⑱殺意の出処
敵は、全部で三人。前回みたいにこの女性を人質にとられると面倒だから、なるべく早くこいつらを全員倒す必要がある。
俺が20位以下にランクインするのだけは、なんとしても避けなければならない。
ぶっ殺していいなら話は早いが、なるべく怪我もさせたくないから厄介だな。
ちくしょうめ、本当にめんどくさいぜ。
「ガキはおうちで、ママとお昼寝でもしてろよ。お姉ちゃんは俺らと一緒に、楽しく遊ぼうぜ」
ニヤニヤと品のない笑みを浮かべる、プレイヤーたち。
俺はこの手の、レッド・アースを風俗かなんかと勘違いしている野郎どもが一番嫌いなのだ。
予定変更、全員処しまーす!
ランキングは一時的に下がったとしても、どうせおとなしくしとけばまたそのうちじんわりと浮上するのだ。
ここでこんなクソプレイヤーたちを野放しにしておくことのほうが、俺の倫理に反する。
無言のまま、肩がけバッグから2本の鎌を取り出す。
すると男たちは、驚いたように顔を見合わせた。
女性のほうも困惑しているのか、彼女自身も当事者であるはずなのにただポカンと口を開けて俺を見つめている。
「……お前NPCのくせに、まさか本気で俺らに勝てるつもりでいるのかよ?」
三人の中で、ひときわ体の大きな男が低い声で脅すように言った。
おそらくこの男が、こいつらのリーダーなのだろう。
「勝てるつもりっていうか……。皆殺しにするつもりだが?」
ポイと鎌を一本放り投げ、それを手でキャッチしてみせた。
その俺の動きを見た男たちの顔色が、一瞬のうちに変わる。
「それからさぁ……。お前のほうこそ、おねんねしといたほうが世のため人のためになるんじゃねぇか? 永遠にな!」
鎌を振り上げ、まずは俺をガキ扱いした野郎に斬りかかる。飛び散る、血飛沫。
その結果男は、抵抗する間もなくこの世界から強制的にログアウトとなった。
「あーあ、お気に入りの服が汚れちゃったじゃん。ムカつくなぁ……」
自分の洋服についた大量の血痕を確認し、思わず大きなため息がこぼれた。
「まぁ、仕方ないか。はい、ひとりめ終了でーす! あいつはレベル1からやり直しの刑に処しました」
血飛沫を浴びたまま満面の笑みを浮かべて告げると、残るふたりは見る間に青ざめていった。
「じゃあ、次な。ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」
男たちを交互に鎌でさし、その順番を天の神様に任せるふりをした。
「お、お、俺は悪くない! リーダーがそこの女を、アジトに連れ去って遊ぼうって言うから……!」
「はぁ!? おい、ふざけんな! お前もこの女と一発ヤりたいって、さっきまで一緒になって騒いでたじゃねぇか!」
あまりにも身勝手な言い分だ、本当に反吐が出る。
だけどある意味この反応は、想定の範囲内のものといえよう。
プレイヤー時代から、こういう生きる価値のない輩は何度も目にしてきた。
「じゃあお前は、ただ巻き込まれただけってことなの? かわいそう!」
手の動きを止め、男に問う。
不愉快極まりない、媚びるような笑みを浮かべてこくこくと何度もうなずく男。
「そんな話、俺が信じるわけねぇだろうが。まずはお前が先に死ねや」
鎌を振り上げ、今度は喉を切り裂いた。
神聖なレッド・アースの世界を汚すやつらは、必要ない。今すぐ、消え失せろ。
すぐにまたゆらりと動き、リーダーのほうに一歩、また一歩と近づく。
すると男は覚悟を決めたのか、腰にさしていた短剣を抜いた。
「いいね、いいね。ヤル気のある若者は、好きだよ。だけどナンパなクソ野郎は、大っ嫌いなんだよね。だからやっぱり、お前も処しまーす!」
「うるせぇ、黙れこのNPC野郎が! 調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソガキ。お前なんかにプレイヤーの俺が、殺られるわけがねぇ!」
短剣を振り上げ、俺の顔面めがけて切りつけようとする男。
だけどそれをひらりと交わし、2本の鎌を放り出して男の正面に回った。
「本気でそう思うのか? なら、試してみようぜ。こっちは素手でいいからさぁ」
今度は鎌を使うことなく、拳を男の腹部に一発入れた。
「カハ……ッ!」
男の唇から、鮮血があふれ出た。
「あーらら、よろけた拍子に口の中が切れたか? それとも俺が、内臓までやっちゃった?」
うずくまる男の前髪をつかみ、無理やり上を向かせてその顔をのぞき込む。
さっきまでの勢いがまるで嘘みたいに、彼の瞳は恐怖心に彩られていた。
「助けてくれよ。武器でも金でも、なんでもくれてやるから。……な? 頼むよ、これからは心を入れ替えるからさ!」
震える声で言いながら、男は武器と金の入った麻袋を地面に放り投げた。
「わぁ、これ全部俺にくれんの? ラッキー、ありがとよ」
その言葉を聞き、ホッとしたように表情を緩める男。
「でも、駄目でーす! 俺が今一番欲しいのは、お前の命なんだわ」
顔面に、今度は真正面から膝蹴りを入れた。
男の口から、折れた歯が転がり落ちる。
それを足で蹴り飛ばし、笑顔で告げた。
「ギャハハ! これも、くれんの? でもこんなゴミ、ミリも欲しくねぇんだわ」
その場にへなへなと力なく座り込み、もはや放心状態の男。
地面についた手のひらを靴でグリグリと踏むと、ミシッと骨が折れる不快な音が響いた。
ここまで来たら、もうどのみち来週のランキング結果は分かりきっている。
どうせまた俺は、25位に返り咲きだ。
だから、もういい。こうなりゃ、ヤケだ。
徹底的に、やってやる。
……もう二度とこいつら三人が、このレッド・アースの大地を踏みたいと思えないくらいこてんぱんに。
リアルな五感体験を、思いっきり楽しみやがれ。
にやりと不敵に、上がる口角。
それを見た男はますます青ざめ、ガタガタと震えながら涙を流した。
「あっさりお前も、殺ってもらえるとでも思ってたのか? けど、あきらめろ。お姉さんじゃなくてお前の今日の遊び相手は、NPCのこの俺様だから」
にこにこと笑いながら、今度は男の背後に回る。
腕を使ってギリギリと首を締め上げると、男は小さなうめき声をあげた。
だけど男が意識を失う直前にその力を緩め、あわてて呼吸をして空気を体内に取り込んだ瞬間また締め上げる。
それを何度か繰り返すと次第にそのペースは速くなり、やがて男は息をしなくなった。
俺の視界からフッと消えた、プレイヤーの体。
これでもうこのゲームの世界に足を踏み入れたいと思うことは、二度とないはずだ。ザマァみろ!
トラウマになれ、現実世界でも今日の悪夢を永遠に見続けろ!
彼のこの世界での命が完全に尽き果てたのを確認してから、女性のほうを笑顔でゆっくり振り返った。
「待たせたね。思ったよりも、時間がかかっちゃってごめんなさい。だけど、駄目じゃないか。……ワクワクしすぎて、殺意が全然隠せてないぜ? 20位以下の、ナンバードのお姉さん」
女性の唇が、きれいな弧を描いた。