㉘冬の終わり【前編】
のんびり更新再開します。
よろしくお願いします。
「さてと。じゃあ今日から俺も、そろそろ武器を使わせてもらうとしようかね」
いつものように、早朝の山頂で。
レオンに向かい鉄製の棒を手に笑顔で告げると、彼は嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせた。
「……カイトさん!」
「おいおい、喜んでる場合か? 全力でいくから、覚悟しろよ」
言うが早いか、全力でレオンに向かい駆け出す。
最初の頃は油断したレオンをこれだけですぐに仕留めることができたが、俺が直々に指導をつけたのだ。
順応性、瞬発力、そして警戒心。そのすべてが飛躍的なまでに向上しているから、最初の攻撃は紙一重のところで避けられた。
「もちろん喜んでいる場合じゃないのは、僕だってちゃんと分かっています。カイトさんの攻撃、本当に情け容赦ありませんから……ね!」
最後の一音を発するタイミングでレオンの手のひらから放たれた、小さな火の玉。
それを避けるため、素早く距離を取る。
無詠唱での、簡易な炎魔法。これはあまり知られていないものだったが、転生前に喧嘩をふっかけてきた魔法使いをぶっ殺す直前に、フルボッコにして無理やりそのやり方を聞き出した。
とはいえ俺は魔力なんてもんをまったく持ち合わせていなかったから、今後他の野郎に同じ魔法を使われた時、すぐさま対応できるための保険として知っておきたかっただけだった。
……なのにこれが、こんなところで役に立とうとは。
だけどこの魔法をあっさり使いこなせるようになったのは、やっぱりこの男の魔力の高さと、器用さがあってこそのことだろう。
「うん、いまのはなかなかいい反撃だな。事前にそんなことができるって知らない雑魚なら、あっさり仕留められてたかもな」
評価しながらも、攻撃の手は休めない。
今度は棍棒を使って、足元に打撃。……と見せかけておいての、膝を使った顎への一撃。
さすがにこれには反応しきれなかったのか、レオンの体が大きく揺れた。
「こめかみへの打撃同様、顎への攻撃も脳を揺らす効果があるから」
にっこりとほほ笑みながら、孫悟空の持つ如意棒みたいにクルクルと棒を回転させた。
ゴクリとツバを飲み込み、よろめきながらもこくりと真剣な表情で小さくうなずくレオン。
まだ心は折れていないらしい。……優秀な弟子だよな、ほんと仕込みがいがある。
「はい! ではレオンくんに、ここで問題です。俺はなんでこれを、お前への指導時の武器に選んだのでしょうか?」
真面目な顔のまま、考え込むレオン。
しかし以前とは違い思考に完全に意識を持っていかれることなく、降りかかる棒は避けてみせる器用さがある。
「えっと……。以前お聞きしたように、中に布を詰めているので防音性に優れているから。あとは、そうですね。……ダガーとは違い、僕に致命傷を与えずにすむから?」
「前半は、正解。よくできました。だけど後半は、不正解。保護魔法かけてあんだから、俺は別に殺す気でヤッても問題なかろ?」
「カイトさん……!」
盛大に顔を引きつらせ、涙目になるレオン。
でもそれには構うことなく、笑顔のまま続けた。
「俺とお前じゃ、身長差がある。だからどうしても、リーチには差が出ちまう。だけど適切に武器を選ぶことで、その差はあっさり埋めることができる」
解説しながらも、棒を使って今度はフェイントではなく腹部に一撃。
レオンの唇から、鮮血があふれ出た。
にもかかわらずこいつは、真摯な態度でその答えを受け止めた。
「なるほど、たしかに。カイトさんなら相手が死なないのが分かっていたら、そんな温情かけるはずもない。だけど……」
にやりと不敵に、レオンの口角が上がる。
それを見てちょっとわくわくしてしまうあたり、生粋の戦闘狂なんだなと感じた。……俺も、こいつも。
「こっちにも、武器はあるんです。なのでこれで、リーチの差はまた逆転ですね」
あらかじめ今日の特訓が始まる前に、魔法を仕込んでいたのだろう。
いつもとは異なり、七色の光を放つ大剣。
特訓を始める前のレオンならきっと、こういうのは卑怯だと考えていたはずだ。
だけどバトルには、卑怯もクソもない。
魔法自体は元々レオンに備わっている能力なのだから、別にズルというわけでもない。魔道具使いなんてのもいるし、ネクロマンサーなんていう操った死体の後ろに隠れて戦う野郎だっている。
勝てば官軍、つまり最後に勝てばいいのだ。
「ほーん、まぁたしかにな。だけどそれくらいで、調子のんなよ? 俺様に勝とうなんざ、百万年早いんだわ」
ギャハハと笑いながら、中指を立て煽る。
でもこいつは、冷静だった。
「そんな煽り、僕には効きませんよ。そんなの、むしろ。……むしろ、ご褒美です!!」
剣を構えての、力強い発言。だけどそのあまりの気持ちの悪さに、思わず身震いした。
「喜んでんじゃねぇぞ、クソが!! お前はキモ過ぎなんだよ、ほんと」
剣と鉄棒が交わり、キンキンと鈍い金属音が小さく響く。
俺の指導を真剣に受け、まるでスポンジみたいにすべて吸収していくこいつは、本当にいい弟子だった。
とはいえ一度負けて自信を持たせてやるなんてのは、俺の性に合わない。
「全力でいくぞ、だからお前も死ぬ気で来いや」
スゥと息を吸い、顔から笑みを消した。
覚悟を決めたような顔で、俺に向かい駆け出すレオン。
最初の頃は素手の俺にたいして多少の遠慮も感じられたが、俺相手にそんなものは必要ないと理解してからは迷うことなく全力で挑んでくるようになった。
それにレオン同様、俺の体にも保護魔法をかけてもらっているしな。
さらに激しさを増す、戦闘。でもそれを俺だけでなく、レオンも楽しんでいるのが伝わってくる。
……こいつもほんと、いかれてやがる。
剣先から放たれた、土魔法。
雪の下に埋もれていたはずの種が芽吹き、冬の時期に不釣り合いなほど鮮やかな緑色をした草が俺の足を固定するみたいに地面に縫い付けた。
おそらくこれでもう俺が身動きが取れないと、そう判断したのだろう。
心底申し訳なさそうな表情で、レオンは叫ぶように言った。
「すみません、カイトさん。一勝目、いただきます!」
容赦なく振り上げられた、レオンの大剣。
……だけど、甘い。
思い切り、力を込めて。……両足を犠牲にする覚悟で、地面から引きちぎろうとした。
「ちょ……、カイトさん!?」
あわてた様子で剣を放り投げ、魔法を解除するレオン。……ほんといいヤツだけど、甘ちゃん過ぎる。
悲鳴をあげそうなほどの激痛に耐えながらこっそりコートのポケットを漁り、ポーションの入った小さな瓶を取り出した。
歯を使って蓋を開け、一気に両足に振りかける。
「うゎ、この臭いってまさか……!」
涙目のまま鼻を押さえ、レオンが言った。
「そうだよ、ポーションだよ。お前が魔法を解除しなかったら、足ごと引きちぎってやるつもりだったんだがな」
答えながら棍棒を振り上げて、レオンの後頭部を思いっきり殴打した。
「悪ぃな、大人げない師匠で。でも俺、負けるの大っ嫌いなんだわ」
ぐらりと大きく、レオンの巨体が揺れる。
そのまま彼は白目を剥いて、地面に倒れた。
おそらくもうレオンにはこの声が届いていないであろうことに気付きながら、ベェと舌を出し告げた。




