられている。
「何を探していらっしゃるんですか?」
にっと作り物のような笑みを浮かべた。
目が笑っていない。
(それにしても…眼光が鋭いな。まるで何かに刺されるみたいだ。)
「小説を読みたくて。やっぱり1人遊びの基本だよな」
よく現れるメイドに若干怯えつつも答える。
カチッ…カチッ…カチッ…古い時計の音に声が混じる。
メイドはパッと顔を上げて言った。
「あら、姫様も小説がお好きなんですか?奇遇だわ。私もよく小説を読むの。おすすめの本はーー」
おすすめの本を教えて貰ったり愚痴ったり色々しているうちに、もう1時間経っていた。
「あ、そろそろ部屋に戻らないと。お母さん達が帰ってくる。」
古い置時計を見てそう言った。
「あら、もうこんな時間でしたのね。申し訳ありません。」
ぺこりと会釈をする。
「あと、先程お渡ししたお手紙は、ご友人からだそうです。早めにお返事をだそうです。」
そう言い残して、つかつかと乾いた革靴の音を鳴らして持ち場に帰って行った。
慣れない空気の温かさに、狂ってしまいそうだった。
いつも、誰かと騒ぐより1人でなにかに没頭した方がいいと思っていた。
でも、それは上書きしないといけないみたいだ。
案外、2人で騒ぐのも悪くないと思った。
数時間後
「この本深いなぁ。」
遠くの国から手紙を貰った姫は、その王子に恋をする。
でも、結局結ばれずに死んでしまうという話だ。
「私も、こんな恋をするのかな」
ドラマチックじゃなくていい。
ただ、くだらない恋をしたかった。
(ああ、手紙開けないと)
確かメイドが見ろと言っていた気がする。
柘榴色の飴でで封じられた手紙は、べりっと力を入れればすぐ開ける。
(恋火さまへ…やっぱり私宛で間違いないな)
まだあまり表にも出ていないので直接手紙を貰うことはあまりない。
「ええっと…なんだなんだ?」
〇〇〇
恋火さまへ
ごきげんよう、私よ、愛華よ。
やっぱり2週間とはいえ休校は寂しいものね。暇で暇でしょうがないわ。
あまりにも寂しいものだから、ご褒美に新しいアクセサリーを買おうかしら。あれ、高いのよね。
あと、爽太くん、理仁くん、私、恋火でお茶会をしない?寂しさを埋めるついでにお茶会に誘ったの。
食べたいものがあったら持ってきてね。
じゃあごきげんよう。嬉しい報告待ってるわ。
愛華より。
(はあ…してやられた。)
私はお茶会に出たことがない。
つまりそういうことだ。
(マナー…おしゃれ…化粧…)
これらはお茶会では必須な知識。
でも私は全く知識がない。
(どうしよう…)
今更親に相談して教えてもらうのもなぁ…
と考えていると。
ドアの音がした。
「姫様、何かお困りでしょうか?」
猫目のメイドが立っていた。
(えっと…勘づかれた?もしかして…親にチクられるかな)
そんな心配が渦巻いている。
「なにかお困りでしたら何なりとお申し付けください。」
ふっと笑ったその笑顔は、
やっぱり彫刻のように作り物の笑みだった。
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最近寒いですね。




