㉖アイシャ、はじめてのおつかい(4)
突然の攻撃に驚き、逃げることも、避けることすらもできない男。
ダガーが男の手首に触れ、そのままはねた。
飛び散る、血飛沫。
その場にうずくまり、うめき声をあげる男。
そいつはそのまま意識を失ってしまったが、出血多量で死に至るほどではなかったらしい。
「あーあ、ダガーが久しぶりすぎて力加減を間違えちゃったみてぇだな。落とすつもりは、なかったんだけど。……今は、まだ」
アイシャには明確に分からないようにちゃんと言葉を選びながら、しっかり精神的にもプレイヤーたちを追い込んでいく。
もうひとりの男があわててログアウトしようとしていたから、次のターゲットはそいつに定めた。
「悪いが俺は今日、忙しくてな。しっかり遊んでやるつもりだったが、気が変わった。……次は、お前な」
そう。今日はとても、忙しいのだ。俺も、妹のアイシャも。
だって今日は俺の誕生日なので彼女はまだ準備が残っているし、俺もきっちり祝ってもらわなければならないのである。
なのでここでこんなクソボケカス雑魚プレイヤーどもと、遊んでいる暇はないのだ。
だからここからは、超時短コースでいかせてもらおう。
再びダガーを振り上げて今度はいきなり首に斬りつけ、はねた。
男の頭が、宙に舞う。それは残るひとりの顔面にあたり、そのままそいつは尻もちをついた。
だけどその頭と体も、すぐに消え去った。
「っ……!」
声にならない悲鳴をあげ、ズリズリと尻ばいで後ずさる男。
「やっぱ、ダガーはいいな。鎌だと難しかったけど、ノーマルでも一発ではねれんじゃん」
血まみれのダガーに頬ずりすると、男は情けないことに号泣し始めた。
「お、泣いてんの? ちゃんと、反省してくれた?」
俺の言葉に何度もこくこくとうなずきながら、涙と鼻水まみれで媚びた笑みを浮かべる男。
俺がニッコリとほほ笑むと、こいつはホッとしたように笑った。
「でも、駄目でーす! お前も、レベル1からやり直しの刑に処す」
ダガーを再び振り上げ、今度は上半身と下半身をきれいに斬りわけた。
世界一可愛い、俺のアイシャに手を出そうとしやがったのだ。プレイヤーとしての命を、その対価としてもらっとくに決まってんだろうが。
でもここで眼球えぐり取られて、永久にレッド・アースで地獄の攻め苦に遭い続けるよりはまだよかろう?
俺ってば、まじやっさしー! 天使じゃね?
死後の世界にご案内するって点も、一緒だし。
「さてと。残るは、あとひとり。意識もう、取り戻してんだろ? バレバレなんだわ」
腕をはねられ、うずくまっていた男の体を軽く足で蹴飛ばした。
ガタガタと震える、男の巨体。
だけど俺が現れなかったらきっとこの男は、アイシャの命を奪っていたに違いない。
腕を俺に斬り落とされたせいで、意識が朦朧としているのだろう。
男はなにもいうことなく無様に地面に寝転がったままただ俺を見上げ、やめてくれとでもいうように小さく左右に首を振った。
アイシャの様子を確認すると、ぎゅっと目を閉じたまま、スカートの裾を強く握っている。
相当こわい想いをさせてしまったのだと思うと、リーリアの家に寄り、レオンに妹を任せきりにしてしまったことが本当に悔やまれる。
……俺がついていたさえ、このクソ野郎どもにはアイシャに近付くことすら許さなかったのに。
お面の下。ギリッと強く唇を噛み、今後は二度と同じミスは犯さないと心に誓った。
「もしまたこのヴァルダの村に足を踏み入れるようなことがあれば、今度は生きたまま俺が制裁を加える。簡単には、死なせてすらやらない。だからもう二度と来んじゃねぇぞ、分かったか?」
ダガーの刃先で、男の顔に軽く傷を付ける。
男の鮮血が、汗とともに頬を伝っていった。
「お返事は?」
笑顔のまま再び声を掛けると、男は力なくコクリとうなずいた。
それを確認してからダガーを振り上げ、そのまままた首をはねる。
すると男の体は一瞬のうちに視界から消え失せ、そこには血の痕だけが残された。
血に濡れてヨレヨレになってしまったお面を外しながら、優しい声色を使いアイシャに声をかけた。
「小さなお嬢さん、目を開けずに聞いてね。もう全部、終わったよ。悪いお兄さんたちは全員、おうちに帰ってもらったからね」
俺の言葉に安堵したのか、アイシャはようやくスカートから手を離した。
「本当? ありがとう、正義のヒーローさん。……こわかったよぉ……」
ずっと我慢を、続けていたのだろう。
瞑ったままの目から、ポロポロと大粒の涙があふれ出した。
そのためアイシャを強く抱きしめたい衝動に駆られたけれど、今は駄目だ。
……こんな血まみれの手で、こいつには触れたくない。
「じゃあ正義のヒーローは、もう行くね。君はまっすぐおうちに帰るんだよ、分かったかい?」
コクンと小さくうなずくのを確認してから、全速力でその場を離れ、再び屋根の上に避難した。
レオンに顎先を使って指示を出し、アイシャに付き添うよう伝える。
すると彼は大きくうなずいて地上に降り立つと、偶然を装いアイシャに声をかけた。
本当であれば最後までひとりでおつかいを完遂させたかったが、それはまたの機会にしよう。
このままアイシャをひとりで帰らせるのは、俺のほうが辛い。
「あれ? アイシャちゃんだよね?」
いつものように明るい口調で、背後から妹に声を掛けるレオン。
するとアイシャはぱちりと瞳を開き、知り合いであるレオンの姿を確認すると声を上げて泣きながら彼の体に抱き着いた。
ずっと気を張っていたけれどプレイヤーたちに襲われかけたという現実は、やはり幼いアイシャの心の限界をもうとっくに超えてしまっていたのだろう。
優しくアイシャを抱きしめ、頭を撫でるレオン。
そのまま彼は俺に向かい、視線だけでもう大丈夫だと伝えてきた。




