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②目指せ! 平凡な農夫

 肩を銃弾で撃ち抜かれたせいでいつものように動くことができないまま、あっという間に数日が過ぎてしまった。

 そのため妹のアイシャにはいろいろと心配と迷惑をかけてしまったが、それでもいまが冬であるおかげで畑の農作物を死滅させるなどという憂き目に遭わずに済んだのは不幸中の幸いといえよう。


 ここはド田舎の農村なので、助け合いの精神がしっかりと根付いている。

 なので現代の東京では考えられないことだが俺ら兄妹の食事や洗濯などは、近所に住む農民のみんなが入れ代わり立ち代わりやってきて世話してくれた。

 本当に、ありがたい限りである。


 もしかしたら先日の(故)勇者パーティー御一行様が復讐に来るかもしれないと考え、少しだけ身構えていたのだがそれはどうやら杞憂に終わったらしい。

 ……まぁあのパーティーの中で主力と思えるやつらふたりを目の前で瞬殺してやったのだから、当然といえば当然かもしれないが。


 たしかに俺は、強い。めちゃクソ、強い。

 だが別に今世では、誰彼構わず殺戮を繰り返すつもりはない。


 というのもNPCに転生し、生きとし生けるものすべて、大切な命を持っているのだと知ったからだ。イノチ、ダイジニ。

 ……とはいえ身の程知らずにも襲ってくる野郎どもは、全員全力でぶっ潰すつもりではあるが。


 ノックもないまま勢いよく、玄関のドアが開く。

 そこに立っていたのは俺の幼なじみで、同じくNPCのリーリアだった。


「カイト、寝てなきゃダメだって言ったのに。まだしばらくの間は、安静にしてないと」


 この世界での俺と彼女は同い年だから、たしかリーリアも今年17歳になったばかりのはずだ。

 なのにこうしてオカンみのある言動をしてくるのには、やっぱりこれまでこの子がいろいろと苦労してきたことも影響しているのだろう。


 レッド・アースのゲーム世界では初心者のNPCが実戦に出る前の練習場として、俺たちが暮らすヴァルダみたいな小さな農村を襲撃することがよくある。

 それは当たり前のこととして受け入れられていたし、俺自身別段疑問に思うこともなかった。

 むしろ雑魚初心者が練習もせずにのほほんと都市部をうろついていることのほうが、よほど腹立しかったくらいだ。


 だけど自身もNPCのひとりとなった今は、もしまたこのヴァルダの村でそんな蛮行を起こすクソ野郎がいたとしたら、絶対に許さない。……全力で、ぶっ潰す。


 そんな物騒なことを考えていたら、いきなりリーリアに思いきり耳を引っ張られた。


「ちょっと、カイト! ちゃんと聞いてる?」


「いってぇな! 聞いてるよ、ちゃんと」


 彼女の手を振り払うようにしながら、つい前世での海斗みたいな荒い口調で答えてしまった。

 怪訝そうに寄せられる、リーリアの眉根。


「お兄ちゃん! 汚い言葉を使ったら、ダメなんだよ!」


 鬼の首を取ったような表情で腕組みをして、得意げに俺を諌めるアイシャ。


 今日も今日とて、かわいいが過ぎる!

 ……俺の妹、もしかしたら天使かもしれない。

 デレデレとゆるむ、俺の表情筋。彼女の小さな体を、力いっぱい抱き寄せた。


「そうだね、アイシャ。お兄ちゃんが悪かったよ。汚い言葉は、使ったらダメだよなぁ」


 うりうりと、頬に頬をこすりつける。

 するとアイシャは、俺の体を押しのけるようにしながらキャッキャと笑った。


「やめてよ、お兄ちゃん! お髭いたーい!」


 そのやり取りを見て、リーリアがプッと噴き出した。


「まったく……。だけどあまり調子に乗って、傷口がまた開かないようにね?」


 あきれたように言われたが、その言葉からは優しさがにじみ出ている。


「そうだね、気を付けるよ。いつもありがとね、リーリア」


 アイシャを解放して素直に感謝の言葉を口にすると、なぜかプイと顔をそらされてしまった。

 

 これはきっと現代日本でいうところの、ツンデレというやつなのだろう。

 そうした趣味嗜好を否定するつもりは毛頭ないが、萌え系のゲームは未履修だし興味もなかったから、それにキュンとくるという感覚はいまいちよく分からない。


「そういえば最近この辺りを荒らしていた、例のプレイヤーたち。カイトにケガをさせて以来、全然姿を見せていないみたい。不思議よね?」


 何も知らないリーリアが、首を傾げて言った。

 アイシャのこぼれ落ちそうなほど大きな栗色の瞳が、キョドキョドと不審に動く。

 それを見て、つい笑いそうになってしまった。


 アイシャにはあの日起きたことを絶対に誰にも言わないようにと、しっかり約束させている。

 だけどこうしてすぐ表情に出てしまうあたり、まだまだ幼さを感じる。

 

 そこが愛しくはあるものの、今だけはちょっと勘弁してほしい。

 俺が元々はプレイヤー側の人間だったということは、わがままかもしれないがこの村で暮らす優しい人たちには絶対に知られたくない。


「へぇ、そうなんだ。たしかに不思議ではあるけど、あんなやつらいないに越したことはないよ」


 わざと苦虫を噛み潰したような表情を作り、答えた。

 するとリーリアは怪我をさせられた張本人である俺以上に、怒りを露わにした。


「たしかに、そうよね。そうだけど……。カイトをこんな目に遭わせたあいつらには、なにかひどいバチが当たればいいのに!」


 すでにバチは、当てておいてやったけどな。……俺の手で。

 

 だけどその言葉は、心の中だけにとどめた。


 彼女の父親も俺の父親同様、プレイヤーとの戦場に駆り出されて戻ってこないまま数年が経つ。 

 だから今回の俺みたいに理不尽な戦いに巻き込まれ、怪我をしたり命を落としたりする人間がいることが余計に許せないのだろうと思う。


 それを思うとなんとも言えない気分になり、ただ曖昧に笑った。


***


 それからしばらくの間は、平穏な日々が続いた。

 17歳という年齢であっても、働かざる者食うべからず。

 この世界では仕事をしなければ、その日に食べるものすらもままならない。

 持ちつ持たれつでここ数日は村人のみんなに助けてもらったが、いつまでも甘えているわけにはいかないのだ。


 それにやっぱり借りは返しておかないと、次になにか問題が起きた時、アイシャのことを頼みづらくなる。


 びっくりするくらいアイシャ中心に変化した、俺の思考回路。

 ガキなんか大っ嫌いだったはずなのに、それがこうも変わるとは。

 ベッドの上で健やかな寝息を立てて眠るアイシャの柔らかな髪に触れながら、苦笑した。


 転生前の俺のゲーム仲間が知ればきっと、度肝を抜かすに違いない。

 とはいえこの俺の現状をあいつらが知ることは、未来永劫ないと思うけれど。


 もしもアイシャがいなくて自分ひとりなら、きっと俺は都市部に向かい、プレイヤーたちを狩って狩って狩りまくっていたはずだ。

 だけど今では、アイシャとの生活を守ることが最優先事項となった。


 なのでこれからは襲ってきた敵だけぶっ潰しつつ、平凡な農夫を目指していこう。

 フンスと鼻息荒く、改めてそう心に誓った。

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