⑲強敵
「あら、やだ。もうバレちゃったの? 残念、ほんと悔しいわ。私もまだまだね」
さっきまでの怯えた顔が嘘みたいに思えるほど、蠱惑的な表情。
女はわざと驚くような素振りを見せて人差し指を自身の唇に当て、クスリと妖艶に笑った。
それから彼女は丈の長いスカートをまくり上げ、太ももにくくりつけるようにして隠していたナイフを手に取った。
「おいおい、お姉さん。ちょっと過激すぎるんじゃねぇの? こっちは17歳の、健全な青少年なんだわ。R指定が必要な展開は、ご遠慮しとくよ」
答えながら、地面に転がったままになっていた二本の鎌を再び手にした。
「そう言わないでよ、つれないわね。それにどうせその年齢も、こっちの世界でだけの話でしょう? ここからは私とふたりきりで、大人の付き合いを楽しみましょ」
異様な殺気を背後から感じてカマをかけてみたが、やっぱりこの女はナンバードのひとりだったってことか。
それもどうやら俺が一番避けたかったはずの、20位以下の相当危険なやつ。
ということはあの下劣な仲良し三人組はきっと、この女の今週の獲物だったに違いない。
……こわがって逃げるふりをしてこいつは、あの三人をわざとこの人通りのない路地裏に誘い込んだんだ。
まるで、蜘蛛の巣じゃねぇか。見えない糸で絡め取り、相手が気付いた時にはもう遅い。
……女性っていうのは、本当に恐ろしい生き物だな。
まぁそこにうちの素直で可愛い天使のアイシャは、含みませんけど!
さっきのプレイヤーたちは肩慣らしにもならないレベルの雑魚だったが、どうやら彼女はそうじゃないらしい。
蹂躙にも似たバトルを目の当たりにしても、この落ち着きよう。……相当場数も踏んでいるみたいだ。
ハハ……、上等じゃねぇか。どの道来週のランキングでの最下位は、もうほぼ確定しているようなものなのだ。
だったら好き勝手暴れて、日頃の鬱憤を晴らさせてもらおうじゃねぇか。相手にとって、不足はねぇ。
「そういえば君さっき、なんだか不思議なことを言ってたわね? たしかに私は今週、21位だった。だけど自分がナンバードって呼ばれてただなんて、ほんと初耳なんだけど」
答えながらさっきの男どもとは比べ物にならないくらいのスピードで、俺に斬りかかる女。
その発言にどこまでの信憑性があるかは分からないが、それでもなるべく多くの情報を引き出したい。
ナイフを鎌で受け、軽くいなしながら俺も笑顔で答えた。
「ああ、そうなんだ? じゃあやっぱりお姉さんは、俺の敵って思っておいてよさそうだな。こう見えて俺は、意外と慎重な男なんだ。NPCの命は一度きりだからちょっと申し訳ない気もするけど、不安因子は少しでも取り除いて起きたい派なんだよね。だからお前は、潔くここで死ね!」
反対の手の鎌を、女性の首元めがけて振り上げる。
しかし彼女は足に蹴りを入れ、俺がふらついた拍子にうまく距離を取った。
21位で、これほどの実力者とか。
ジョーの言っていたとおり、20位以下のナンバードっていうのは本当にヤバい連中ばかりみたいだな。
実に、面白い。……めちゃくちゃ、楽しい。
体勢を立て直し、ナイフによる連続攻撃を避けながら彼女の手首をつかむ。
「ところで、お姉さん。俺お姉さんについて、もっと詳しく知りたくなっちゃったかも。だからさ、前世での職業を教えてくんない?」
耳元でささやくように聞くと、彼女はまったく動じることなくまたしても楽しそうにニヤリと笑った。
「野暮なことは、聞かないでほしいわ。そういうのは、お互い口には出さずに探り合うのが楽しいんじゃない」
ちゅっと軽いリップ音を立て、俺の頬を女の唇がかすめた。
「チッ……!」
自然ともれ出た、大きな舌打ち。
そしてその瞬間首筋に思い切り歯を立てられ、痛みのせいで反射的に女の手首を離してしまった。
「ごめんね。あまりにもおいしそうだったから、味見がしたくなっちゃったのよ」
彼女はぺろりと唇をなめ、余裕な感じで俺に向かい片目をつむってみせた。
……なめやくさりやがって。絶対こいつには、負けねぇ!
すぐに体を起こし、女の次の攻撃に備える。
「随分はしたないお姉さんだな? だけど、お生憎様。俺は重度のシスコンでね。セクシー系はあんま好みじゃねぇんだわ、すまんな」
女の眉間に、深いしわが刻まれた。
双鎌を構え直し、素早い動きで何度も繰り返し斬りかかる。
なのに彼女はニ本の鎌を、ナイフ一本で華麗に交わし続けた。
いったいこの女、まじで何者なんだよ?
これほどのナイフの使い手であれば、転生前に一度くらい手合わせをしていそうなものだ。
なのに思い当たるプレイヤーは、ひとりも思い浮かばない。
でもそこで、ふと気付いた。
現実世界で死亡した年月日や、記憶を取り戻したタイミング。
それには絶対に、個人差が生じるはずだ。
だったらこの女と俺が一度も戦ったことがなかったとしても、なんら不思議はないのかもしれない。
バトルの真っ最中だというのにそんなよそ事に気を取られてしまったせいで、彼女の持つナイフが俺の服の上から腕をかすめた。
ニタリと不気味に、女の口角が上がる。
致命傷にはほど遠い、ほんの小さなかすり傷。
なのにこの反応は、どういうことだ?
これはいったい、なにを意味する?
ヘビみたいに粘着質で、たちが悪いこの女。
それに合う職業は、いったいなにがあったっけ?
でもそこで、ようやく気がついた。
「ハハ……、なるほどな。お前の職業が、ようやく分かったぜ。毒使いか! なぁ、そうだろ? お姉さん」
「フフ、正解よ。でも正解が分かったところで、今さらどうするつもり? あなたにもう、勝ち目はないと思うんだけど」
もうこれ以上、自ら手を下すまでもないと判断したのだろう。
彼女はゆったりと壁にもたれ、まるで獲物をなぶる肉食獣のような瞳でじっと俺のことを見つめた。
「なかなかいい性格をしてやがるよな、ほんと。淑女のたしなみっていうには、ちと悪趣味すぎる気もするけど。でも、奇遇だな。俺も毒には、前々から興味があってね」
にっこりと笑って告げると、彼女は怪訝そうに眉根を寄せた。
「なんの毒かは知らねぇがそこまでの即効性はなさそうだし、しっかり症状が出てくる前にさっさと決着をつけちまおうぜ!」
片方の鎌を、女の顔面めがけて投げ付けた。