⑨魔法使いが弟子
今度はアイシャのことを、じっと凝視するレオン。
「え、ちょっと待ってください。……この子もしかして、天使? 天使なんですか!?」
俺の妹だと、お利口さんのアイシャがさっき自分で自己紹介しただろうが!
しかしアイシャ天使説は、俺も推奨する。
っていうか本当に天使がいたとしても、やっぱりアイシャのほうがかわいいまであるかもしれん。
「天使ではない。俺の世界一かわいい妹、アイシャだ」
ドヤ顔で答えると、レオンはまたしてもとんでもなく失礼な発言を繰り出した。
「冗談ですよね? だってカイトさんは、どちらかというと悪魔じゃないですか。ぁ、もしかして……。血の繋がりはない感じですか?」
……本当にこいつ、びっくりするくらい無神経だな。
やはりレオンのことはアイシャに紹介するべきではなかったかもしれないと、心の底から悔いた。
***
家の中にレオンを迎い入れ、ちょうど手当てをはじめようとしたタイミングで、勢いよく玄関の扉が開いた。
「カイト! なんか怪しい男たちが、あなたのことを探してるって聞いたんだ……けど……」
ノックもなく部屋に入ってきたのは、いうまでもない。
俺の幼なじみであり同じくNPCの、リーリアである。
血を垂れ流しながら我が家の小さな椅子に大きな体を縮こめるようにして座るレオンの姿を目にした彼女は、ごくりと唾を飲み込んだ。
だけどこれも、当然といえば当然の反応といえよう。
なぜなら外界からこのヴァルダの村をわざわざ訪れようなどと考える奇特な人間は、プレイヤーを除けばほぼいないからだ。
「ありがとう、リーリア。俺を心配して、伝えに来てくれたんだね。だけど、大丈夫だよ。もう全部、解決した」
クスクスと笑って答えると、彼女は一瞬ぽかんと大きく口を開けた。
だけどすぐに我に返り、俺の両肩を掴んでわしわしと揺らした。
「全部、解決したって……。いったいどういうこと!?」
……まだうら若き乙女のはずなのに、やっぱりオカンみが強い。
だけどこれも俺の身を案じてくれてのことだと分かっているから、心がほっこりあたたかくなった。
しかしそんな俺の生暖かい笑顔に気付いたのか、リーリアは不快そうに唇をへの字型に曲げた。
安定の、ツンデレ発動である。
「実をいうと、運悪くさっきそいつらに捕まっちゃったんだけど。そこをたまたま通りかかったこのレオンさんが、助けてくれたんだ」
少しも詰まることなく、ツラツラと口をついて出る噓。
それを耳にしたレオンは、ギョッとした様子で瞳を見開いた。
アイシャとリーリアには見えないであろう絶妙な角度で、笑顔のままレオンの足に軽く蹴りを入れる。
するとさすがに状況を理解したのか、彼も俺に話を合わせてくれた。
「そうなんです。しっかり脅しておいたので、彼らのことはもう心配しなくて大丈夫だと思いますよ」
疑うような視線を、俺らに向けるリーリア。
いっぽうアイシャは、瞳をキラキラと輝かせて言った。
「わぁ、そうなんだ! お兄ちゃんを助けてくれてありがとう。レオンお兄さん、めちゃくちゃ強いんだねぇ!」
……実際に悪党どもを殲滅したのは、俺だがな。
真実を伝えられないもどかしさを感じながらも、それを口にしたら絶対余計に面倒なことになる。
それが分かっていたから、ただ曖昧に笑っておいた。
「……そうなんですね。でもレオンさんは、なんでこんな辺鄙な山奥にあるヴァルダの村へ?」
やはりリーリアはこの作り話を、あっさり信じてはくれなかったようだ。
なので俺は、とっさに浮かんだ新たな噓の設定を口にした。
「実はレオンさんは、行商人の仕事をしていてね。ラインハルトに向かう途中で、たまたまこの村を通りかかったところだったみたいだよ」
ラインハルトというのはこのレッド・アースのゲーム世界における、首都にあたる場所だ。
そのための通過点として村を通りかかったというのであれば、不自然ではないはずだ。
アイコンタクトを送り、さっさとうなずけとレオンにサインを送る。
するとレオンはうさん臭いまでにさわやかな笑みを浮かべ、俺の発言に続いた。
「はい、そうなんですよ。とはいえ仕入れた商品はすべて情けないことに、カイトさんを救出している間に盗まれてしまって手元には残っていないんですが……」
ナイスフォローだ、レオン! 無神経なようでいて不思議とこういう気遣いはできるようだから、そばに置いておいて俺も損はないかもしれない。
「えぇ!? 大丈夫なんですか、それ! 大事な商売道具だったんでしょう?」
リーリアも基本的には善良な人間だから、怪しむよりも先に彼のことを案じ始めた。
だけど、しめしめ。これで疑いの目は、背けることができたぞ。
ふよふよと上がりそうになる口角を無理やり押さえつけ、神妙な表情を無理やり作った。
「何事も、命があってこそだと思うので。カイトさんを助けることができて、本当によかったです」
よしよし、いい感じの受け答えだ。レオンの好感度が爆上がりしているのは少し気に食わないが、これからしばらくの間はこの村に滞在してもらうことになる予定だから、嫌われてどうしようとないなんてことになるよりはよほどいい。
「……レオンさん」
感動したように、瞳をうるませるリーリア。
それをアイシャは、驚いたように見つめた。
ぴょんと椅子から飛び降りて、トテトテと俺のそばに駆けてくるアイシャ。
それから彼女は俺の耳元に唇を寄せ、コソコソと小声でささやいた。
「まずいよ、お兄ちゃん! リーリアお姉ちゃんが、レオンお兄さんに盗られちゃう!」
アイシャ! いつの間にそんなおませさんなことを、考えるようになったんだ!?
俺が留守の間に時折世話をお願いしている近所の農村マダムたちの井戸端会議のせいで、耳年増化しているんじゃないのか!? お兄ちゃん、とっても心配!
愕然としながらも、俺もアイシャの小さな耳に口を近づけた。
「……アイシャ、余計な心配はしなくて大丈夫。お兄ちゃんとリーリアは、そういうのじゃないから」
ぷぅとほっぺたを膨らませ、不満そうな表情を浮かべるアイシャ。
そんな顔すらもとてつもなくかわいいが、まじでリーリアと俺はそういうんじゃねぇから!
ちょっと苦笑して、アイシャのやわらかな髪に軽くポンポンと触れた。
だけど、ちょうど良かった。
レオンと今後のことについて話し合いたかったのだが、アイシャがいるところでは言葉を選びながらになるから少し困るなと思っていたところだったのだ。
「ところで、リーリア。少しの間アイシャのことを、お願いできないかな? これからレオンさんと、ちょっと大事な話がしたいんだ」
「うん、いいわよ。じゃあアイシャちゃん、いこっか? 母さんが焼いた、おいしいクッキーが家にあるの」
その言葉を聞き、すぐにご機嫌を直したらしいアイシャは両手を万歳するようにあげ、満面の笑みで答えた。
「わーい、やったー! おばさんの焼いてくれたクッキー、アイシャ大好き!」
リーリアに手をつながれ、アイシャが玄関を出るのを見送ってから。
俺は素の自分を隠すのをやめ、レオンに告げた。
「さて……。じゃあ治療しながら、ビジネスの話をしようか?」
真剣な表情で、レオンが無言のままうなずいた。