⑰トラブルメーカー
「レオン。今日は本当に助かった、ありがとな」
遊び疲れて眠ってしまったアイシャをベッドに運び、改めてレオンにたいして感謝の言葉を口にした。
「なにを言ってるんですか! アイシャちゃんとたくさん遊べて僕もとても楽しかったですし、またなにかあったらぜひ言ってくださいね」
こいつ本当に、いいやつだよなぁ。……キモいけど。
「そうだ。お前にも一応、聞いておいてほしい話があるんだ。今朝俺が出かけた理由については、レオンにも話したよな?」
「ええ、聞いています。週一ペースで表示されるっぽい、変なランキングみたいなのについて落ち着いて確認するためでしたよね?」
真剣な表情で、俺の言葉に答えるレオン。
だから俺も、無言のままただうなずいた。
とはいえあまり多くを語りすぎたせいで、こいつを危険な目に遭わせるのは俺としても本意ではない。
というのもこの正義の脳筋馬鹿は、そんな危険なやつらは放置しておけない、なんとしても捕まえましょうなどといい出すに決まっているからだ。間違いない。
だけど俺はこいつとは、真逆の考えを持っている。
俺にとって最も重要なのは、アイシャの安全と幸せだ。
それ以上のものなんか、なにもない。
だからアイシャを危険に晒す可能性がほんの少しでもあるようなら、その下位5人のNPCとはできれば関わりを持ちたくないと考えている。
非情だと思われるかもしれないが、それが平凡なNPCランキング一位を目指すための、一番の近道だと思うから。
なのでナンバードのひとりであるジョーと偶然知り合ったこと、NPCランキングが平凡なNPCの順位を表すものであること、上二桁の数字が前世での職業であることの三点のみをレオンには伝えた。
善良ではあるが少し浅慮なところのあるこの男はまんまとその表面上だけの情報を信じ、裏にある危険性についてはまったく気が付いていないようだ。
だけど大半のナンバードたちもきっと、同じような感覚なのだろうなと思う。
イレギュラーなのはむしろ俺やジョー、そして下位5人のナンバードたちのほうに違いない。
やはり当面はランキングをあげることを目標に、平穏で平凡な生活を目指すことにしよう。
そう心に、決めたというのに。
……人生というののままならなさを、俺はすぐにまた思い知らされることとなるのである。
まじで、ふざけんな!!
***
その日の午後。アイシャに少しの間だけ留守番をお願いして、ヴァルダの村とアズールの町の境界あたりにあるとある一軒家を訪れた。
というのも今日もまたジョーと約束しており、さらに詳しい情報の交換を行うためだ。
ちなみにこの家の家主であるダンもナンバードのひとりであり、前世のゲーム内での職業は弓使いだったらしい。
とはいえこちらの世界で彼は平凡な料理人として暮らしていて、この小さな居酒屋を親子で営んでいるのだそうだ。
もちろん弓なんか、握ったこともない。
そんな彼の今週のランキングは、13位。
うっかり裏路地を通ったせいで怪しい薬物の売人同士の闘争に巻き込まれ、しばき倒されたのだそうだ。
その話を聞き、俺は戦慄した。
だって、そうだろう? 敵を倒したら駄目なのはもちろんよく分かるが、巻き込まれて怪我をしただけでもランキングが下がるとか!
だったらむしろ、相手をちゃんと再起不能なまでに叩きのめすほうがいいんじゃないか?
そうすれば報復をしようなどというふざけた考えはもう二度と持たないだろうから、ランキングの下落は一度で済むわけだし。
その考えが、完全に顔に出てしまっていたのだろう。
ジョーは、死んだ魚のような目を俺に向けた。
いっぽうダンは、俺のそんな戦闘狂丸出しの思考なんて予想もしていない様子だったけれど。
そうそう。この日は昨日ジョーがちらっと口にした、ナンバードの集会についても話を聞くことができた。
見せてもらった例の一覧表に載っていた職業の人間たちが、予定が合えば定期的にこの店に集まっているのだそうだ。
とはいえ昼間は普通に働いている人間がほとんどのようだから、集会が開かれるのは主に夜。
だけど次回の集会には、俺はあえて参加しないことにした。
可愛いアイシャを夜にひとりになんてしておけないというのももちろんあるが、俺は新規参入のナンバードなのだ。
そこに万が一にでも今週25位だった野郎が紛れ込んでいたら、おそらく俺が新参者であり、先週最下位であったことがばれてしまう危険性がある。
メンバーはジョーが厳選しているだろうし、たぶん大丈夫だとは思うが万が一ということもある。
もう少し時が過ぎ、うやむやになったタイミングからの参加でもきっと遅くはないだろうから。
***
ふたりとの密談を終え、アイシャがひとり待つ自宅へと急ぐ。
昨日ジョーと追いかけっこをしていた際、彼が走り抜けた裏路地。
それをうまく活用しながらだから、昨朝来た時と比べるとかなりの時間短縮ができるようになった。
とはいえ本気の俺の全力疾走なんか誰にも見せるわけにはいかないから、あくまでも一般的な速度の早歩きにはなってしまうが。
しかし、こういう時ほど油断がならないもので。
「やめてください、誰か……。誰か……!!」
女性が震える声で叫ぶのが、聞こえてきた。
通常であれば申し訳ないがそのままスルーするところだったが、時すでに遅し。
そのやり取りが行われていたのは角を曲がって俺が駆け込んだ路地裏であり、しかもしっかりバッチリプレイヤーの男たちとも目が合ってしまった。
どうしたものかと考えあぐねていたら、女性が今度は俺の目をまっすぐに見つめたまま、もう一度すがるように言った。
「……助けて」
このままこの場からひとりでスタコラサッサと逃げ出そうかとも考えたが、そんな卑劣な行為はアイシャの兄として完全にアウトだろう。
クソ! 秒で倒して、助けるしかないじゃねぇか。
とはいえこのプレイヤーたちを全員殺すと、間違いなく俺はまたしてもランキング最下位に返り咲いてしまうだろう。
それだけは、なんとしても避けたい。
だったらこいつらの意識だけ奪い、その隙にこの女性を逃がせる方向で行くほうが良さそうだ。
一瞬おとなしく俺がヤラれてやるというのも考えたが、それだとダンと同じで理不尽にランキングは下がってしまうだろうし、そもそもの話。
……なんで俺がこんなゴミカスプレイヤーどもに、おとなしく殴られてやらなきゃならねぇんだよ。
絶対に嫌じゃ、ボケ!!
「お姉さん、もうちょっと後ろに下がってて。こいつらを全員倒して、絶対にあなたを逃がしてあげるから」
怪訝そうな表情で、俺のことを凝視するNPCの女性。
不安な気持ちにさせてしまっただろうかとも考えたが、俺は今とても急いでいるのだ。
一刻も早く、健気に俺を待つ天使のもとに帰らねばならぬ。
だから悪いが、この子のメンタルケアまでしてやる時間はない。すまんな。
いっぽうプレイヤーたちは顔を見合わせ、おかしそうにゲラゲラと爆笑した。
あまりにもテンプレ通りの、THE 悪役な反応。
むしろこいつらのほうがNPC役をやったほうがいいんじゃないかという言葉が、口元まで出かかった。