⑥リーダーの正体
さらに激しさを増していく、俺とリーダーの戦い。
キンキンという刃物同士がぶつかり合う音は、止まることなくずっと響き続けている。
おそらくこのバトルを傍観しているやつらはきっと、もう目で追えてすらいないに違いない。
男の剣が頬をかすめた瞬間、鋭い痛みが走った。
だけどその時、感じてしまったのだ。
『あぁ、俺は本当に生きているんだな』、って。
だからこんな自分はきっと、どこまでいっても生粋の戦闘狂なのだろう。
自然と上がる、俺の口角。
それは相手の男も同様なようで、形の良い唇が楽しそうに弧を描いている。
刃先が長い分リーチも長いが、俺の方は鎌を二本使いしているため、特に引けを取っているとも思わない。
体格差はあるものの経験の差が物を言い、徐々に男を壁際に追い込んでいった。
鎌の刃先に触れ、切られた彼の金色の髪がハラリと宙を舞う。
その時男の背中が、ついにトンと壁に当たった。
汗が男の額を伝ってぽとりと落ちて、床にシミを作った。
「そろそろ、終わりにしよっか。なかなか楽しかったぜ、リーダーさん。じゃあな、バイバーイ!」
覚悟を決めたように、男がぎゅっと瞳を閉じる。
そして俺が鎌を大きく振り上げた、その時だった。
プレイヤーのひとりが、椅子に縛り付けられて目隠しをされたままのロジャー爺さんの首元にナイフを突き付けた。
その気配を察知したから、自然と手が止まった。
「リーダー! なにを迷ってるんです? こっちには、人質だっているんだ。なにも正々堂々と戦う必要なんて、どこにもねぇ」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、俺のことを見つめるパーティーのメンバーたち。
ナイフの刃先が首に食い込み、じんわりとあふれ出す鮮血。
……本当にプレイヤーっていうのは、どこまで腐りきってやがるんだ。
怒りで体が震える。こんなことは、はじめての経験だった。
「……ほんとお前ら、サイテーだな」
俺ひとりであれば、このリーダーと呼ばれる男以外全員、瞬殺することが可能だろう。
だけどこいつとの戦いに集中しすぎるあまり、完全に他のパーティーメンバーの存在を失念していた。
俺があの男を殺るのが先か、それともあいつが爺さんの首を掻っ切るのが先か。
爺さんをこれ以上ケガをさせたくなかったせいで、生じてしまった一瞬の迷い。
このあと続くのはきっと、爺さんを解放する代わりに俺を殺らせろという、理不尽でクソみたいな要求に違いない。
俺ひとりの身であれば、迷いなくこの体を差し出すことができただろう。
だけど俺には幼い妹の、アイシャがいる。
……あいつにはもう、俺しかいないのに。
自分の慢心が呼んだ、危機的な状況。
プレイヤーたちだけでなく、自分にたいしても怒りがわいてきた。
だけどそのタイミングで、爺さんは思わぬ言葉を口にした。
「カイト。わしのことは、気にするんじゃない。どの道こいつは、わしのことを殺せやせん」
ククッと笑いながら、ロジャー爺さんが言った。
虚勢を張っているのかとも思ったが、どうやらそういう感じでもないように思える。
その言葉の意味が分からず、困惑する俺。
「そんなわけないだろう! こいつらプレイヤーたちは、俺らの命を虫けら同然だと思ってるんだぞ!?」
「ハハハ、たしかにそうじゃな。それでもこいつにわしは、殺せんのだよ。なぜなら……」
爺さんが、すべて言い切るより早く。
「なに言ってんだ、この耄碌じじいが! ならまじでできないか、試してやるよ!」
男はナイフを振り上げ、思いきり斬りつけようとした。
だけどその瞬間、男の体はまるで氷漬けにでもされたみたいにまったく動かなくなってしまった。
ざわつく、プレイヤーたち。
だけどこんな不可解な状況、俺だって意味が分からなかった。
まさか爺さんも俺みたいに、転生者なんだろうか?
いや、だけどその可能性は限りなく0に近いだろう。
だってもしそうなら彼はこんな雑魚どもにはなから捕まることなどなかったはずだし、過去の村人たちの危機をただ指をくわえて見ているなんて真似、絶対にしなかったはずだから。
だったら、なぜ。……誰がこの男の動きを、封じたんだ?
その時、ふと気付いた。
これはおそらく、魔法の力だ。それもいまかけられたのではなく、事前にかけられていたものに違いない。
そしてそんなことをできる人間は、いまこの場にひとりしかいない。
リーダーのほうを振り向き、ボソッとつぶやくように言った。
「なんでだよ? ……なんでNPCのロジャー爺さんを、プレイヤーのあんたが守るような真似をする?」
バツが悪そうに、ポリポリと頭をかく男。
だけどその行動が、逆に俺のこの考えを確信へと変えた。
男が答えるより先に、やれやれとでも言うように爺さんが再び口を開いた。
「そもそもの話。わしがさらわれたのは、リーダーと呼ばれるその男以外の連中の独断によるものじゃ。だからそいつはその事実を知った時、めちゃくちゃ腹を立てておったよ」
「お爺さん! 余計なことは、言わないでください!」
あわてた様子で、俺と爺さんの会話に割って入ろうとするリーダー。
だけどロジャー爺さんはあきれたように笑い、話を続けた。
「だからわしに殴られた痕が残されているのに気付いた時も、暴力を振るった男をすぐにパーティーから追放してしまった。それだけじゃないぞ。万が一に備え、魔法をかけてくれたんじゃ。わしの命が危機にさらされた際に、一度に限り守ってくれる保護魔法をな」
NPCはプレイヤーにとって、狩りの対象でありただの獲物でしかない。
それがこのゲーム、『レッド・アース 〜血塗られた大地〜』の世界における常識なんだと、俺自身疑うことなくそう思い込んでいた。
……だけどこの男は、そうじゃなかったというのか。
「はぁ……。そうですよ、たしかに魔法は僕が事前にかけておきました。だってこれでもしこのお爺さんの身になにかあったら、夢見が悪すぎるじゃないですかぁ」
拗ねたような表情で、うつむいたままボソボソと答えるリーダー。
いや、キャラ崩壊しすぎだろ! それに、僕って。
……さっきまでの汚い口調は、まじでどこ行ったんだよ。
突然の豹変ぶりに、ドン引きする俺。
だけど男のほうはもう完全に開き直ったのか、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせながら、ふんふんと鼻息荒く予想外な言葉を口にした。
「でもこのパーティーのリーダー、引き受けて本当に良かったです! まさか。……まさか亡くなったと聞かされていたあの世界ランキング3位、アサシンランキング1位のレッド・アース界のレジェンド、K△Iさんにお逢いできるだなんて!!!!」
「……は?」
男の発言に、思わず目を剥いた。