⑤居心地の悪い視線
再び呪文を、唱え始めたリーダー。
俺は前世でも魔法使いじゃなかったが、攻撃を受けた際の対策法のひとつとしてある程度呪文も覚えているからそれがなにを意味するのかくらいは分かる。
「ふーん、身体強化か。なかなかいい魔法を使うじゃん」
男を止めることなく、詠唱の完了を腕組みしたまま待つ俺。
その余裕すぎる態度を目にした男は、不快そうにきれいな顔をゆがめた。
まばゆい光が、男の体を包みこんでいく。
光の色によってその効果のほどは変わるとされているのだが、この男が放ったのは虹色の光だった。
……ステイタスボードが使えないから正確な数値までは分からないが、やっぱこいつポテンシャルがえぐいな。
絶対にこれ、ジョブランク的にSランクラスかそれ以上だろ。
戦闘スキル自体は未熟だが、伸び代がヤベェ。
さすがに回復魔法はヒーラーじゃないから使えないはずだが、一時的にこれで男は先ほどの痛みも麻痺させることにも成功したはずだ。
だったらこっちも、遠慮なく全力でいかせてもらうとしよう。
そんなふうに考えた瞬間、ふと気付いた。
……ヤバいな、俺。普通にこのバトルを、めちゃくちゃ楽しんじゃってるじゃん。
ちょっと苦笑して、再び二本の鎌を構え直した。
大剣の柄にぶっ刺さったままになっていた鎌を引き抜き、床に放り投げる男。
うーん……。やっぱちょっと詰めが甘いんだよな。
そんなところにぶん投げたら、俺が奪い返そうとする可能性をなんで考えることができない?
普通の人間であれば鎌を同時に三本も扱えないという思い込みがあるのかもしれないが、ただ相手に向かい投げつけるだけでも充分隙を作ることができるというのに。
とはいえそんなことをいちいち敵に教えてやるほど、俺は優しくない。
あとであいつの意識からあの鎌が完全に外れたタイミングで、しっかり奪取してやるとしよう。
にやりと不敵に、わずかながら上がる口角。
それに気付いたのか男は、なぜか少し考えるような素振りを見せた。
それから彼は足を伸ばし、思いきり鎌を蹴り上げた。
バリンと大きな音を立てて窓が割れ、外に勢いよく飛び出した俺の鎌。
……さっきまではあれを警戒する素振りなんか微塵も見せていなかったくせに、なんでバレたんだ?
「チッ……!」
自然ともれ出た、大きな舌打ち。
その瞬間男の瞳が、大きく見開かれた。
「まさか……。そんなはず……」
困惑したようにそういうと、男は軽く左右に頭を振った。
そのまさかというのは、なにを指す?
俺が落ちた鎌を、狙っていたことか?
いや、おそらく違う。そうじゃない。
……なら俺はいったい、なにを見落としている?
男の俺を見つめる視線がさっきまでとは変わったような気がするものの、それがいったいなにを意味するのかが分からず、すべてを見透かされているみたいで居心地が悪い。
それが殺意や畏怖の念であれば、全然気にはならないだろう。
だってその手の視線なら、前世から幾度と向けられてきた。
「その目つき、なーんか気に食わねぇんだよ……な!」
最後の一音を発するタイミングで、鎌を大きく振り上げた。素早い動きで、それを避けるリーダー。
しかし男がそれを避けるとするのを見越して、ほぼ同時に足で膝に思いきり蹴りを入れてやった。
「クッ……、本当に情け容赦ないですね」
ふらふらとよろめく、男の巨体。苦痛にゆがむ表情。
相当量のダメージを与えることができたようだが、それ以上に彼の口調が突然変わったことのほうが気になった。
そのことに疑問を抱きながらも、軽く鼻で笑って答えた。
「当たり前だろ? お前らは俺らNPCを、いつだって理由もないのに殺してきた。だから俺だって、お前らプレイヤーを全力で殺ろうとしてなにが悪い?」
男の瞳が、惑うように揺れた。
「それにお前らプレイヤーは、たとえ死んだとしてもまたやり直しがきく。だけど俺らNPCの命は、一度きり。……死んだら、次はねぇんだよ」
こいつにこんなことを話して聞かせたところで、なんの意味もない。
なぜなら話し合っておとなしく引き下がってくれるほどプレイヤーたちが俺らNPCのことをちゃんと人として扱ってくれるなら、俺の両親はきっと殺されたりはしなかったはずだから。
父さんは戦いに駆り出され、そのまま帰らぬ人となった。
もしかしたらという淡い期待も、あとから同じく戦いに参加していたヴァルダの村人に、泣きながら遺髪を届けられたことではかない夢となり消えた。
その数ヶ月後。母さんは俺とアイシャの目の前で、新しく買ったばかりだという武器の試し斬りに使われ、あっさり死んだ。
幸いアイシャはまだ幼く、その時のことをまったく覚えていないのが不幸中の幸いといえよう。
これまで溜めてきた鬱憤が一気に爆発し、もう止めることができなかった。
目の前のこの男が、両親を殺したわけじゃない。
そんなのは俺だって、よく分かっている。
だけど持って行き場のないこの怒りや悲しみの矛先は、じゃあいったいどこに向ければいいというのか?
「……」
ポロポロと、こぼれ出した涙。
俺以外の全員が、無言のまま息を呑む。
だけど別にこいつらに同情されたいわけでもなければ、自らの不幸をただ嘆きたいわけでもない。
ふぅと大きく深呼吸をして、精神を集中させる。
視界をぼやけさせる涙をぐいと手の甲で拭い、リーダーの顔をキッと睨みつけた。
かつてないくらい、感情が昂っていくのを感じる。
俺から滲み出した殺意に怯むように、男がごくりと唾を飲み込んだ。
双鎌を手にしたまま、再び勢いよく男に斬りかかる。
彼は素早い動きでそれを大剣で受け、交わした。
剣と鎌が交わるたびに、狭い家の中にキンキンという刃物同士がぶつかり合う音が響き渡る。
それは次第に速度を増し、残りのプレイヤーたちはただ呆然と俺たちの戦いを見つめていた。
リーダーはなぜか俺に剣を向けるのを、ためらっているように思えた。
だけどその余裕な態度が気に食わなかったから、わざとまた煽るような発言をしてやった。
「おい……。お前もちゃんと、本気を出せよ。どの道生き残るのは、ひとりだけなんだからさぁ」
すると最初は防戦一方だった男も、覚悟を決めたのかようやく俺に向かい剣を振り上げるようになった。
身体強化の魔法をあらかじめかけた男の剣は、一撃一撃が鋭く重い。
農業で体は同じ年ごろの男子よりも鍛えられているとはいえ、魔法剣士を相手取り闘うのはさすがにちょっと分が悪い。
なのに俺の心に満ちていくのは、焦りや恐怖ではなくただ楽しい、もっとこいつと刃を合わせたいと思う感情だけだった。
本当に我ながら、いかれてやがる。
自嘲的にフッと笑うと、俺と同じようにこの戦いを楽しんでいる様子の男と目が合った。




