魔帝、暇を持て余して勇者を鍛える
――我が名は魔帝ゼルグラード。
かつて人類を震え上がらせた、破壊と恐怖の化身である。
千年の封印を破り、ついに復活を果たした。満を持して高らかに叫んだ。
「世界よ、震えて眠れェッ!!」
……誰も震えなかった。
かわりに村の長老に言われたのは、
「え、ゼルグラード? 誰だっけ?」である。
復活三日目。ワシ、超ヒマ。
◇ ◇ ◇
その日も山の岩場で黄昏れていたら――
「う、うおおおおおお! そこの黒いおっさん!! 貴様を倒しに来たぞおお!!」
見ると、木の剣を握った少年がいた。服ボロボロ、片足裸足、全身砂まみれ。
「誰だお前」
「勇者レイだ! 魔帝ゼルグラード! お前を倒すために生まれてきたんだ!」
「久々に名前を正しく呼ばれた気がする」
「くらえ、必殺剣・木の舞いッ!!」
ズバァッ。風圧だけが空を裂いた。
魔帝のマントがほんの少し揺れた。
「……潔いほどの雑魚」
「う、うるさいっ……ゲボォ!」
少年は胃液を撒き散らしながら倒れた。
「お前、登山で限界だったろ」
「う……そうかもしれない……」
魔帝は額を押さえたが――
「……よかろう。退屈しのぎに、お前を“本物の勇者”に鍛えてやる!」
「マジで!? や、やめ――」
「地獄の特訓、開☆幕!!」
◇ ◇ ◇
■一日目:「崖登り三百本」
「え、あの垂直の崖!? 死ぬ死ぬ――ギャアアア!!」
■二日目:「火の精霊との追いかけっこ」
「無理火が喋ったァァ!! ズボン燃えてるぅう!!」
■三日目:「重力×100倍の部屋でスクワット」
「ヒザが! ヒザが床にめり込むうう!! ゲボッ!」
※毎日一回は吐いている。
「魔帝様、これは訓練というより拷問では?」
魔王軍の参謀ミーナが眉をひそめる。
「違う。これは愛だ」
「こえぇよ」
◇ ◇ ◇
一週間後。
「はっ、はっ……魔帝……さま……」
レイはボロボロで立っていた。
息も絶え絶えながら、目は以前より確かに鋭い。
「おぉ……立った。雑魚が立った……! 奇跡かな?」
「うるせぇ……次こそ“火の……なんだっけ”……ゲボッ!」
また吐いた。
◇ ◇ ◇
その夜。焚き火のそば。
レイは虫をくわえたまま熟睡していた。
魔帝は静かに火を見つめる。
「……我は破壊の存在。恐れられ、忘れられた」
風がマントを揺らす。
「だが、こいつといると妙に……退屈しないのだ。くだらんな」
空を見上げながら、魔帝ゼルグラードはそっとレイの口からカブトムシを引っこ抜いた。
「……死ぬなよ、小僧」
それは、千年の孤独を癒すような、小さな――絆だった。
◇ ◇ ◇
翌朝、レイは目を覚まして言った。
「……虫、食ってた気がする……」
「気のせいだ。おかわりいるか?」
「いるかぁ!!」
山に、二人の笑い声が響いた。